概要
1964年〈昭和39年〉1月31日生まれ。大阪府八尾市出身。大阪市長(民選第21代)、日本維新の会代表(第2代)。
大阪府知事(公選第18・19代)、大阪維新の会幹事長、同代表、日本維新の会幹事長、維新の党幹事長、同顧問、大阪府議会議員(3期)などを歴任した。父は大阪府議会議長(1996年)を務めた松井良夫。
政治家になる前は住之江競艇場の照明・電気設備関係の工事・補修を一手に請け負う株式会社大通の代表取締役であった。
2003年4月13日実施の第15回統一地方選挙において大阪府議会議員選挙に八尾市選挙区から自由民主党の公認を得て立候補し、初当選。以来当選3回。自民党では大阪府議団の政調会長まで務めたが、WTC府庁移転問題を機に考えの相違の理由で新会派「自由民主党・維新の会」を結成。2010年に橋下徹大阪府知事が代表を務める地域政党大阪維新の会に参加して、幹事長に就任。
2015年8月27日、維新の党からの離党を橋下徹と共に表明。その後国政政党おおさか維新の会を結党。2015年12月12日、おおさか維新の会および大阪維新の会の代表に就任。
2019年4月7日執行の大阪市長選挙で、第21代大阪市長に当選を果たした。正式に市長任期満了後に引退する意向を示し、5日には大阪維新の会の代表についても辞任を表明した(後任は吉村洋文が選出)
2021年10月31日、翌年1月の任期満了を持って日本維新の会の代表を退任する意向を示した。
しかし2022年7月10日参議院選の開票開始の際に即時退任するとの意向を示し、繰り上げる形となった
政治家引退
2022年9月に行われた日本維新の会初の新代表選で後継に馬場伸幸氏が選出され、日本維新の会の代表の座を降りた。
12月には維新内の大阪市長候補の予備選が行われ、横山英幸氏が選出され、引退の準備を着々と進めてきた。
そこから始まった市長選では横山の知名度不足を補う為に、最後の大仕事として演説に同行した。
そして2023年4月6日には大阪市役所で退庁セレモニーが行われて多くの支持者・市民に見送られながら市役所を後にし本格的な政治家生活に幕を閉じた。
そして一私人として今後様々な活動をしていく予定であり、橋下徹がタレントとして所属しているタイタンからも声をかけられているという。
そして個人ホームページを開設したら、橋下から「これはヤクザのホームページではありません」大阪らしいボケが展開された。