豆腐
とうふ
概要
水に浸してやわらかくした大豆をすり潰して(豆乳)から搾り、凝固剤(にがり)を加えて固めた加工食品。すり潰した胡麻を材料とする「胡麻豆腐」(片栗粉を混ぜたものもある)、擂り潰したピーナツに片栗粉を加えた「ピーナツ豆腐」などのバリエーションもある。
そのまま賞味する(冷奴)、昆布でだしをとった湯につけて軽く煮る湯豆腐の他、味噌汁の具にしたり、更に加工したり(油揚げ、厚揚げなど)して食べる。
元は中国で生まれた加工食品だが、東アジア・東南アジア各地に伝播し各地域で独自の形態に変化していった。
日本では平安時代頃精進料理の素材として寺院で食べられるようになり、江戸時代には庶民に普及、同時に豆腐料理も発展していった。江戸時代に著された「豆腐百珍」(とうふひゃくちん)という料理書には、百種類もの豆腐料理が記載されている。
中国では、中国料理の炒めたり揚げたりする調理法に適した固く濃厚なものが多いが、日本においては日本料理の調理法に適した白く柔らかいものに変化していき、明治時代には絹ごし豆腐が生まれた。ただし、一部の地方では伝来当時の名残を残した固い豆腐もある。
日本の豆腐は基本的に品質が劣化しやすく、開封したら冷蔵しなるべく早く食べる事。ただし、密封パックした充填豆腐は長期間の保存に適している。
なお、名称に「腐」とあるが所謂“腐る”とは無関係。日本の豆腐は発酵させていない。
豆腐発祥の地・中国では「腐」はチーズなどの加工乳を指す言葉としても用いられ、“豆の汁で作ったチーズ”位のニュアンスが含まれていると思われる。なお、中国では発酵させた豆腐を調理する事も多い。
又 豆腐そのものが大豆イソブラボンが豊富なため肥満予防に最適な食材でもあり最近では白米で炊飯したご飯、パン、麺類が糖尿病起こす防止の主食として弱冠ながらも注目を浴びている
歴史
縄文時代
大豆を擂りつぶす石器と煮炊き用の土器があった。また海水を製塩土器で丸ごと煮つめて結晶塩を製造していたが、海水の成分の中にはニガリ(塩化マグネシウム)も含まれていたので、縄文時代の日本人は豆腐を作るための材料を全て持っていた。
なお、豆腐が生まれたのは古代中国で、日本よりはるか早くから作っていた。