概要
1936年~1937年にかけて雑誌『新青年』に連載。
1933年に執筆していた『死婚者』が元ネタ。執筆中に横溝が病で倒れ、掲載が間に合わなかった作品で、その後題名を改めて書き直した作品である。
江戸川乱歩は序文において「横溝探偵小説の一つの頂点を為すものかも知れない」と賛辞を寄せている。
あらすじ
7月の初め頃。
X大学の講師・椎名耕助は、ふと見上げた夕焼け空に浮かぶ雲が、かの妖姫サロメの前に差し出されたヨカナーンの首のように見え、思わず立ちすくむ。
そこへやって来たのは同僚の乙骨三四郎で、椎名の話を聞いて驚きつつも笑って否定し、神経が昂っているだけだと諭すのだった。
7月15日、椎名は乙骨に誘われ、2人で信州旅行に出た。
宿泊先で、鵜藤という医師がN湖畔の邸宅の一室を貸し出しているという話を聞き、興味を誘われた2人は鵜藤邸へと向かう。しかし途中でバスに乗り込んできた老婆はその話を聞きとがめ、行けば必ず恐ろしい事が起きると告げ、2人は嫌な気分になる。
鵜藤邸は、元娼家・春興楼の建物を、そっくり湖畔に移設した立派なものだった。
主である鵜藤は半身不随の身となっており、退屈な生活に話し相手が出来た事を歓び、椎名達を歓迎する。そんな彼らを案内したのは鵜藤の姪である由美で、その美しさに椎名も乙骨も惹かれるのだった。
風光明媚な景色を楽しみ、壮麗な姿を留める春興楼でのんびり羽を伸ばす2人だったが、しばらくして他に誰かもう一人がここに住んでいる気配を感じる。
果たして数日後の真夜中、椎名と乙骨は障子の隙間から、総身を水に濡らした、世にも稀なる美少年の姿を見る。人ならざるものであるかのように、蛍にまとわられて自ら光るかに見えたその美少年について、翌朝鵜藤に尋ねると、何故か彼は激しく驚いた様子を見せるのだった。
それから1週間後、2人が湖水にボートを浮かべていると、突如として浅間山が噴火。
噴煙が空を赤く染め、火山礫が降り注ぐ天変地異の中、どうにか2人は岸に漕ぎ戻った。しかしそこで、春興楼の展望台で鵜藤にあの美少年が襲いかかり、首を刃物でえぐって殺すのを目の当たりにする。
更に美少年は止めようとした由美にも襲いかかり、駆けつけた2人が目の当たりにしたのは、夥しい血痕と、怪我を追って気絶した由美だった。
手当を受けて目覚めた由美は激しく泣きながら、あの美少年の名は「真珠郎」である事、そして世にも恐ろしい殺人鬼である事を明かす。
かつて鵜藤は恩師の妻に邪な想いを抱いて不義を働くも、恩師はそれを咎めずに別の理由をつけて離縁した妻との関係を許す。ところが狂暴な性癖を持つ鵜藤は虐待の末に妻を死なせたばかりか恩師が苦悩のあまり自殺するという顛末に至り、これを理由に医学界を追放された事を逆恨みしていた。
そこで顔形こそ美しいが犯罪者・精神病の家系にある男女を誘拐して幽閉し、一人の男児を生ませた後は放逐。男児に真珠郎という名を与え、狂人めいた色彩が施された部屋に閉じ込め、物心つく頃から虫や小動物の首を小刀で切り落とさせるという「悪の教育」を施した。そうして善悪の区別なく犯罪を働き、その美しさであらゆるものを魅了する「人間バチルス」に仕立て上げ、これで社会に復讐しようとしていたのだという。
1年ごとに撮影した真珠郎の写真が貼りつけられた観察記『真珠郎日記』、そして由美が鵜藤家に来るまで18年間真珠郎の世話をしていたじいやの証言によって真珠郎の実在は裏づけられ、ただちに指名手配が行われる。
しかしその行方はようとして知れなかった。
そして事件の舞台は東京へと移り、陰惨な殺人が再び繰り返される事となる……。
登場人物
- 椎名耕助
X大学英文科講師。主人公。神経質な性格が災いし、一連の事件に巻き込まれる。
- 乙骨三四郎
X大学東洋哲学科講師。椎名の同僚で、信州旅行を持ちかけてきた。貧しい境遇で育った為に野心的。
- 鵜藤
医者。春興楼の主。半身不随で数年来寝たきりの身。事件の発端となる人物。
- 由美
鵜藤の姪で、身の回りの世話をしている。聡明な美女。後に乙骨と結婚するが……
- 真珠郎
この世ならざる美しさを誇る少年。犯罪歴のある家系の男と、白痴の山窩の女の「交配」によって生まれ、鵜藤によって歪んだ教育を受ける。
警視庁の元捜査課長にして探偵。事件を知り椎名にコンタクトを取る。
映像作品
1978年、TBSの『横溝正史シリーズII』でドラマ化。全3回。
ストーリーはそこそこ原作に忠実だが、探偵役が由利麟太郎から金田一耕助に変えられており、これに伴って椎名の名前も「耕助」から「肇」になっている。
その後1983年にテレビ朝日系でドラマ化。
例の如く探偵役は金田一耕助となっているが、同時に金田一が椎名の役割も担っているという大胆な改変がなされている。
2005年にもTBSでドラマ化。
こちらは最早完全に新しい設定およびストーリーとなっており、ぶっちゃけ真珠郎の名前を借りただけではという評価もある。
余談
旧版の角川文庫の表紙では、真珠郎の裸身が描かれており、思いっきり真相がネタバレされている。
映像作品では割と不遇な事になっている本作だが、JETの漫画『名探偵・由利麟太郎 真珠郎』では、探偵役も含めておおむね原作に忠実な内容となっている。