JF-17(FC-1)開発計画前史
誉のフィッシュベッド
MiG-21は第2世代ジェット戦闘機でありながら、格闘戦ではF-4など第3世代戦闘機にも全く引けを取らない戦闘力を秘めていた。ベトナム戦争では、総合性能に優れるアメリカ機相手に様々な戦術を駆使して立ち向かい、エースパイロットさえ生み出した。他にもMiG-21は中東をはじめとして世界中で威力を示し、それまで最大速度一辺倒だったアメリカに「格闘戦重視型戦闘機」を要求させるという、画期的変革の立役者となった。
だが1980年代、ベトナムで散々煮え湯を飲まされたアメリカはF-15・F-16といった新型機を生み出し、またAIM-7「スパロー」に替わるAIM-120「AMRAAM」も新開発して対抗した。そうなっては格闘戦では強いものの、レーダー等の電子機器で劣るMiG-21には分が悪かった。
このようにMiG-21は「格下げ」されてしまったが、交替したはずの第3世代ジェット戦闘機は確かに性能は良かったものの、MiG-23もMiG-25も共に複雑・高価で、格闘戦はまるで考慮しておらず、対地攻撃任務での使い勝手も配慮に欠けていた。そこでMiG-21は能力を拡充して「多目的に使える多用途戦闘機」として返り咲いた。たとえ「型落ち」でも、安価で維持も易しい戦闘機は必要とされていたのである。
こうしてMiG-21は世界中の空軍に輸出されて大きな勢力を築き、また80~90年代にかけて本家MiGやIAIなどが近代化改造を請け負って寿命を延ばした事から、21世紀に至るも未だ現役を続けている。
J-7後継機問題
ところで80年代の中国はどうだっただろう。
中国でも初期型に準じたJ-7を生産していた。しかし本家MiG-21が旧式化したのなら、こちらも旧式化したと見るのは当然だった。J-7は本家に12年遅れる1967年から運用が始まっていたが、それからわずか10年で次世代の後継機を探さねばならなくなったのである。
当然そのまま手をこまねいている訳もなく、中国は技術的に遅れている中でも努力を重ね、何とかJ-8を開発していたものの、初飛行後は電子機器などの開発に手間取り、まだ使ってもいないのに旧式化してしまっていた。もちろん中国としては何とか世界の趨勢に遅れないように開発したかったのだが、「大躍進」に伴う混乱が後を引いて思うように事は進まず、概して上手くいってはいなかった。
そこで1980年代後半、J-7を基に西側諸国の技術を取り入れ、大幅刷新したJ-7を開発しようという「スーパー7開発計画」が持ち上がった。
「スーパー7」
そんな中国の状況を変えたのは、ベトナム戦争終結に伴う折衝の中アメリカとのパイプを得たことで、技術協力を得られれば世界最先端に追いつく目が見えてきた。しかし長くは続かなかった。1989年の天安門事件で、中国共産党の「民主化」への態度を見て取ったアメリカ(並びに同盟国)は掌を返して、今度は制裁に乗り出した。
かくして「スーパー7開発計画」は犠牲になってしまう。実際の作業が進まない内に協力者が去ってしまったのだ。しかし中国は1991年、J-7の旧式化は目に見えた問題として、スーパー7開発計画を見直し、独自設計による存続を決定。これが「Fighter China-1」開発計画である。
パキスタンの危機感
アフガニスタン紛争で、パキスタンの果たした役割は大きかった。
パキスタンはアフガニスタンで秘密工作を行うCIAの前進基地となり、秘密裡に様々な介入を行った。もちろん、タダで協力させた訳ではない。見返りにはF-16(当時は最新鋭)など、パキスタン政府には様々な恩恵がもたらされた。
80年代も後半に入るとインドではMiG-29の配備が始まり、パキスタンとしては対抗する新型戦闘機の登場が待たれていた。もちろん一番の有望株はF-16増備だったが、アメリカとの関係は核開発の影がちらつく毎に悪くなり、もう協力は望めそうになかった。しかも当時は空軍主力機の運用寿命が尽きつつあり、その更新計画(プロジェクト・セイバーⅡ)は前述の米中共同開発機(スーパー7)が目当てだったので、天安門事件以降はパキスタンの更新計画にも不都合が出てしまった。
