概要
MCAS(Maneuvering Characteristics Augmentation System:操縦特性向上システム)とは、ボーイング737MAXに初めて搭載された失速回復装置である。
機首に搭載された迎角センサーの情報を元に、機首が上がりすぎる前に水平尾翼のトリムを操作する(水平尾翼そのものを動かす)ことで機首を自動で下げてくれるシステムなのだが、重大な欠陥を抱えており、大事故を引き起こしてしまった。
一部の人からは”アンチボナンシステム”などと呼ばれている(この呼ばれかたの理由は、エールフランス447便墜落事故の「ボナン」のやらかしによる失速(通称“ボナン落ち“)をリカバリーするという意味が強いからである)。
しかし、事故がおこった後は“オートボナンシステム“と呼ばれてしまっている(システムの誤動作で“失速“(ボナン落ち)してしまう事への皮肉。実際は逆ボナン落ちなのだが、通称が無いのでひとまとめで呼ばれている)。
導入経緯
乗客数百人規模の旅客機は数百万の部品で構成され、一から設計すると莫大なコストと時間が必要になるため、余程のことが無い限り新開発はなく、原設計を維持しつつ改良を行うことで時代に対応することになる。
ボーイング737(以下B737)は中短距離路線向けに規模を抑えた機体だが、それでも300万ほどの部品で構成されており、この例に漏れず幾度かの改良を経て、1968年から今に至るまで長期間運用されている。
10年代に入ってから本格始動したB737MAXの開発計画もその一環であったのだが、B737シリーズは68年の時点で既に規模を絞って設計した機体であった。
そのため翼と地面の距離が近く、直径が拡大する一方である新型エンジンを旧来の配置通り翼下に納めることができなかった。
胴体に格納される主脚を延長するにしても、翼を胴体側に埋め込むにしても大規模な設計変更が要求されてしまう。
そこでB737MAXではエンジンを前方上方へ移動させることにより、最小限の設計変更で大型エンジンを搭載することができたのだが、これが主翼を前方に広げたのと同じ効果を生んでしまい、機体の機首上げを加速させる事になった。
この機首上げ傾向を相殺し、従来型と変わらない操縦性を維持するために搭載されたのがMCASであった、のだが…
欠陥
- 実は頻繁に作動する仕様なのに現場に知らされず
本来の仕様は失速が起きた際にパイロットの回復操作支援を行うものであったが、テストフライトにより想定以上にMAXの操縦特性が悪い事が判明し、一定条件下で少しでも機首が上がると起動するように設定が変更された。しかしながらMCAS開発チームはその事実を知らされていない。しかも、パイロットの関与なしに動作させ特別な訓練なしにそれまでの737と同様に操縦できるようにするという名目で導入されたため、フライトマニュアルにはMCASについての記載が一切なく、パイロットはMCASの存在すら知らないまま操縦していた。
- MCASは迎角センサーの故障に気づけない
機首から突き出す形で搭載されるセンサーは落雷やバードストライクでの故障が予想されるために複数搭載が常識であり、B737MAXの迎角センサーも2つ搭載されている。
このため難しいことを考えずとも、2つが極端に違う値を示せばどちらかが壊れていることは察せるのだが、MCASはたとえ2つがどんなに違う値を示していても片方の値を採用して作動するようにできている。
- 迎角センサーの故障を知らせる警報がオプション
迎角センサーの故障警報がオプション扱いの装備に依存して発せられるようになっていたため、ほとんどのB737MAXでは迎角センサーが故障していても全く警報が鳴らないことになり、チームが施した誤動作防止の安全装置もこの警報装置に依存している(開発中は標準装備だった)ので、実質全て機能停止してしまっていた。
- MCASの優先度が高すぎる
尾翼のトリム操作は昇降舵とは別なので、パイロットが上昇操作をしていてもMCASはこれを上回るパワーで機首下げを行う。
電動トリム(操縦桿の端のスイッチ)を操作すれば上書きが可能だが、MCASは5秒後に復活して再度機首下げを行ってしまう。
- MCASを切ると電動トリムも切れる
仕様上オートトリムを切ればMCASをOFFにできるため問題が起きてもすぐ対処できると想定されていたのだが、オートトリムスイッチが何故か電動トリムのスイッチと一元化されており、MCASを切るとトリムホイールを回してトリムを人力で操作しなければならない。
しかしながら電動で回すのに比べて人力での操作には時間がかかる上、速度によってはホイールが重すぎて操作ができなくなる。
ボーイング社はMCASを改修したと報告したが、実質上本来の仕様の設定に戻しただけではないかと言われている。
ちなみに、かつてボーイングが吸収したマクドネル・ダグラスのMD-11も、改良による操縦性の悪化をコンピューター制御で抑えるシステムを導入していたが、システムが外れると操縦が難しくなり事故の引き金になった事がある。
事故
ライオンエア610便 2018年10月29日
インドネシアのスカルノ・ハッタ空港を離陸した610便が沖合に墜落し、乗員乗客は全員死亡した。
迎角センサーが不具合を起こして計器表示が不一致になった事にパイロットが気を取られ、MCASによるオートトリムに気付かなかったと見られている。
問題の機体はそれ以前にも暴走を起こして負傷者を出していたが、この際はオートトリムに気付きOFFにすることで事なきを得ている。
(メーデー 放送予告動画)
エチオピア航空302便 2019年3月10日
エチオピアのポレ国際空港を離陸した302便は空港から62kmの地点で墜落し、乗員乗客は全員死亡した。
こちらのパイロットは解除手順を実施して暴走するMCASを止めたものの、トリムホイールが固すぎて動かせなかったためにやむなく電動トリムを使用した事で、MCASも復活してしまった。
この事故をきっかけとして全世界で737MAXの運航が停止されることになった。
その後、MCASの改修が行われると共に、パイロットにもMCASの訓練が徹底される事となり、2020年末ごろから737MAXの運航が再開され始めた。
外部リンク
ボーイング737MAX墜落事故、MCAS(失速回避)ソフトの変更を関係各所が正しく知らなかったとの報 engadget日本語 サイト