晴れた心に、傘はもういらない。
概要
アイテム番号 SCP-548-JP
オブジェクトクラス Safe→Neutralized
SCP-584-JPとは怪奇創作サイトSCP_foundationに登場する異常存在の1つである。
メタタイトルは、「歌う雨音」。
見た目はごく一般的な市販のビニール傘。全体的に細かい傷や汚れなどの経年劣化が見られるが、それ以外に特筆すべき点はない。
異常性
SCP-548-JPは雨水に当たると異常性が発現する。傘布部分に雨水が当たると、雨音がピアノの音に変換される(※雨以外の液体、水滴等では異常性は発生しない)。その旋律は「練習曲作品10第3番ホ長調」と一致する。「練習曲作品10第3番ホ長調」はフレデリック・ショパンが1832年に作曲したピアノのための練習曲であり、日本においては「別れの曲」の名で広く知られる。
これらの楽曲はSCP-548-JPを持った被験者が室内に入る、天候が回復するなどして雨水の接触が中止される、あるいは楽曲を再現できないほどに雨量が減少した場合、演奏途中であっても終了し雨音も通常のものに戻る。また楽曲が終了した後も傘布へ雨水の接触が継続していた場合、SCP-548-JPへ向けて口頭で楽曲のリクエストを行うと、要望に即した楽曲を演奏してくれる。
音響分析の結果、SCP-548-JPは楽曲を演奏する度に、僅かながら技術の上達が確認されている。例えば、SCP-548-JPに難易度が高い曲をリクエストした場合、演奏はしてくれるもののその旋律は初見演奏のように乱れがちである。しかし、演奏技術が向上するにつれ旋律の乱れは減少し、最終的には完全に原曲の旋律と一致していくのだ。
また演奏終了後、拍手や賛辞の言葉をSCP-548-JPへ向けて送ったあとに再び楽曲のリクエストを行うと、その楽曲の技術上達率が3倍から5倍に跳ね上がり、加えて曲を聴いた被験者はその音色に「嬉しそう」「楽しそう」といった印象を受ける。
逆にSCP-548-JPへ向け罵声などを送った場合、演奏される音色は乱雑なものとなり、リクエストを無視したり、果てには乱雑な音色の楽曲を大音量でかき鳴らし、罵声を浴びせたDクラス職員の鼓膜を破壊するなどの行動に出る。善意には善意で、悪意には悪意で返すことから、SCP-548-JPには自我が存在するとみられている。
無力化
上記で罵声を浴びせられると演奏に乱雑さが混じるようになると云ったが、それ以外にも長く演奏していない(雨にあたっていない)と演奏がどんどん下手になるという性質を持っている。
あるとき、大寒波の影響で3か月間雨が降らない時期があった。その結果SCP-548-JPの演奏技術は著しく低下し、演奏する楽曲の音量を上回る通常の雨音が確認されたため、安定して雨が降る地域にSCP-548-JPを移送。最初のうちは調子が戻らずほとんど音が聞こえない状態が続き、上述の特性から異常性の喪失を危惧した担当博士はサイト屋外に特設ステージを設置。Dクラスを中心とした200名ほどの職員を集め、SCP-548-JPのための野外コンサートともいえる大規模な試みが行われた。
博士はSCP-548-JPへ向け、ビゼーの「カルメン前奏曲」、リストの「パガニーニによる大練習曲第3番 嬰ト短調」、モーツァルトの「ピアノソナタ第11番第3楽章」をリクエストし、演奏が終了する度に鑑賞した職員全員で拍手と賛辞を送った。
その結果、「ピアノソナタ第11番第3楽章」の演奏を経て、SCP-548-JPの演奏技術は極めて高まり、音色は終始「楽しそう」「嬉しそう」な雰囲気に包まれていた。
しかしその後、SCP-548-JPはリクエストに応えずおよそ10分間の沈黙。その後、「練習曲作品10第3番ホ長調」―――すなわち「別れの曲」が独りでに演奏された。
その音色からは「満足感」のようなものが感じられたと、後日その場にいた職員全てが報告している。
「別れの曲」終了後、SCP-548-JPは唐突に「巨大な何かが衝突した」ように宙へと弾き飛ばされた。
石突は粉砕され、中棒と骨組みが折れるなどの重大な損傷を受けていたSCP-548-JPは特に傘布へのダメージがひどく、また表面には大型車のタイヤ痕が浮かび上がっていた。
博士が即座に回収し損傷個所の修復を行ったものの、雨に傘布を晒してみても、リクエストをしてみても、賛辞を送っても、楽曲は再生されず―――。
SCP-548-JPは特異性が失われたものとされ、後日オブジェクトクラスがNeutralizedに変更された。
発見経緯
SCP-548-JPは、とある雨の日に発生した交通死亡事故の現場で発見され、警察に潜入していた財団エージェントによって収容された。
調査の結果、SCP-548-JPは交通事故の被害者であった当時10歳の女の子の持ち物であったこと、当時女の子はピアノのコンクールに向かう道中で事故に遭ったこと、「練習曲作品10第3番ホ長調」は彼女のコンクールでの課題曲であったことがわかった。
彼女の傘が奏でていたあの音色がどこから来たのか、なぜ人々の心に響いたのか。
何故この傘は異常性を得て、なぜ異常性を失ったのか。
それらを語るのは無粋というものだろう。
しかし敢えて一つ言うならば
「素晴らしい発表会だった」。そうだろう?
さあ、皆さん。盛大な拍手で、お見送りください。
余談
異常性を失った元SCP-548-JPのビニール傘は当時担当していた博士が修復したのちに大切に保管、雨の日に傘を指すときに使用している模様。思い入れによるものか、或いはまたいつか演奏をしてくれるかもしれないと思っているからかは定かではないが……。