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タイパク

たいぱく

タイパクとは、タイムパラドクスゴーストライターの蔑称である。
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概要

タイパクとは、2020年24号の週刊少年ジャンプから連載を開始された漫画作品タイムパラドクスゴーストライターの蔑称である。
元々、作品自体がタイムマシンを使ってヒロインの漫画作品を盗作すると言う、いわゆるパクリを題材にした作品であることに加えて、都合よく『パク』と言う字がタイトルに入っていることから、主人公のパクリ行為を揶揄するために使用される。加えて本作は”タイムパラドクス”ではなく(主人公が自己保身のために奔走する結果パラレルワールドが発生しておりタイムパラドクスではない)”ゴーストライター”でもない(他人の名義で自分が執筆した作品を世に出させるのではなく未来から来た少年ジャンプに載っていたヒロインの作品をコピーし自分の物としてパクってしまった)為にタイトル詐欺にもほどがあるのも手伝い、『タイ(トルその他諸々を)パク(る漫画家の風上にも置けない卑劣漢)』という蔑称が尚更しっくりきてしまうのも一因かと思われる。

また、ヒロインは主人公に作品を『パクられた』と書いたが、実際にはそんな生温いものではなく、主人公は本来の歴史において、ヒロインであるアイノイツキが連載している作品を全て完全にパクって自分の作品として連載している傍で、彼女をアシスタントとして働かせ、「先生」として尊敬された上で、あまつさえ彼女に作品のアドバイスを求めるという、サイコパスじみた行動に出ている
これだけでもクリエイターとして目を覆うほどの被害を受けているにもかかわらず、作中では漫画家としての未来が無くなるか、死か。と言う究極の二択を主人公に握られており、自分の運命はおろか生死すらも主人公の意思一つで決定されてしまい、彼女は『漫画家としての将来を主人公に叩き潰されるか、そうでなければ10年後に死亡する』と言う状況に置かれておりどうあがいても破滅する未来しか存在しない。という、これ以上ないほど過酷で不遇な運命に晒されている。

何故、このようなあだ名がついたのか?

そもそもタイムパラドクスゴーストライターと言う作品は、概要で説明されている通りに『主人公がヒロインの漫画を盗作する』と言う話なのだが、最初の盗作の時こそ盗作に罪悪感を抱いていたが、二回目以降の盗作では、躊躇なく盗作での連載に踏み切っている
その際に、主人公は三ページに渡って自己正当化の為の自己弁護を繰り返しており、挙句の果てには『罪の十字架を背負う』と宣いながら、悲劇のヒーローを気取ると言う、余りにもヒーローらしからぬ描写で描かれた。
その後、作品を盗作されたヒロインに直接押しかけられタイムマシンのことを白状するものの、ヒロインに対して自分がヒロインの漫画を盗作したことは隠し、挙句、そのことについて一切謝罪しないまま、ヒロインの勘違いによって盗作した漫画を譲られ、そのまま盗作漫画で連載を続行するという暴挙に出る。更には未来の少年ジャンプが届かなくなった時「俺が話も考えなければいけないのか!?」と盗作できなくなったことにショックを受けるという漫画家としての矜持を微塵も感じさせられない態度で読者を唖然とさせる。
それ以降、基本的に主人公は盗作に対してのみ、やたらと熱心に描写されたこともあって、作品のタイトルを蔑称としていじったタイパクと言う別名ができてしまった。

この様な蔑称がつけられるほど本作が読者の批判を集めた理由については、後述の『評価』及び、『本作が叩かれた理由』の項を参照のこと。

評価

言葉を選ばずに言えば、「2020年最大のクソ漫画」。

その作品内容の酷さゆえに、近年のジャンプ作品としては14話(単行本2巻)というかなり早い段階での打ち切りとなった。別名「現在のジャンプは人気が出ずとも10週打ち切りは行わない」説を裏付ける証拠物件。だがそれ以上に、その内容の酷さで読者の記憶に残る作品となった。 因みに最終巻である2巻は1巻と比べても20Pほど薄い。

反響
まず本作は、連載開始第一話の時点から主にネットを中心に悪い意味で反響の強い作品だった
ストーリーの大きな柱としては、主に『未来から送られてくる情報をもとに未来を改変する』と言う時間改変ものの要素と、主人公が漫画家と言う職業でありながら盗作という悪事に手を染めてしまうと言うものなのだが、主人公である「佐々木哲平」の盗作への向き合い方が、余りにも浅慮で自己中心的すぎる為、読者から余りにも多くのヘイトを買ってしまうことになった。

