大分トリニータ
おおいたとりにーた
解説
トリニータとは、三位一体を意味する『トリニティ』に、大分を合わせて創られた造語。
クラブ創設当初は『大分トリニティ』という名であったが、法人化の際に現在の名称に変更された。
九州のサッカーチームはどこも悪い意味でやらかしているが、ここほど天国と地獄を味わったチームも無い。
経営困難に陥った際、やむなく大量に選手を放出したが、放出した選手の中には清武弘嗣や西川周作など、現在のサッカー日本代表を担う選手がいたことを忘れてはならない。
その後、2012年より実施されたJ1昇格プレーオフで見事勝利し、J1復帰となった。
しかし2013年はJ1で1勝(ホームでは0勝)しかできず、1年でJ2に降格となった。
2015年はJ2でも振るわず21位となり、J3で2位の町田との入れ替え戦にも敗れ降格が決定。これにより大分は「J1・J2・J3・旧JFL」全てのカテゴリを経験した史上初のクラブとなった。
2016年、G大阪でヘッドコーチを務めていた大分トリニータ在籍経験者の片野坂知宏が就任、コーチメンバーも在籍経験者で固めて再出発、J3リーグ優勝、1年でのJ2リーグ復帰を果たした。
同年、2000年の入団以降、FC東京へ期限付き移籍した2011年を除き在籍していた高松大樹(元日本代表 / 現大分市議会議員)が現役を引退。
2018年に2位で迎えた最終戦を引き分けで終え、優勝こそ逃したが、優勝した松本山雅FCと共にJ1復帰となった。
2019年、世間のJ2逆戻りや下位予想に反して久々のJ1を9位で終える。
2020年、コロナの影響から降格なしとなったため、翌年は4チーム降格に。大分は主力の放出、序盤の7連敗などが大きく響いて降格圏が定位置になってしまう。結果、18位で終えて降格決定。
2021年の天皇杯準決勝で川崎フロンターレにPK戦までもつれ込み、PK戦を5-4で勝利。チーム初の決勝進出を果たした。
その翌週に行われた決勝で浦和レッズ相手にATで追いつくも、直後に槙野智章の劇的決勝弾を喰らって2-1で敗退。最終結果は準優勝に終わった。
2016年より指揮を執っていた片野坂監督は2021年全日程終了後に退任。J2降格を喫した事実より、J3に落ちたクラブを数年でJ1まで導いた実績の方にスポットが当てられ、サポーターは批判よりも感謝の声が多かった。
2022年には片野坂監督とも面識のある下平隆宏が就任。序盤はイマイチだったが次第に勢いが増していき、後半戦は僅か3敗で5位でシーズンを終えてプレーオフへ挑む。が、4位のロアッソ熊本に引き分けてしまい、「引き分けの場合はホームチームの勝利」という規定により1年でのJ1復帰は叶わず。この規定はプレーオフ最終戦となった熊本と京都サンガF.C.の一戦でも度々話題になった。
2023年は前半戦こそ上位を走っていたが、後半戦になると調子がガタ落ち。前半戦は昇格圏に長くいたのだが、徐々に順位が下がってプレーオフ圏内はおろか中位にまで落ちてしまう。
スタジアム
(命名権名称 昭和電工ドーム大分)
開閉式屋根を持つ陸上競技場であり設備は良い。ただし芝は他チームの監督どころか当の大分サポから不満が出るほど酷かった。
駐車場はスタジアム公園内でも充分な数。さらに隣接して大分県最大のショッピングモールパークプレイス大分もある。
しかし最寄り駅からは相当離れており、大分駅からはシャトルバス利用。
大分市街と大分空港も距離があり、16時以降キックオフの試合だと当日中に関東には帰れない(関西へは新幹線で間に合う)。
マスコットキャラクター
公式マスコットは、亀がモチーフのニータン(右)。
その容姿や「おつかめさまです」「バイタン」といった言葉づかいで、
他チームのサポーターの心さえ掴んでしまう。
最近twitterを始めたが、そこでもやっぱり可愛い。
また、準(?)公式マスコットとして、ウサギがモチーフの「リッジー」(左)がいる。
準(?)公式扱いとはいえ、リッジーのデビューはニータンよりも早く、
ニータンもまた、「リッジー先輩」と呼んでいる。