貴方は知る覚悟をありますか?
概要
33話 「夜を走る王子」
第3部・鳳暁生編のラストエピソードであり、同部の総集編を兼ねている。
ところで、『ウテナ』の各パート総集編は、第13話や第24話のような、回想シーンを多用しつつもその形式は独特なもので有名である。
それは本話でも同様だが、本話ではそれに加えてストーリーの根幹に関わる重大な出来事が予告なしに起こった。
しかもそれは、水曜18時のゴールデンタイムに放送していたアニメとしては、2000年代以降のアニメ事情ではありえないような大事件である。
ストーリー構成としても大きなトリックが潜んでおり、最後の最後に大きな仕掛けが明かされる仕組み。
まずはストーリーを追っていって欲しい。
脚本は榎戸洋司、絵コンテは橋本カツヨ(細田守)が担当。
今第33話の展開により、それが根底から覆されることとなる。
(以下、ネタバレにつき閲覧注意)
ストーリー
「たった一人で、深い悲しみに暮れる小さな君。その強さ、気高さを、どうか大人になっても失わないで…」
夜の鳳学園理事長館・プラネタリウム。
投影機が起動し、天井に星空が映し出される。その中に、電話をかける姫宮アンシーの姿があった。
「もしもし…ええ。星を見てました。…本物の星は、見たくなかったんです」
「今夜の薔薇は、届きましたか?」
どこかのホテルの一室。窓からは遊園地の夜景が見える。
そこに、珍しくワンピース姿の天上ウテナがくつろいでいる。テーブルには薔薇の花束。
どうやら、近くの遊園地で遊んだ帰りらしい。
「姫宮も、来ればよかったのに…一人じゃ、こんなに楽しくないんだろうな…言ったことあったっけ?ボクが、一人っ子だったってこと…」
夜の道路。疾走する真っ赤なスポーツカー。
運転席には鳳暁生。
カーラジオからは影絵少女A子&B子がMCを務めるラジオ番組が流れている。
B子「ここでクイズです!ジャカジャカジャーン!」
A子「永遠のものって何でしょう?」
B子「それこそ永遠の謎ね~」
解答者として、ペンネーム「世界の果て」に電話する二人。
それこそ、運転中の暁生だった。
暁生「学校関係です。あと、ちょっとしたアルバイトもやってますが」
A子&B子「かしらかしら、ご存知かしら?」
A子「次の3つのうち、永遠のものはどれでしょう? 1、ダイヤモンド。2、美しい思い出。3、桃の缶詰」
だが、暁生はキャッチホンに出ると、仕事が入ったと言って、クイズを打ち切ってしまった。
A子「ええ~!?オンエア中なのにぃ~」
B子「仕事ってどちらの?」暁生「アルバイトの方」
道路に浮かぶ、無数の「止マレ」標識。
畳に寝転がりながら、客室のテレビを見ているウテナ。
モノマネバトルのバラエティ番組の行方を真剣に検討している。
…数刻後、ウテナは浴衣に着替え、髪を拭いていた。どうやら湯上がりのようだ。
いつも口うるさい生徒指導の先生について愚痴を言っている。
「まったくもう、うるさいったらありゃしない! あの先生、ミョウバンってあだ名ついてんだよ」
「その前は茶碗ってあだ名だったみたい。その前は…なんだっけ?なんだっけ…」
こちら側を向き、不安げに尋ねるウテナ。
ちゃぶ台の上に、食べ終わった夕食が。
「あ、いっけない! 朝のパン、出しっぱなしで来ちゃった。ビニール袋に入れておかないと、におい移っちゃうんだよね~」
再度ラジオからの電話に出る暁生。
クイズの第二問だ。
A子&B子「かしらかしら、ご存知かしら?」
A子「次の3つのうち、奇跡はどれでしょう? 1、エジソンの発明。2、王子様との出会い。3、シーラカンスの缶詰」
暁生「奇跡、そう、奇跡の力…」
見えない対戦相手とオセロをしているウテナ。
気さくに、料理についての世間話を一方的にだらだらとしている。