その頃パキスタンでも時を同じくして、秘密裡に行っていた核開発がとうとう明るみに出てしまい、こちらも対米関係は悪化してしまう。召し上げになったF-16の替りに、当座は中国から新型J-7(J-7PG)を導入して戦闘機勢力を補う事にしたが、将来的には更なる新型機が必要になってくるのは明らかだった。
アメリカとは離れてしまったが、かと言ってソビエトに助けてもらう訳にはいかなかった。ソビエトはインドを支援していたからだ。という訳で、「新型戦闘機」で頼れる相手はカシミール地方絡みでの「敵の敵」中国くらいのものだった。
1995年、スーパー7開発計画で共に残された中国とパキスタンは、FC-1開発に関わる覚書を交わし、ミコヤンからの協力も得て完成を目指すことになった。資金負担は折半に決まり、両国はこうして責任をそれぞれ二分して取り組むのである。
サンダー(もしくはシャオロン)誕生へ
西安飛機ではJ-7の後継としてJ-10、そして本機JF-17(FC-1)を並行して開発しており、これはおそらく新技術に対する「冒険」「保険」の意味合いがあったものと思われる。
(今でこそ上書きされてはいるが、J-9~J-13は全てモノにならなかった過去がある)
JF-17は、クロースカップルドデルタとなったJ-10と比べて堅実な設計となっているが、それはあくまで「J-10と比べて」というお話で、これまでのJ-7とは「ちょっとした改良」どころではない位に手が入っている。
目立つ部分では主翼がクリップドデルタになり、翼端に短射程AAMのランチャーを追加。MiG-21では翼端にランチャーを追加すると、この過流が尾翼に不規則振動を及ぼしてバフェッティングを生じたというので、当然尾翼は形状・主翼との位置関係も含めて変わった。垂直尾翼などはJ-7(MiG-21)とは見る影もない別物である。
総合的にはF-16、どちらかというとF-20のような恰好になったが、ただ「切った貼った」しただけでは飛行機は飛ばないので、これは原型に囚われずに設計しなおしたと考えたがいいだろう。
パキスタンは中国製エンジンの寿命の短さを嫌ってロシア製エンジンの導入を希望したが、ロシアは敵国インドにも兵器を供給(しかも中パどちらよりも手厚く)する関係なので、西安飛機では機体を更新し続ける一方、改めて中国製エンジンの提案も行っている。現在はWS-13(ライセンス生産版RD-33)を搭載した実証機を制作し、初飛行に成功している。
JF-17(FC-1)とは
前述のとおり、元々はJ-7の能力拡充を図った開発計画であった。
しかし現状の形態からみて、おそらくFC-1開発計画以降に刷新されて、今や「全く新規に設計された別物」と見做しても差し支えないだろう。その変貌ぶりは多岐にわたっており、変わっていない場所を探すのが難しい位になっている。
J-7Eの諸元(J-7PG相当)を参考に解剖していこう。
サイズ(全長・全幅・全高)
J-7E:13.9m×8.3m×4.1m
JF-17:14.9m×9.4m×4.7m
全長・全幅で1.1倍程度拡大している。翼面積もJ-7:24.88 m2にJF-17:24.43 m2と、これはやや縮小(=翼面荷重は増大)。新たにLEXも導入されており、空力では世代の差を見せつけている。
重量関連
・空虚重量
J-7E:約5300kg
JF-17:約6400kg
・燃料搭載重量
J-7E:約1900kg(「燃料搭載量:2,385 ℓ」とあるため、大まかにケロシンの比重で計算)
JF-17:約2300kg
JF-17では空虚重量は約2割増になり(1.1の二乗は1.21なのでサイズ拡大分相応)、燃料もこの割合に準じて増えている。推力対重量比も0.95に向上した。
エンジン
J-7E:WP-13Fターボジェットエンジン(ドライ:44.1KN AB時:64.7KN)
JF-17:クリモフRD-93ターボファンエンジン(ドライ:49.4KN AB時85.3KN)