哲平は、読みきり版「ホワイトナイト」へのファンレターを読んだのちに、明確に盗作を自覚した上で、葛藤の末にキリっとした顔で「罪の十字架を背負う」と開き直ってしまう。このように本作では、佐々木哲平の盗作への自己正当化、自己弁護、自己憐憫、自己保身の姿がしつこく描かれ、自分本位な人物像が多くのページを割いて描がかれた(例:自己憐憫に浸る表情は迫真のシリアス作画で描かれるのに対し、罪の意識に苛まれるシーンはギャグ顔で描かれる)。読者からすると佐々木哲平は明確に盗作をした悪人であるにも関わらず作中では、彼の悪事を正当化・擁護し、哲平を肯定することばかり描写し続けた。盗作を正当化する佐々木哲平や彼を肯定し続ける作品世界の倫理観のなさに、読者は本作への強い不信感を募らせたのであった。

その結果、本作はそのタイトルをもじって『パクラー』や『タイパク』、海外では“Fuck to the future”と言った蔑称を付けられてしまった。本来であるならばオマージュやリスペクトと言った範疇でありうる作品のアイディアすらも、パクリとして非常に叩かれる結果となってしまったのである。第七話に入ってからは主人公が未来を変えてヒロインを救う展開に入るというテコ入れがなされたが、その後のストーリー展開からやはり多くの読者から嫌われ続けることになり、最終的には14話での(近年では最速クラスの)打ち切りと言う非常に低い評価を下される事になった。

一方で、良くも悪くも先の読めない展開から、連載中は「応援はしないが続きは気になる」「打ち切りにはなってほしいが、結末は見たい」というような意見も少なくなく、注目を集める作品ではあった。反応をまとめると、「うわぁ!どうなるんだろうコレ!」ではなく「おいおい……。どうするんだよコレ…」といった感じ。

本作が叩かれた理由

基本的にはストーリー構成の粗や、作中描写の説得力の無さを指摘されることが多い。しかし、それ以上に本作が多くの読者から叩かれたのは、とにかく主人公のキャラクター性が憎まれたと言う点にある

本作では盗作という悪行が悪や罪として描かれず、逆に先述したように盗作し続ける自分本位な哲平を擁護・正当化し、持ち上げ続けた。そのため読者は回を追うごとに、主人公を嫌悪していくようになり、彼を擁護する数少ないファンからも「作者は主人公をクズとして描いているから、いずれ罰を受けるはず」とまで言われる始末であった。しかしそういう展開はついに訪れなかった。
作中の自己弁護をする佐々木哲平の顔芸も非常に不快な作画で描写されるため、より一層読者の主人公に対する嫌悪感を深めていった原因の一つでもある。
また、本作はとにかく哲平の犯罪に対する自己弁護などの一人芝居で終始しているので、哲平以外のキャラがほとんど出てこない。出てくるキャラは菊瀬編集以外哲平の持ち上げ要員でしかなく、本来ヒロインであり命を握られている伊月ですら本人の意志とは無関係にどんどん話が進んでいき、そしてそのまま終わった。

結局本作は、倫理観や常識がとにかく欠けすぎており、盗作をはじめとした数々の問題行為が不問に付され、ただひたすら肯定され続けるという、とにかく主人公にとって都合の良い世界だけが広がっているのである。
これらの展開はすべて作者が意図したものかどうかは不明だがその余りにも身勝手すぎる内容を繰り広げた結果、本作は読者の共感も理解も得られず多くの怒りと憎しみ、そして失望を買うことになった。

作品に対する問題点

上記の事柄以外にも、本作には数々の問題点が指摘されている。その最たるものが、キャラクターがとにかく少ないと言う点と、主要キャラクターがとにかく独りよがりで他人とコミュニケートしないという欠点である。キャラクターの数自体少なくモブを含めても全14話で20名に満たず、この中でも主要キャラは主人公「佐々木哲平」、ヒロイン「アイノイツキ」、キーパーソンとして登場した「未来ロボットフューチャーくん」のみ。イツキは哲平を肯定するためだけに存在するご都合主義キャラであり、未来ロボットフューチャーくんは物語を畳むために存在するデウス・エクス・マキナで、実質第12話にしか登場していない。

