概要
『逆転検事2』第1話『逆転の標的』に登場。年齢58歳。
アジアの小国『西鳳民国』の大統領を務める男性。ライオンを彷彿とさせる雄々しい風貌と、還暦が迫る実年齢を感じさせない、筋骨隆々の屈強な肉体を併せ持つ。力強いリーダーシップ、天性のカリスマ性、大衆を惹き付ける演説を武器に、国民達を牽引している。12年前から大統領に就任しており、圧倒的な在任期間の長さを誇る。
前作『逆転検事』の終盤にて『西鳳民国』を長らく苦しめていた「偽札を流通させていた密輸組織」が壊滅した事を受けて、第1話で大統領専用機で来日し『ひょうたん湖』で行われた歓迎式典を通じて「密輸組織壊滅に協力した、日本の検察局への感謝の表明、日本と協力して更なる徹底した、犯罪の取り締まりを宣言する演説」を行うが、その演説中に何者かによって狙撃され、大統領専用機内に避難する。そして検事局長からの直々の指名により、検事・御剣怜侍が事件の捜査の担当者となる。
「威風堂々」並びに「質実剛健」を絵に書いた様な人物である一方、少々強引な手腕の持ち主でもあり、前述の暗殺未遂事件での対応にも本質の一端が現れている。機内で起きた殺人事件の調査をしようとした、御剣達を治外法権の名の下に捜査から追放して、あくまで自国内の警察だけで捜査を行おうとする等、直前の演説とは真逆の姿勢を見せている。御剣達に対しても威圧的な態度を取りながら、論破されると自身の負けを認めずに、彼らの主張をあえて受け入れるとする演説を始めたりと、普段の男らしく凛々しい姿とは、どこかギャップも感じられる。一条美雲からは「やたらと言い訳が長い人」と評された。
『西鳳民国』出身の国際警察の捜査官・狼士龍の実家である狼家とは深い繋がりがあり、王は士龍の父親・狼大龍(メイン画像にて大統領の背後にいる男性)とは古くからの友人関係にある。狼家は大龍の代から王大統領の護衛官を務め、王大統領から遺言状の管理を任される程、非常に深い親交を持ち、狼捜査官も王大統領を心から尊敬していた。しかし「SS-5号事件と呼称される、大統領誘拐事件」を切っ掛けに、両者の信頼関係は崩壊してしまい、今となっては王は『西鳳民国』の警察機構を一切信用しない様になっている。
彼の自国の警察への不信感は筋金入りで、自らの護衛も自国の警察関係者ではなく、民間のセキュリティに依頼している程である。その民間セキュリティの中でも内藤馬乃介、外城涯の2人を特に信頼して重用していた。そういった諸々の姿勢の変化のせいか、近年では昔に比べて支持率も低下しつつあるらしい。
ちなみに飛行機の中には然り気無く、12年前に公開された特撮映画の主役「大怪獣ボルモスの人形(初代版)」が置かれている。どうやら初代の頃からのボルモスファンらしく、何でも王にとっては思い出の品であるらしい。
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※以下ネタバレ注意。
大統領の心情
獅子の弱味
第1話で発生した、暗殺未遂事件の真相は「暗殺に屈しない強靭な大統領を演出し、自国で低下しつつある支持率回復を狙った自作自演」であった。彼の警備チームのサブリーダー・内藤馬乃介と共謀し、専属取材に応じる事を交換条件に、駆け出し記者・速水ミキコを協力者として引き入れて、偽の暗殺事件をでっち上げたのである。
警備チームのリーダー・外城涯にも大統領から協力が打診されていたが、彼は協力を断って大統領に狂言暗殺を止める様に忠告していた。しかし一連の計画を内藤が独断で利用し、大差ある護衛役としての力量や権威を理由に、嫉妬していた外城を殺害する事件に発展してしまった。実の所、王本人は公私共々、外城の才能を高く買っていた様で、チームのリーダーの座を巡っての内藤と外城の対立には心を痛めていた。内藤の事も外城程ではないにせよ、その実力は高評価していた模様。
一見すると護衛もいらない位に強そうな人物に見えるが、追い詰められる等して力が抜けてしまうと、全身の筋肉が弛んで醜い中年太りの姿になってしまう。本来の姿はライオンというより、毛の多いブルドックである。鋼鉄の如く屈強な容姿と精神も、国民へのアピール用の表向きの姿に過ぎず、実際は性格も大変な臆病者で、過剰な量の防犯ブザーや防弾チョッキといった防犯グッズを所持しており、拳銃の音にすら怯えて耳を塞いで震える有り様である。これらの実態には御剣や美雲も絶句し、ミキコですら「これは記事には書かれへんな‥‥」と難色を示していた。
