ピクシブ百科事典

人間宣言

にんげんせんげん

昭和21年1月1日に渙発された詔書の俗称。「新日本建設に関する詔書」「年頭、国運振興の詔書」「終戦翌年頭に於ける詔書」などとも称されるが、詔書の正式な題は存在しない。

第二次世界大戦終結後、アメリカの占領軍は、天皇のお言葉が日本国民の心と行動に対して持っている権威に鑑みて、日本の天皇・国民・国土神話に起源を持つが故に他国に優越するという思想を否定する勅語を出していただくことが重要だと考えた。

そこで、GHQ民間情報教育局のヘンダーソンが勅語の原案を起草したのだが、その核心部分は「天皇と国民とは非常に強く結ばれている。しかしかかる結合は、神話伝説のみによるものでなく、また日本人の子孫であり、他の国民よりすぐれ他を支配する運命を有するという誤れる観念に基くものではない」となっていた。

このヘンダーソンの原案を受けて幣原喜重郎首相が起草した草案では、この部分が「朕と我国民との間の紐帯は終始相互の信頼と愛情に依りて結はれ来たる特性を有す。此の紐帯は単なる伝説と神話に依るに非す。日本人を以て神の裔なりとし他の民族に優越し世界を支配すへき運命を有すとの屢々日本人の責に帰せしめられたる架空なる観念に依り説明せらるるものに非す」と改められた。

ところが、「日本人を以て神の裔なりとし」という言葉が、マッカーサーによって「Emperorを以て神の裔なりとし」と書き改められたことによって、この勅語案はいわゆる「人間宣言」へと変貌をとげることになった。

しかし、この修正に、侍従長の木下道雄は不満であった。
「日本人が神の裔なることを架空と云うは未だ許すべきも、Emperorを神の裔とすることを架空とすることは断じて許し難い」というのである。

そこで木下は、否定されるべき架空の観念を「天皇を現御神とする事」に改めようと考え、昭和天皇の御賛成を得て、「朕を以て現神とし 爾等臣民を以て神の裔とし」との修正案を作成した。
そして最終的には「爾等臣民を以て神の裔とし」の部分が勅語から削られて、「天皇を以て現御神とし」だけが残され、これだけが「架空なる観念」として宣言されることになったのである。

「現御神の否定」の背後には、かえって、「天皇を神の裔とする伝統的な観念は否定しない」という昭和天皇および側近の強い意志が働いていたことが分かる。

なお、変わりゆく時勢を象徴するこの詔書は、内容も異常であるが、文章は更に異常である。
そもそも荘重、典雅、文格という性格が求められる詔勅というものは、一般の文語や口語と異なり、素人が一蹴して及べるものではない。
この詔書案は玄人である内閣嘱託のところにも回ったというが、「あれは実は自分の所へも廻ってきた。文部省で作ったといふ。我々の手でどうしやうもないものだから、その訳を話して返した」と言わしめる代物であった。

コメント