このため、まともな会話は物語冒頭の哲平と菊瀬編集のやりとりだけになってしまい、以後は実質的に主人公の一人芝居で話が進む。彼が悩んだり葛藤するシーンも、実質的には一人で悩み、一人で葛藤し、一人で解決するので、ドラマも何も無い一人芝居で終わってしまっている。

特に第7話に関しては、読者から第一巻の最終話に来るように調整されていると指摘されており、事実、第7話が第一巻の最終話である。
この仕掛け自体は作品を盛り上げる要素として素晴らしいものであり、事実この作品の評価を少し持ち直したのだが、その仕掛けをする為には本来、主人公とヒロインの仲を深めるタイムトラベルの理論を掘り下げる。などの、作品の世界観やキャラクター同士の関係性を掘り下げるなどして、ストーリーそのものを盛り上げる必要性があった。だが、よりによってそこまでの話の繋がりを哲平の自己正当化と独り善がりなモノローグのみで行ってしまい、この仕掛けを察した読者からも、仕掛けを察した上で、第1話でやれ3話までにやるべき内容。と非難の嵐が巻き起こる事になった。

また、悪い事に、この7話以降、主人公による一人芝居が加速しており、基本的にヒロインとの絡みすらもなくなり、登場するのは主人公のみ。やっていることも、殆どが一人芝居になってしまい、かえって作品の短所を強調してしまう結果となった。

また本作では、主人公やヒロインなどの主要キャラクターが、誰かに悩みを相談する・問題が解決するまで話し合う・他人に助言や協力を仰ぐといったことを殆どしない(例:哲平がイツキに「ホワイトナイト」の制作で相談しても、イツキは哲平を肯定するだけで終了した)。また問題を解決するために、誰かと協力し合うという要素が一切なく、それが事件を起こした上に問題をこじらせているという(例:アイノイツキは「ANIMA」連載後、連絡や関係を絶って1人で漫画を描き続け、結果過労死してしまう)、ただただ意味のない独り相撲を違うキャラクターが別々にやっている、という展開となっている。

通常は主人公を含めたキャラクター間の人間関係を構築し、感情のぶつかり合いを通してドラマを展開するのだが、本作では各キャラクターが、その人間関係を悉く断絶させてしまっているので、ドラマ自体が成立しない状況になってしまっているのである。