事件収束後「内藤の凶行には、私にも責任の一端がある」と認め、改めて関係者一同に謝罪する。王自身はまだ暫く日本に駐在するらしく、御剣達が『西鳳民国』を訪れた際には歓迎する事を約束した。この様に一国の統治者としての是非はともかく、どこか憎めない印象を残す人物だった。
帝王の真実
最終話の第5話『大いなる逆転』にて再登場。何と『ビッグタワー』の隣にある、映画の撮影現場で遺体となって発見される。つまり王自身も「内藤と同じく、後の話の殺人事件の被害者になるという末路」を辿ったのである。そして彼もまた「本作の一連の事件の裏に深く関わる、重要人物の1人だった事」が明らかになる。王の隠し持っていた本性は、第1話の時点での豹変前後に対する印象、昔の彼とは親しかった狼捜査官が語る人物像とは、大いなるギャップを孕んでいた。
捜査中、狼捜査官は改めて「王は誘拐事件を境に、すっかり人が変わってしまった」と語っていたが、それはある意味、当然の事であった。何故なら本物の王帝君は12年前、発生した大統領暗殺事件、通称SS-5号事件で既に暗殺されており、事件以降に大統領を務めた上、作中に登場した王帝君の正体は影武者だったのだ。つまり人が変わったのではなく、文字通り別人になった訳である。影武者の本名は不明。なおメイン画像は「本物の王帝君の姿が描かれたイラスト」となっている。
本物の王帝君は、狼捜査官の語る通り「外見通りの質実剛健さ、圧倒的なカリスマ性、優れた政治的手腕を兼ね備えた、非常に立派な人物」だった。彼の在任当時『西鳳民国』は国政もまだ不安定な状態に置かれていたが、それでも祖国を纏め上げていた「正に名君と称えるに相応しい傑物」と言っても過言ではない。影武者が12年間も大統領の地位に就けたのも「全ては本物の王帝君が残した、様々な功績のお陰」に他ならない。しかし誤魔化すのにも限界が来たらしく、影武者が本物と入れ替わってから12年経った現在では、様々なボロが出る様になってしまった。それ故に前述の通り、既に国内での支持率は低迷し始めていた。所詮、影武者は影武者に過ぎない器の持ち主だった訳である。混迷する現状の打開策として、影武者とその協力者による『ひょうたん湖』を舞台とした、偽の暗殺計画は企てられたのであった。
SS-5号事件での失態を口実に狼家との関わりを絶ったのも、本物の王大統領と深い親交がある狼家と関われば、自身が影武者である事を見抜かれる危険性が高いと見て、彼らを『西鳳民国』の中枢や自分から遠ざける目的で行われた。同時に狼家から未だに強い影響を受けている、自国の警察までも自身から遠ざけた。
SS-5号事件の真相
影武者は12年前、当時の検事局長だった一柳万才、孤児院『ハッピーファミリーホーム』の院長だった美和マリーと裏で手を組み、本物の王大統領を暗殺するSS-5号事件を引き起こした。警備の目を盗んで密かに外出した本物の王大統領は、隠し子・相沢詩紋と密会すべく彼のいる孤児院を訪問した夜、影武者達からの依頼を受けた殺し屋・鳳院坊了賢に暗殺されてしまう。この時に本物と入れ替わった影武者は「自身を人質とする狂言誘拐事件」を起こして、破格の身代金と大統領の地位を手に入れたのである。本来は影武者の彼こそが暗殺計画の首謀者に当たり、万才を引き入れたのは事件後の揉み消しを行うに当たって、日本の司法側の協力者を得る為であり、マリーを引き入れたのは「本物の大統領の事件当夜の目的地が、彼女の経営する孤児院であった事」から、暗殺及び狂言誘拐の舞台の提供に協力して貰う為である。すなわち12年前のSS-5号事件は、大統領誘拐事件ではなく「大統領暗殺事件」であったのだ。
事件当時、捜査を指揮した狼捜査官の父・狼大龍は、捜査を進める内に事件の真相にまで辿り着いていたが「この頃は不安定だった『西鳳民国』の国政を鑑みて、大統領の死による国内の混乱を避ける為に、あえて真相を明かさぬまま死去した」と語られている。
