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フジタJr.ハヤト

ふじたじゅにあはやと

「フジタJr.ハヤト」はみちのくプロレス所属のレスラー。

概要

1986年9月20日生まれ、東京都足立区出身。
本名:藤田 勇人(ふじた はやと)。

脳性麻痺の障害を持つ両親と共に障害者プロレス団体「ドッグレッグス」に入門。7歳でリングに上がる。

2004年、知人の紹介で新崎人生と知り合い、みちのくプロレスへの誘いを受けて入門。
デビュー前に山本KID徳郁の主宰する総合格闘技ジム「KILLER BEE」でトレーニングを積み、同年12月3日、みちのくプロレス後楽園ホール大会でフジタ"Jr"ハヤトとして対中嶋勝彦戦でデビュー。

2007年12月、ヒールユニット「九龍」に加入。
2008年12月12日、義経に勝利して東北ジュニアヘビー級王座を獲得。
その後新日本プロレスので開催された「SUPER J-CUP」(2008年)や「「BEST OF THE SUPER Jr.」(2010年)、プロレスリングZERO1で開催された「天下一Jr.」(2009年)や「火祭り」(2011年)に出場。
2011年12月、ZERO1で開催された「風林火山」に田中将斗とタッグを組んで出場して優勝。
2012年1月、内部亀裂が原因で「九龍」解散。元メンバーの南野タケシ、卍丸、Ken45°と共にヒールユニット「BAD BOY」を結成。(卍丸、Ken45°は「九龍」結成当初のメンバー。)

2016年4月、ZERO1で日高郁人とタッグを組み、大谷晋二郎&高岩竜一組に勝利して共にNWAインターナショナルライトタッグ王座を獲得。

2017年4月、プロレスリングZERO1いわき市平体育館大会の試合中に左膝を負傷して外側側副靭帯完全断裂、内側側副靭帯部分断裂と診断されて欠場。
2018年11月24日、みちのくプロレス仙台ヒルズホテルみちのくホール大会に来場し、脊髄腫瘍髄内腫瘍上衣腫によるガンが発見されて闘病中であることをであることを告白。
(師匠の山本KID徳郁も同年8月にがんで闘病中であることを発表、9月18日、胃がんによる多臓器不全から41歳で死去している。)

2019年12月、拳剛を相手に2年8ヶ月ぶりに一夜限りの復帰戦をおこなった。
現在も本格復帰を目指して闘病中。

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