他にも本作には次のような問題点が指摘されている。

  • 作中で問題を解決する過程を省く
    • 具体例を上げれば、「真の作者であるヒロインとの邂逅」に対して、「真作者が『似たような作品を先に出された』と勝手に勘違いし、雑魚の様に撤退」する。「真の作者であるヒロインの新作vs盗作者である主人公の贋作」という作中で重要となる場面を「主人公の30連敗という結果のみ提示」する。といった、登場人物達が己を賭してぶつかりあう、本来なら一番盛り上がるシーンである筈の、問題を解決する過程を徹底的に排除した形でしか描写されない。その為、読者が登場人物の思考や感情が理解できない。主人公がどうなろうが共感できない状態になってしまった
  • 作中作の漫画の描写に説得力が無い
    • 基本的に、第一話から徹底している事の一つにこの作品の中に登場する漫画を描写しない。と言う問題点も強く指摘される要素である。同じく少年ジャンプを舞台にした漫画家漫画であるバクマンの場合、主人公やライバルが描いた漫画を直接本編の中に登場させており、具体的にどう言う主人公がどう活躍するのかが、ハッキリと作品内で描写されていた。また、ドラえもんの中にも本作と同様の内容のエピソードが幾つか存在し、そのエピソード内でもその作品がどう言う内容の話であるかはきちんと描写されており、登場するキャラクターが独自の人気を獲得するまでになった。
    • しかし、この作品の中では、作中での話の核となるべき「ホワイトナイト」の内容は登場人物が口頭で説明するだけであり、作中作の内容の説明ではなく、作中作の設定の説明にしかなっていないので、漫画としての内容が全く分からず、作品の面白さを伝える描写も登場人物のオーバーリアクションしかない為、「ホワイトナイト」を面白いと言う主人公や登場人物たちに感情移入できなくなっている。
    • また、「ホワイトナイト」の面白さを讃える言葉は基本的に「泣ける」だけであり、面白さを伝える語彙力の貧弱さも指摘されている。人が泣く場合であっても、『大切な人を失った時』『苦労を乗り越えて目的を達成した時』『どれだけ健気に生きても報われない時』など様々なパターンがある為、「泣ける」の意味によって作品の内容が変わってくる。しかし、具体的にこの話がどう泣けるかを描写することはおろか、なぜ泣けるかを説明する事もしない為、結果として、現実の読者から「ホワイトナイト」が本当に面白いとは思えないと言う評価を受ける事になった。
  • 最後の最後まで主人公がヒロインを助ける動機が不明
    • 作中でヒロインが過労死してしまう展開があるが主人公とヒロインの関係が薄く、そもそも何故主人公がヒロインを助けたいのか?その理由が不明である。
    • よく元ネタとして引き合いに出されるsteins;gateでは、『主人公がヒロインの命を助ける為に奔走する』と言うプロット自体は共通しているが、「主人公にとってヒロインは幼少期からの家族同然の存在」「ヒロインの危機は主人公の遊びが原因で強い自責の念を感じている」と言った風に、主人公がヒロインを助けることに執念を燃やす理由がしっかりと描写されている。
    • 一方、本作の場合、主人公とヒロインの関係は「盗作の被害者と加害者」「漫画家とそのアシスタント」という形でしか描けておらず、主人公がヒロインを助ける理由がどう贔屓目に見ても、「盗作先の人間が死んでしまっては、これ以上漫画を盗作できないから助けている」様にしか見えない。その場合も、タイムパラドックスの設定云々の所為で動機に矛盾が生じる為、本当に何故そこまでして主人公がヒロインを助けたいのかが分からないと言う状態になっている。また、超越者であるはずの未来ロボットフューチャーくんに関しては、「ヒロインの命を助ける」と言う名目であらゆる時間軸でヒロインの人生と尊厳を滅茶苦茶にしておきながら、そこまでして「ヒロインを助けたい」と言うその理由を「親心」の一言で説明しており、どう好意的に見ても頭の狂ったストーカーとしか理解できない存在となっている。
    • 彼女に一目惚れしたとでも描写されていれば、まだ主人公の行動に説得力は出たし、いっそのこと、本当に漫画が盗作できなくなるから助けたいと言わせた方が、読者から共感されたかも知れない。