特にアフターバーナー使用時の向上が目覚ましい。
今回一番のトピックであるエンジンはMiG-29用RD-33の派生型で、ギアボックスを底部に移設したのが最大の相違点とされる。ただしRD-93はRD-33初期の欠点を引き継いで耐用期間が短めで、最新設計のRD-33MKでは4000時間に達するのにRD-93は2200時間程度といわれている。
電子機器
パキスタンでは機体は中国製でも、電子機器などはすっかり西側メーカー製に交換して使うのが通例であった。このJF-17もフランス・イタリア等から適用すべく、要求仕様のもとメーカー各社に打診した。
一例としてレーダー関連だけでも下記の通りである。
・輸出用RDYレーダーシステム:トムソン(フランス)
・パキスタン向けミラージュ3近代化改修計画からの流用:SAGEM(フランス)
・「ブルーホーク」レーダーシステム:GECマルコーニ(イギリス)
・「グリフォS7」レーダーシステム:FIAR's(イタリア)
WS-13から換装される予定だったエンジンも、クリモフ(ロシア)からMiG-29用のRD-33(正確にはギアボックスを移設したRD-93)を提供してもらえる事になった。
機体を構成する部品は揃い始めたかに見えたが、1998年にパキスタンが核実験を強行すると経済制裁が強くなり、特に電子機器は揃って「召し上げ」にされてしまった。18か月のたたら踏みの挙句、電子機器開発も中国メーカーの手に委ねられた。JF-17はJ-10用電子機器が多く流用され、開発費用を安く上げる工夫がされている。
(DCS:JF-17では、コクピット内音声には英語に加えて中国語も実装されているが、輸出専用機なのに中国語が入っている理由はコレ)
武装
固定武装はロシア製23mmガスト式2銃身機銃Gsh-23-2を1挺装備する。これは前任から引き継いだもので、奇しくも隣国のライバル機の場合と同様の関係となる。
左右翼端・主翼内外・胴体下に計7か所ハードポイントを備えており、ブロック2仕様では増槽・武装などを合計約8000lb(約3600kg)まで搭載可能。増槽は胴体下・主翼内側に計3個まで搭載できる。
翼端は短射程AAM専用で、AIM-9の他、PL-5/-9などの中国製AAMも搭載できる。将来的にはIRIS-TやA・ダーターなどへの対応も検討中。翼下パイロンに連装ランチャーを使えば中国製SD-10A中射程AAMを2発ずつ搭載可能(最大8発)。
翼下には他にもアメリカ製のMk.80系爆弾やGBU-12等のレーザー誘導爆弾、CBU-87等の集束爆弾各種、フランス製マトラ「デュランダル」対滑走路爆弾、中国製GPS/INS誘導爆弾LS-6などを搭載できる。対レーダーミサイルCM-102や対艦ミサイルC-802にも対応しており、超音速対艦ミサイルCM-400AKGも搭載可能といわれている。
実戦
初の戦果は、2017年6月20日にバロチスタン州パンジグル地方でイラン軍UAVを撃墜したものとされる。2019年2月27日には、カシミール地方上空を侵犯したインド軍MiG-21とSu-30の1機ずつを撃墜したと発表した。
ただし、この事件ではパキスタン空軍が撃墜したMiG-21の残骸が確認されているだけで、Su-30撃墜は証明されていない。またインド軍もF-16撃墜を発表したが、こちらも撃墜を証明するものは無い。
派生型
FC-1
上述のとおり、J-7後継を狙った後継機のうちの「安全牌」にあたる。
結局はより高性能なJ-10に軍配が上がり、FC-1は輸出専用機に留まった。
・J-10性能諸元(参考)
全長・全幅・全高:16.4m・9.7m・5.4m
空虚重量:9750kg
エンジン:リューリカAL-31FN(ドライ:79.4kN AB時:125kN)
推力対重量比:1.15
搭載力:15400lb(約7000kg)
JF-17
FC-1のパキスタン向け輸出・ライセンス生産機。
2018年の時点で実戦飛行隊5個、テスト部隊・教育部隊それぞれ1個が編成されている。現在も続々と増産・配備中。
試作機