本物の大統領暗殺事件の犯人3人は「不運にも事件の目撃者となった、孤児院の所属者のある少年の存在」に気付いて、影武者に彼の口封じを命じられたマリーは、少年に対する虐待紛いの尋問を強行する。過酷な尋問に耐えかねた少年は孤児院を脱走し、万才やその部下達による激しい追跡の標的とされて以降、社会での居場所を奪われた挙げ句「一生続けざるを得ない逃亡生活」へと追いやられてしまう。暗殺事件の前から、只でさえ不幸な境遇に置かれていた少年の心には「追っ手の影響下にある司法機関に頼れない中、逃げ続けなければ生きられない、以前にも増して悲惨な境遇にまで自分を追い詰めた、犯人達への強烈な復讐心」が芽生えた。それこそが本作での一連の事件を通じて、私怨を抱く相手達への復讐劇を繰り広げた、かつての少年にして黒幕の動機となっている。
「復讐鬼にして知能犯の青年に成長を果たした、現在の少年による復讐劇」は見事に成功を遂げた結果、影武者は命を失う結末を迎えた。ちなみに黒幕の少年は現在「卓越した知能や洗脳術を用いて他人を操って、間接的に殺人を代行させる事を主な犯行手段とする凶悪犯」と化している。その為に「黒幕が直接的に殺害した数少ない被害者」に影武者は加えられるに至った。
醜悪なる実態と悪事の数々
影武者が「狂言誘拐に手を染めて獲得した、莫大な身代金の使い道」は不明であるが、恐らく大統領としての地位を守る為、身代金を周囲の人間達に分配したり、万才とマリーを始めとする共犯者達への賄賂に用いた可能性が高い。この他にも彼は「長年に渡って大統領の権限も利用して生んだ、様々な利益を共犯者の万才とマリーに提供し続ける事で、2人との協力関係を維持して来た」と考えられる。
表面上は「犯罪の徹底撲滅」をスローガンに掲げていたが、実際は前述した密輸組織とも、日本における密輸ルートを作り、密輸品を密かに受け取っていた万才同様、影武者自身も内通して利益を得ていた可能性が高く、彼こそが『西鳳民国』での偽札流通を許していた張本人だったと思われる。大統領自らが協力していたのであれば、同国での偽札流通を止められなかったのも当然と言える。
更に第1話で自身が企てた狂言暗殺の件も、御剣達の前では「さも反省したかの様な発言と態度」を取っていたが、実際は裏で検事審査会の会長になった万才を動かして、全ての罪を内藤に擦り付ける事で、事件の真相を隠蔽しようと目論んでもいた。内藤自身は「俺は大統領暗殺なんて、やっていない」と留置場の中で必死に主張し続けていたが、結局はマリーによって裁判前に殺害されてしまった。
作中で描かれた悪行三昧に走った動機としては、影武者の王帝君は多くの敵を抱える本物を守る為に、常に暗殺に怯える日々を送り、いつしか己の境遇を恨み、同時に本物の王帝君への妬みから「本物さえ消えれば、自分も本物の王帝君になれる」と考える様になって行った為だと、作中では示唆されている。皮肉にも彼が暗殺計画を企てた動機は、内藤が外城の殺害を企てた動機と同じものだった。この件に関しては御剣も「キングとそれに仕えるポーンは、似るものなのかも知れない」と評していた。しかし本物を暗殺した事件当時から、実行犯を担った了賢には「幾ら話や動きの癖まで、よく似せた所で器が違う」と見切られていた。影武者と内藤は「第三者である殺し屋にも、嫉妬の対象とされた人物との才覚の差を皮肉られる点」までもが共通しており、内藤の方は虎狼死家左々右エ門から「外城との実力差」を見抜かれていた。
愚かなる影武者の最期
そして影武者自身も第5話で死亡する訳だが、彼は死亡直前にも『ビッグタワー』にて悪事を働いていた。この場にて影武者は、後述する本物の王帝君の隠し子の義母に当たる水鏡秤と密会し、その目的は「自分を影武者だとは知らずに、義理の息子の件で呼び出した水鏡から、その情報を聞き出した上で彼女を殺害する為」であった。ところが第4話での犯行計画の一環で偶々『ビッグタワー』を気球で登っていた、全事件における黒幕と遭遇してしまい、水鏡殺害を断念すると『ビッグタワー』の屋上から彼女を退避させた。この時点では影武者は「必要な情報は得られたので、いつでも水鏡母子の殺害は可能となった」と楽観視していた。最期は水鏡との密会を目撃した黒幕の口を封じようと発砲した所、気球で全身を押し潰されるという反撃に遭って殺害された。これが大統領の影武者殺害事件の真相である。彼を殺害した凶器は気球だが、これと影武者には「空気が入ればパンパンだが、抜ければブヨブヨで中身が無い」という共通点があり、彼に対しての痛烈な皮肉が効いている。