    • ちなみに、ヒロインを助けたいと言う動機が不明である点は、作品そのものにとっては致命的な欠点にはならない。実際、ヒロインとの関係性が不明でもストーリー評価が高い作品に、ワンダと巨像と言うゲーム作品がある。ただしこちらは、主人公とヒロインの関係性が一切不明だからこそ、辛く苦しい思いをしてまで助けたいヒロインとの関係を想像する事でストーリーの評価が高いのであって、この作品の場合は、ヒロインと主人公の関係性を半端に描写してしまっている為に、この程度の関係で救いたいとは思えないと言う読者の反感を買ってしまった。
  • 登場人物の行動と動機が噛み合っていない。
    • そもそも本作の展開について言えば、デウス・エクス・マキナに当たるはずの未来ロボットフューチャーくんが、主人公に「ヒロインの為に夢を諦めてくれ」とだけ頼めば解決した。しかし、実際には主人公に盗作をさせて意味の無い謎のメッセージを送りつけた挙句、ヒロインの死亡時期を10年近く早めると言う、救うべきヒロインの状況を元の状況よりも悪化させると言う本末転倒な行動に出ている。また、主人公が作品を盗作する動機も、「この素晴らしい漫画を世界から消さないために発表する」と言うものだが、本当にこれが目的なら、未来から来た漫画をシンプルにネット上にアップするだけで済む為、彼が盗作を、ましてジャンプでの連載をする必要性が無い。
    • そもそも、本作の主題は「未来から送られてきた漫画作品を盗作する事で未来を変える」と言うものだが、「何故その未来を変えなければいけないのか?」「何故その未来を変えたいと思うのか?」と言う、歴史改変もので一番重要となる動機が一切何も説明されておらず、ただ単に主人公とデウス・エクス・マキナが、ヒロインの人生を好き勝手に弄り回して勝手に悲劇ぶっている様にしか見えない。
  • 設定の雑さと説明の不足
    • 先の動機の項目でも指摘された通り、主人公とデウス・エクス・マキナがヒロインを助ける動機が不明な様に、どうも作者側では『この程度のこと、理解しているでしょ?』『これくらい説明したら大体分かるでしょ?』といった意識があるのか、とにかく説明が不足している描写が目立つ。
    • その一番顕著な例が先に挙げた主人公が盗作を行う理由や、ヒロインを助ける動機だが、タイムパラドックスやパラレルワールドについてもそうである。そもそも、本作にとってはタイトルにまで起用しているほどであるのだから、『タイムトラベル』や『タイムパラドックス』は、作品の根底を作り出す最重要な設定となるはずである。しかし、タイトル詐欺の項目でも述べられたが、この作品はパラレルワールドで時間軸の説明をしてしまった為、肝心のタイムパラドックスが発生しない。
    • これに関しては、実はタイムパラドックスが起こりつつもパラレルワールドが発生する設定も作れるので、その辺りの事を「ここがこう言う理由でこうすると未来が変わってしまい(タイムパラドックス)、それが世界的に重大な問題を引き起こしてしまう為(パラレルワールド)、盗作する必要がある」と詳しく説明する事で、タイトルについての「タイムパラドックス要素」と本作の問題点である「盗作の是非」を同時に解決しつつ、佐々木哲平を王道のヒーローとする事ができたはずである。
    • また、この部分の設定と扱いによって、作家の独自性とタイムトラベル理論についての知識と理解の深さ、作品における位置づけなどが大きく変わる為、本作における心臓と言っても良い。具体例を上げると、素敵な選TAXIドラえもんの様なSFコメディはタイムトラベルの設定をあえて雑にする事で、タイムパラドックスや諸々の細かい説明を省いてドラマ性を高めている。一方、物語に仕掛けや伏線を仕込む場合は、緻密で複雑な設定を構築する必要がある。この手の作品で有名なのは、バック・トゥ・ザ・フューチャーである。この作品はタイムトラベルの設定や説明を詳細にする事で、作品のエンターテインメント性を非常に高めている。この様に、時間系SFにとってタイムトラベルの設定は作品の方向性すらも決定する重大な要素である。
    • ところが、本作でも一番重要となるはずの『本作におけるタイムトラベル理論』についての部分の説明を、本作では「世界線が分岐してパラレルワールドが発生した」という主人公が簡単に予想する2、3コマだけで終わらせた為、特にSF好きな読者から「じゃあ、盗作する必要なくね?」とごく当たり前のツッコミを受けてしまった。何故なら、通常、世界線はパラレルワールドとして同義で扱われるが、厳密には違う概念だからである