分量を間違えたり、レシピ通りにやったのに味が全然違ったり…。するとゲーム盤にも変化が。
「あれ? 逆転だ…」
布団に入るウテナ。電気スタンドを消し、画面の方を見る。
暁生「奇跡というのは、毎日起こっているんだよ。みんなが気づかないだけでね」
A子「あの~ウンチクはいいですから、早く答えを言ってください…」
暁生「答え?」
寝そべっているウテナ。
「あのさ…今日は…こんなに遅くまで遊んじゃって……帰ったら、すぐに、明日のお弁当の用意しなくちゃ…」
「えっと…何がいいかな…鮭が残ってたから、鮭と…それから、アスパラゆでて…卵焼きは、さあっとやっちゃうとして…」
「いつもはほら、夕飯の残りでチャッチャッとやっちゃうからいいんだけど、姫宮と二人分あるし…」
「困ったな……どうしよう……何も思い浮かばないや……」
「鮭とアスパラと、あと卵焼きと……あと、どうしよう? どうすればいいかな? ……ねえ、何がいいかな?」
「サンドイッチとか……アスパラと鮭をマヨネーズであえて、ゆで卵をつぶして、……わからないな、どうしよう?」
「困ったな……他に、何かなかったかな? 思い出せないや…」
「あれも出しっぱなしだし……大丈夫かな? いつも、あれに入れて、冷蔵庫にあれ、しとくんだけど……今日は―――っ…」
「あの……永遠って、なん、ですか……?」
…半裸のウテナの左手を、褐色肌の男の右手が握っている。
夜道を車で走る暁生。何度目かの電話が鳴る。
暁生「アンシーか?」
アンシー「ええ」
兄と通話するアンシーの表情は、煌めく眼鏡に隠れて見えない(恐らくこの時のアンシーは ウテナに失望した瞬間だった)
暁生「そこで何をしていた?」
アンシー「星を見てました」
暁生「今夜はきれいな星空だ。わざわざプラネタリウムで見ることもないさ」
アンシー「本物の星は、見たくなかったんです。今日の薔薇は、届きましたか?」
暁生「ああ届いたよ、ご苦労だった」
電話を終えた暁生は、助手席、今夜送られてきた薔薇に向かって微笑みかける。
助手席に座っているのは、天上ウテナ。
その表情は、学園で活発に振る舞っているそれとは一変し、「女性」らしく、艶やかに煌めいている。
暁生「今夜の星は、美しかったね…」
ウテナとて、今夜はこうなるとは思わなかった。
今日はアンシーに、薔薇を暁生に届けるように頼まれただけだったのに…。
…二人を乗せた赤いスポーツカーは、全速力で夜道を駆け抜けていった。
余談
本話は、平たく言えば、第3部でじっくりかけて暁生に誘惑され続けていたウテナが、ついに一線を越えてしまうエピソードである。
「守られるお姫様ではなくカッチョイイ王子様になりたい」と言っていた彼女が。
「強く、気高くあれ」と意識していた彼女が、である。
その彼女が、ラストシーンで「オンナ」と化した姿は全視聴者に衝撃を与えた。
また、放送コード的にも、直接的描写はないものの、いつもと違うウテナの仕草や、セリフの端々に隠されたメタファーで、
「それっぽさ」はいたるところで臭わせており、18時台で放送できたのが当時の奇跡のようなエピソード。この1ヶ月後某事故が起きるなどした結果、翌年以降テレ東規制が強化されていき今では33話どころかウテナ自体夕方にはとても放送不能なレベルとなっている。ギリギリセーフという点でも奇跡的といえるだろう。
幾原監督曰く、「初めてを経験する女性は、こんなどうでもいいことを考えながらするものじゃないか、よくわからないけど」とのこと。
このパラダイムシフトによりストーリーは大きく動き出し、ウテナの「花嫁」にして暁生と関係しているアンシーやウテナに恋する冬芽をも揺るがせ、怒濤の第四部「黙示録編」へと流れ込んでいくこととなる。