第1話の時点では「どこか憎めない印象の人物」だったが、第5話以降で事件の核心が掘り下げられるに伴い、明らかになった彼の本性とは「自らの虚栄心と権力欲の為に、他人や自国すら平然と利用して蹂躙した挙句、自己保身の為には手段を選ばず、平然と己の罪を他人に擦り付けたり、更には無関係の人間の命すら奪おうと目論む、只の卑怯で臆病な小悪党」であった。しかも自分の手を直接汚す覚悟も碌に無かったらしく、黒幕を銃撃した際にも銃を持つ手が震えていた模様で、その醜態を目の当たりにした黒幕からも「あいつは只の臆病者だ」と鼻で笑われていた。「小物であるが故に目先の欲に目が眩んだり、自己保身が関わると無闇に悪事を犯す、暴走癖の持ち主だからこそ、際限なく被害を拡大させるタイプの凶悪犯」に該当し、人間としては勿論、一国の為政者としても論外である、救い様の無い極悪人と言える。
影武者は、本作がテーマとして掲げた「印象の逆転の負の側面を担う人物」としても扱われている。彼とは似た者同士として描写される反面、内藤は「影武者の対極の存在にして、印象の逆転の正の側面を担う人物」として位置付けられている。彼が外城殺害事件を起こした動機も、スタッフ曰く「影武者に父性を感じていたのも一因」らしく、内藤の実父や影武者の本性、最終的には影武者に裏切られて、全ての罪を押し付けられて殺害された事を考えると、何とも言えない気分になる。
時空を越えた親子の絆
そもそも12年前に何故、本物の王帝君が護衛も付けずに単独で外出したかというと、実は13年前に彼は『西鳳民国』で外交官を務めていた、相沢アミとの間に密かに子供を授かっており、彼女の死後は孤児院『ハッピーファミリーホーム』で養育されていた、1歳になる我が子の顔を一目見ようと思ったのが理由であった。一人息子の存在は極秘事項とされている為、友人にして護衛官の狼大龍にすら事情を明かさず、他国の大統領という立場上、公には会いに行けないので、誰にも知られない様に1人で抜け出して、我が子がいる孤児院に出向いて会おうとしていた。だが孤児院の中から暗殺者の了賢が姿を現し、本物の王帝君は「せめて最期に一目だけでも息子に会わせてくれ」と懇願したが、了賢は容赦なく凶器を振るい、彼は無念にも命を奪われてしまう。その結果、本物の大統領が悲願としていた、息子との再会は「永遠に叶わぬ夢」と化してしまった。
その子供こそが水鏡の養子・相沢詩紋であり、彼の母親のアミは水鏡の従姉妹に当たる。水鏡は姉妹同然に仲の良かった従姉妹の死後、彼女の忘れ形見となった詩紋を引き取って養母となり、現在も養育する立場にある。大統領の専用機内に置かれていた「初代ボルモス人形」は本物の王帝君の遺品であり、録音機能を内蔵した人形にはアミの肉声が残されていた。これを影武者は「本物の大統領の息子に繋がる手掛かり」として隠し持っていたのである。本物の王帝君は隠し子だったとは言え、息子の詩紋への愛情は非常に深いもので、最期には殺し屋相手に「息子に会わせて欲しい」と懇願したり、孤児院訪問の際には「親子の絆」を花言葉とするシシユリの花を贈るつもりだった。狼家に預けていた遺言状には「相沢詩紋を自分の息子として認める」という旨の内容を書き残していた。
全ての元凶となった影武者、万才、マリーの3人が何よりも恐れていたのは「本物の王帝君の遺言状と、彼の息子である詩紋の存在」に他ならない。この2つが揃えば「詩紋とのDNA鑑定等を通じて、あっと言う間に現在の王帝君は影武者である事実、SS-5号事件の真相が同時に明るみに出る事態」へと陥ってしまう。この危機を回避すべく影武者は、何も知らずに詩紋の事を明かした水鏡と接触して、彼女と詩紋を纏めて抹殺しようと画策していた。
本物の王帝君の「息子と会うという夢」は叶わなかったが、彼と詩紋の親子の絆は、王が暗殺された日に携えていたシシユリの花によって、12年後の世界である現在へと繋がっていた。そして最終的には、この花が皮肉にも「親子の絆を軽視していた、黒幕の犯行を立証する最後の手掛かり」となった。