    • どう言うことかと言うと、通常タイムトラベルが発生する作品の場合、未来の情報を知った事で未来が変わる設定ならば、哲平の元に来た未来のジャンプの内容が変わるはずである。それが起こらないと言う事は、哲平がどう動こうが未来は変わらない。『10年後にアイノイツキはホワイトナイトを新連載する』と言う事である。
    • つまり、この時点で哲平が作品を盗作する必要がない。そして、この事は『世界線によるパラレルワールド』でも発生する。つまり、『ホワイトナイトを新連載する未来』と言うものは『アイノイツキ』によって『10年後』にもたらされる。しかし、世界線によるパラレルワールドではその内容が変わる。これを「収束」と言う。具体例を上げると、『ホワイトナイト』の内容が王道のファンタジー作品からハードコアなSF作品に変わったり、佐々木哲平がペンネームでアイノイツキを名乗ったり、ホワイトナイトを連載するアイノイツキ自身が、原作と作画に別れたコンビになったりする
    • 特に最後のパターンの場合、哲平自身がその作画担当になる事でわざわざ盗作をせずとも正式にホワイトナイトの作者になることができる上に、ある種ゴーストライターの意味を体現することができる。つまり、世界線によるパラレルワールドが発生した中で、ホワイトナイトの連載を実現させる場合、哲平のやる事はアイノイツキを探し出して盗作を謝罪することが正しい行動である。しかし、この作品ではこう言った最低限のタイムトラベル設定の説明すらせず、哲平の予測による「パラレルワールドが発生した」の一言で済ませている上に、その設定を話を組み立てる材料では無く、哲平の自己正当化にのみ利用している。この事がSF好きの読者から総ツッコミを受ける事になったのだ。
    • また、未来ロボットフューチャーくんに関しては、「人の『想像する力』が生み出した幽霊」と言う、概念的な設定が出てきた直後に、「とある作家が生み出した物語に必要なキャラクター」と言う、設定の説明をする前に新たな設定をぶち込んだ挙句、デウス・エクス・マキナとして登場したキャラクターが、その役割を果たしてなく機能していない。という、作品として致命的とか何とか以前に、作品を作る気があるのか?と疑いたくなる描写がある。
    • まぁ、フューチャーくんの点に関しては、打ち切りがかなりの速さで決まってしまった為、説明し切れなかった設定をとにかく入れ込みつつ、それで成功したかどうかはともかくとして、作者側が出来る限り作品の質を上げようとした結果なのかもしれない。
  • テーマの矛盾
    • 『漫画家である主人公の盗作』という犯罪を作中で正当化しておきながら、透明な傑作という漫画論を描くなど、テーマ的には明らかに矛盾している。この他にもテーマの矛盾と言うのは作品の全体的にまたがる大きな問題点であり、中には作品の根底を完全に否定しているものもある。
    • その最たる例が「作品の盗作」に関するものであり、当初主人公は、「この素晴らしい漫画を世界から消さない為に『ホワイトナイト』と言う作品を盗作して発表する」と言う理由で作品を盗作していたが、「自分なりの絵で自分なりの『ホワイトナイト』を描く為に奮闘する」と言う結論に達してしまっている。
    • この結論の何が悪いかと言うと、盗作の是非はこの際置いておくとして、主人公の最初の目的は、「主人公の盗作により未来で世に出るはずであったのがその機会を奪われた素晴らしい作品を現時点で世に出す」である。つまり、「主人公にとって未来の『ホワイトナイト』を残す事が、盗作という罪に対する償い」と、主人公が考えている訳である。つまりこの時点で、「主人公なりの『ホワイトナイト』を掲載することは、本来の『ホワイトナイト』が世に出る機会を現在でも失わせることになる為、「主人公」にとって罪に罪を重ねる」ことになる絶対のタブーという事である
    • ところが、主人公は「自分なりの絵で自分なりの『ホワイトナイト』を掲載することで、『ホワイトナイト』のクオリティを上げる」と言う結論を下してしまった。これは最初の前提である「本来の『ホワイトナイト』を消す」ことになるので、主人公にとって『最悪の罪になる』。この様な事例がわずか14話の中でいくつも描かれている。

