※注意
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概要
「決着」とは漫画『呪術廻戦』第268話のサブタイトル。
予想外の援護により隙ができた宿儺に、虎杖は必中化した「解」を発動し、渾身の逕庭拳と黒閃を決める。
宿儺の最期を描いたシリアスな前半と、久々に一年ズが全員集合し五条悟が生前彼らに宛てた手紙を開封するほのぼのとした日常を描いた後半というジェットコースターのような緩急の激しいエピソードである。
この回で五条が手紙越しだが、伏黒の父・伏黒甚爾を殺害した告白と、釘崎の母親の行方が言及されている。
あらすじ
虎杖の気持ちを聞いて、生きる意思が蘇った伏黒に呪いの王・両面宿儺は詰め寄る。
宿儺「どのツラ下げて 生きていくつもりだ」
宿儺に肉体を奪われ、幸せになってほしいと願った姉を自身の術式で殺し、一度差し出された虎杖の手を拒んだ。
その虎杖は、本来は問答無用で死刑だったのに、私情で助けたせいで渋谷で大勢の人間が死ぬ事になった。
それを間接的に引き起こした元凶が、真っ当に生きていける訳がない。
諦めて俺に任せて大人しくしていろと、宿儺は伏黒に告げる。
しかし、
伏黒「なんでそんなに必死なんだ?」
どうやら呪物には成り方が決まっている。
具体的な詳細は不明だが、ちゃんと手順を踏まないと自身の魂を封じた呪物を作れないのなら、確かに虎杖の攻撃で雑に剥がされたこの宿儺は呪物に戻れず死ぬだろう。
だが、現在の宿儺は、ほぼ全ての力を取り戻した状態とは言え、まだ彼には指が1本残されている。たとえ今ここで伏黒から剥がされて死のうとも、その指を(呪物の猛毒に耐えられる)誰かが取り込めば宿儺はまた復活できる。
なのに、今回の宿儺はなぜか伏黒の意思を削ごうと必死に感じられる。
それは“共振”が関係している。
宿儺の指全20本は宿儺本人の魂を共有、または呪力で繋がっているからか、互いに影響を及ぼし合う。事実、八十八橋の特級呪霊が引き起こした事件は、虎杖に取り込まれた宿儺が受肉した影響で発生したものだった。
つまり、無理矢理に剥がされた事で19本もの指が消えれば、“共振”により最後の1本も魂を繋いでおけなくなり、宿儺は本当の意味で死を迎えてしまう。
宿儺の行動から、そう考察した伏黒は「安心したよ。アンタでも死ぬのは怖いんだな」と解釈した。
伏黒「始めから 真っ当に生きてきたつもりなんてねぇよ」
「………当たり前のことだけど 世の中には自分より他人の方が多い」
「もう一度 誰かのために生きてみようと思う」
そう伏黒が生きる意思を宿儺に伝えた瞬間、領域の結界が崩れ、宿儺は伏黒の肉体から引き離された。
もはや人間の形を保てない宿儺は肉塊と化しながらも、離されてしまった伏黒に必死に手を伸ばすが肉体が崩壊し届かず、彼と共に建物の屋根に倒れる。
すぐに呪霊の消失反応のような現象が起き、徐々に体が消えていく宿儺に、虎杖は再び領域内で提案した選択肢を問いかける。
このまま消えて死ぬか、それとも虎杖の裡で共に生きるか。
虎杖「宿儺…… オマエは俺だ」
かつて渋谷で真人に告げた時と同じように、虎杖は宿儺に語りかける。
今でこそ価値観も在り方も異なるが、虎杖も宿儺も呪いを背負ってこの世に生まれた。一人の人間が持つには、あまりにも大きすぎる力と共に。
虎杖には、呪いではなく人として育ててくれた存在がいた。
しかし、宿儺の傍には誰もいなかった。
虎杖「宿儺……もう一度やってみよう 誰かを呪うんじゃなくて 誰かと生きるために」
「誰にも受け入れられなくても 俺だけはオマエと生きていける」
両者の違いは、ただの運。
虎杖も祖父のような人間に恵まれなかったら、もしかしたら宿儺のような化け物になっていたかもしれない。
そう思ったからか、虎杖は宿儺に手を伸ばす。
だが。
宿儺「………… ここまで愚行を演じきったことは褒めてやる」
「虎杖悠仁……!!」
「ナメるなよ 俺は “呪い”だぞ………!!」
両面宿儺は、最期まで呪いとして在り続ける。
これまで散々馬鹿にし、見下してきた虎杖を最期は小僧ではなく名前で呼んだ事で一応は認めつつも、虎杖の憐れみの救済を振り払った。
どこまで行っても人と呪いが分かり合う事はなく、自身の手の中で消えていく宿儺を、虎杖は苦々しい表情で見送った。
呪いの王・両面宿儺
祓呪完了
余談
- 宿儺でも死ぬのは怖いというのはあくまで伏黒の解釈であり、宿儺が呪物になってまで現代に渡った理由や伏黒に執着している理由は明かされてはいない。
- 伏黒の考察通りなら、少年院や渋谷で虎杖が死にかけた時は、まだ虎杖が取り込んだ指の数より、各地に散らばった指の数の方が多かったために今後復活する余地が残っており、“共振”で共倒れする心配もなかった。だから虎杖の心臓を引き抜いても、虎杖が脹相に息の根を止めかけられても、宿儺的にはどうでもよかったのだろう。
- 生徒を導き育てた五条や孤独を憂いた鹿紫雲、いずれまた新たな呪霊として蘇る同類思いの漏瑚達と違い、他者を求めない宿儺だからこそ「自分という存在は死ねばそこで終わり」と強く感じており、さらには母の胎内で飢え死にしかけて片割れを喰ったという出生を持つ故に、宿儺は無意識にも他の者より死を忌避していた可能性があるが、宿儺が死を恐れたというのは伏黒の解釈のため、死を忌避していたというよりも伏黒自身を気に入り、共にいたいという感情から必死になっていた可能性がある。現に少年院での戦いが終わった後に宿儺の領域内で虎杖に「結局、テメェも死ぬのが怖いだけだろ?」と言われた際に、宿儺は伏黒の顔を思い浮かべていたため、宿儺が恐れたのは死ではなく伏黒と離れる事なのが物語の序盤から既に描かれていたのかもしれない。伏黒のポテンシャルに気付かずに虎杖の中にいた頃は生に執着がなかった宿儺が、考えを改めて死を恐れ始めたのだとしたら、それは伏黒恵という存在と出会ったからなのだろう。そうだとしたら、裏梅の「負けたとしたらそれは宿儺が受肉体だったからだ」と言う見解も的を得ている。また、鹿紫雲に呪物になってまで生きながらえている理由を聞かれた際に「理解して尚、愛などくだらん」と答えた宿儺だったが、彼の伏黒恵への感情は明確には描かれていないものの、もし愛なのだとしたら、伏黒恵に執着した結果負けたという事になり、愛などくだらないと吐き捨てた宿儺にとって皮肉的な結末である。
- 万の問いの答え(自分が負けたら全てやる)に関しては、「自分が負ける事など、決してあり得ないという絶対的自信」と、上記に記載したとおり「宿儺にとって敗北は死も同然のため、死体の自分などどうでもいい」というテキトーな気持ちで言ったのだろう。