6機が制作され、中でも1~3号機までの原型機、4~6号機からの試作機に大別される。
初飛行は2003年8~9月にかけて中国で行われた。初期の飛行試験は1~3号機までの原型機で行われ、これらの収集したデータを基に4~6号機を製作して完成度を高めていった。
再設計の際、レーダーなど実戦用電子機器を搭載できるよう手直しが入り、それに伴ってLEXやドーサルフィン、尾翼など安定性にまつわる部分も修正された。軽量化・構造簡易化を狙ってDSIも導入され、現在のJF-17の姿はこの時にまとまった。
ブロック1
2006年6月~12月にかけて50機製造。最終的には機体の58%までがパキスタンで生産できるようになった。PL-5EⅡ短射程AAM・SD-10A中射程AAM・対艦ミサイルC-802を運用可能。50機が引き渡されたという。
ブロック2
2013年12月から生産が始まり、2015年2月からテストの始まった第2期生産型。
空中給油受油装置実装に伴って電子機器も換装され、電子戦能力向上。上記のような多種の兵器にも対応し、機体性能も向上して搭載力が良くなった。
2016年まで生産され、工場の生産能力(年産25機)を考慮すると、生産数は50機程度と思われる。
ブロック3
2020年現在、続々と生産されている(はずの)現行型。
ヘルメット装備型照準器・タッチパネル式多目的ディスプレイ・Xバンド火器管制レーダーシステムKLJ-7等の最新式電子機器を実装し、パキスタン空軍当局者にいわく第4.5世代ジェット戦闘機にも相当するとも。発注は50機程度とみられる。
JF-17B
2017年4月初飛行。パキスタン空軍向け複座練習機仕様。
JF-17M
ミャンマー空軍向けJF-17で、MはおそらくMyanmarのM。16機発注。
2018年12月までに6機が納入されている。
梟龍、まかり通る
現在、パキスタンではF-7P/PG(136機配備)に加え、ミラージュⅢ/ミラージュ5(159機)の入れ替えにもJF-17が充てられる予定である。世界中にJF-17が広がっていくかは未だ不透明ながら、今後着実に数を増やし、一勢力を築いていくのは明らかになりつつある。
その価格はブロック2で1機2500万ドル(1ドル110円として約27億5000万円)と非常に安価で、アメリカはもちろん、ロシアより数段安くあがった。おかげで大いに注目を集める存在になったのだが、成約は必ずしも多いと言えない。これはおそらく運用基盤の有無で総合費用が増減するためで、長年にわたって中国製戦闘機を使い続けたパキスタンは、開発にも関わっていたので既存の機器などを多く流用できるように設計し、それで安価に収まったと考えられる。
この機を設計した西安飛機のヤン・ウェイ主任は、この後J-20を設計したが、そのエアインテイク等に本機の経験を生かしたと思しき形跡があった。実のところ、第5世代ジェット戦闘機にとってJF-17は足場に過ぎなかったのだろう。
それでもJF-17(FC-1)は『第4世代はボロの中古しかないし、第5世代は売ってもらえない。第4.5世代は高価な割には中途半端で、買う価値を見出せない』といった国々には魅力的な価格ではあるし、これからも売れる見込みはあると考えられる。
関連項目
J-7:本国を含む各国での主な前任機。MiG-21F-13を基にした中国製独自発展型。
J-10:共にJ-7後継を争った。高価ながら高性能で、本国での主力機。
J-20:この機の後に設計された「本気の」ステルス戦闘機。
J-31:J-20との関係はJ-10とJF-17のそれに近いが、こちらはお蔵入りに。
MiG-29:MiG-21の後継という意味では競合しやすい機種。
F-5:役割はJ-7と同様で、こちらも後継はJF-17のカバー範囲。
F-16:元をただせば、この機の追加導入を見込めなくなった事が開発の切っ掛け。
参考
Iranian drone allegedly on spying mission shot down 'deep inside' Balochistan