総論と原因

上記の様に本作は、多数の問題点ばかりが指摘され、そのどれもが読者の予想と期待を斜め下に裏切っていた事から、自分から面白くなる要素を切り捨てていく漫画と言われてしまう結果になった。
本来はドラマが生まれるはずの描写や展開を悉く排除して、読者から理解や感情移入される事を完全に放棄してしまった。また意味不明にひとりよがりという構成で、基本的に主人公やその他キャラクターの主張や描写、作品の設定に至るまで、物語自体がひたすら主人公の盗作行為を全肯定し、その上で主人公を持ち上げる為だけに構築されてしまった。そのため、伏線を張るだけ張って、問題提起をしたまま一切解決せず、全14話(全2巻)打ち切りという、極めて低い評価と結果で作品が終わってしまった。こうなった原因については、原作・作画・編集の三者それぞれの要因が指摘されている。

ただし、この作品最大の問題点である、キャラクター描写についての責任の所在は、読者の間でも意見が分かれている。

  • 原作者・市真ケンジ氏の問題
    • 作中の設定・物語の構築などシナリオ・ストーリー面における短所は、やはり原作者である市真ケンジ氏に大きな責任があるのは否めない。同氏には、次話に向けて引きを作る展開のうまさに関しては一定の評価があるが、次話に向けて読者を引き付けておきながら、次の回では問題の解決を投げっぱなしにする為、「引きだけはうまいけど中身がない」と言う酷評をもらうことになった。
    • また、デウス・エクス・マキナを使ったにも関わらず、問題が何も解決しない点と設定が、SFから急にファンタジー色の強いものになった点から、設定やプロットの爪の甘さを指摘する声もある。
    • この他にも、面白い漫画を作中で紹介する時の語彙力の少なさや、作中作を描写しない事で作品の主張に説得力が無いなどの批判が多い、
  • 作画担当・伊達恒大氏の問題
    • その画力の高さには一定の評価があり、「絵は好きだった」と言う声が多い。しかし以前より「ヒロインは可愛いが、キャラクター性関係無く主人公がムカつく」と指摘されるなど、特に主人公のキャラクター演出能力について、批判される事が多い
    • 特にギャグとシリアスの使い分けに致命的に問題があり、主人公の盗作発覚シーンはギャグシーンとして描き、主人公の自己憐憫シーンはシリアスに描いた事は、主人公の人間性を大きく下げた原因の一つであり、なまじ高い画力だからこそ演出の悪さが際立った面もある。
    • また、画力についても、「人そのもの(イラスト)」を描くのは上手いが、「人の動きや心情(漫画)」を描くのは不自然さがあると指摘される事も多い。
  • 原作と作画双方の問題
    • 原作担当の市真氏は、かつてWebサイトとは言え、少年サンデー系列で漫画連載していた経歴を持ち、作画担当の伊達氏はかつてジャンプ本誌に二回連載を持ったことがある連載作家である。どちらも連載自体は余り長く続かなかったが、プロとして活動の実績を持つ以上、主人公が盗作しておきながら、何の制裁も受けず、謝罪や反省もする事なく、何よりもそんな主人公こそが「王道ヒーロー」として活躍すると言う作品を作った事自体が大きく問題である。
    • そして、この作品の最大の問題点であるキャラクター描写についてだが、基本はやはり作品そのもののコントロールを担当しているはずの市真氏の責任は大きい。しかし、一方で作画の伊達氏についても問題があると考えられる。伊達氏個人が手掛けたラブコメ作品の『クロスアカウント』では、キャラクターの倫理観や、描写の不快さなどに、多くの批判が寄せられたことがあった(こうした批判を意識したのか、『クロスアカウント』の単行本では本誌連載で掲載されていた、主人公の描写や台詞に多くの修正が入った)。こうしたことから、問題となった主人公の倫理観などのキャラクター演出は、実は伊達氏の意向も入っているのではないか?と疑われており、仮に伊達氏の意向が優先されていた場合、本作の失敗のその責任の度合いが大きく変わる。
  • 担当編集の問題
    • まず漫画作品としては異例なことに、この内容で連載を許可したジャンプ編集部と、この作品を担当した編集者を責める声がかなり多い。
    • 編集とは本来、作品の内容に助言し、作家をコントロールする立場にある。しかし本作では担当編集が、そう言う行動を何一つ取った痕跡が目に見えない。例えば1~3話までのプロットやネームを読めば、主人公の盗作を弁護し、正当化してしまう等の先述された数々の問題点に気づけたはずである。あるいは2話のネーム段階で、盗作の正当化を避けるなどの対応も取れたはずである。にも関わらず、問題点を修正せずに編集会議に上げ、編集部もジャンプ本誌に連載してしまっている。こうした点から編集が全く仕事をしていないとして、読者から多く批判を集める結果となった。
    • 尚、少年ジャンプの公式サイトの作品紹介ページには、「ネット上にある「不正コピー」は、漫画文化、漫画家の権利、そして何より、漫画家の魂を深く傷つけるものです」の一文がある。この一文がある以上、この作品の内容に対して、「作家性を重んじる」だけでは編集の責任を果たしたとは言い難い。

本作については基本的には、やはり原作担当である市真ケンジ氏を批判する声が多い。だが、作画担当の伊達恒大氏のキャラクター演出の手腕の低さを責める声もある。無論担当編集の手腕の問題を指摘する声もある。

総論で言えば、原作者、作画担当者、担当編集の三者の悪い所同士がかけ合わさった結果であり、言わばマイナス同士を『掛けた』のでは無く『足した』ので、より大きいマイナスになった。と言うのが、大きな見方である。

考察

この作品の別の特徴として、読者による考察が非常に多いと言うのがある。
ただし、いわゆる『物語の伏線を読み解き、世界観や作者の意図、物語の結末を予測する』と言う通常の考察と違い、考察の内容は『どのような展開にすれば物語が面白くなれたか。キャラクターやストーリーをどう動かせば面白くなれたか』と言うもので、その考察の多さは最早、二次創作に足を踏み入れていると言っても良いほど

実際、本作はシナリオ面、ストーリー面については粗が多く、プロットの練り込みが足りない部分が目立つ一方で、第一話の評価がそれなりに高いことからもわかる様に、高い画力スリリングなシナリオ、そして何よりも、高い志を持ちながらも才能の無い凡人の主人公と才能は有りながらも人格に難がある天才のヒロインと言う魅力的すぎるキャラクター要素の三拍子が揃っており、普通に考えて、これでつまらない漫画ができるはずが無いのだ。

ところが、第二話以降、本作では主人公のキャラクター性が上記で述べたように、自分本位の権化であり、まさしく吐き気を催す邪悪であることが露呈してしまった。そのまま読者の予想も期待も悪い意味で裏切り続け、結局何一つ面白さを発揮することなく連載が終了してしまうと言う結末を迎えた。連載終了が確定する前からも、恐らくは打ち切りになるであろうとは予測されており、毎回は話が更新されるたびにつまらないと言い続けられている一方、先の面白くなるはずの要素自体が死ぬわけではない為、考察だけは回を追うごとに活発になっていた。

大きく分けて本作の『考察』による人気ルートは三つ。

一つ目が、『佐々木哲平がタイムマシンを利用して人間のクズへと落ちながら天才であるアイノイツキと戦い、人気漫画家となるも破滅するルート』いわゆる主人公を夜神月に代表されるダークヒーローに落としたストーリー。このルートの場合、更に「菊瀬編集が佐々木哲平に盗作を指示するルート」と「菊瀬編集アイノイツキと組んで佐々木哲平に復讐するルート」の二つにさらに人気が二分している。

二つ目が、『佐々木哲平アイノイツキに盗作を素直に打ち上げ、二人で漫画を描き上げながらもタイムマシンに翻弄されるルート』いわばバクマンをよりラブコメ的に仕立て上げたストーリー。このルートの場合、「絵がうまいが話しづくりは下手な主人公と、絵は下手だが話しづくりは天才的なアイノイツキがコンビを組む」と言うオーソドックスなバディものが人気のルートとなっている。

三つめが、『そもそも盗作要素が無いルート』で、本作での主人公に対する主要ヘイト要素の一つである盗作を省いたストーリー。このルートの場合、「タイムパラドクス要素に重点を置きつつ凡人漫画家が天才漫画家の卵に振り回される」または「哲平の存在自体が省かれアシスタント達による夏の特別編のようなドタバタ劇が展開される」というややギャグに振った内容が人気となっている。

この他にも、「ホワイトナイト以外にも描きたい漫画がたくさんあるアイノイツキが、盗作について知った上で佐々木哲平にホワイトナイトを世に出させ、その一方で自身は別の漫画を連載する」ルート、「佐々木哲平は盗作に気づいて断筆しようとするが、盗作しないと死亡する運命だと知らされ、いやいやながらも盗作を続行する」ルート、また、「フューチャーくんがラスボスであり、佐々木哲平によってアイノイツキの人生が滅茶苦茶になる様を陰から笑って見ている」ルートなどが考案されている。また派生様式の一つとして、ヒロインであるアイノイツキと本編でも仲が良かったアシスタントの一人である赤石元気との絡みの強化を希望する「赤藍派」が存在する。

いずれのルートにせよ、佐々木哲平のみをメインキャラクターとして動かしたことが最大の失敗とは言われており、早い段階で佐々木哲平とタイムマシンの秘密を共有する共犯者を出さなければストーリーが動かないとは言われていたことは、特筆すべきことではある。

いずれにしろ、本作では『面白い要素ばかりを組み合わせたからと言って、面白くなる漫画が造れるわけではない。創作者の腕は良くないとどれだけ面白い要素も、面白みを全く生かせずに潰れてしまう』と言う、ある種当然の一般論を身をもって教えた作品と言える。逆に欠点や問題点はハッキリしていると言う特徴があり、「駄目の見本」や「反面教師」として分析するのに一読の価値はある。

また、考察で示されたように、この作品の要素を組み合わせることで面白くなりそうなストーリーはいくつも考案されており、それらの要素を組み合わせて今度こそ面白いストーリーを生み出す人物がいるかもしれない。そう言う意味では、創作者としてやってはいけないこと。創作物としてつまらないこと。そして、今後面白いストーリーを生み出すための元ネタを生み出したこと。の三つの実例を生み出したタイムパラドクスゴーストライターと言う作品は、未来の創作者にとっての貴重な教本と言えるべき作品かもしれない。

余談

本作の最終回が載った週刊少年ジャンプ39号は2020年8月31日に発売されたが、奇しくも、作中でホワイトナイト(佐々木哲平版)の連載が開始されたのも2020年8月31日であり、読者の間で話題となった。

関連タグ

佐々木哲平(タイパラ):作品の主人公。作品にこの蔑称が付いた最大の要因。

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