作品解説
『アクロイド殺し』(アクロイドごろし、原題:The Murder of Roger Ackroyd)は、アガサ・クリスティが1926年に発表した長編推理小説である。
話の結末があまりにも衝撃的だったため、現在でもファンなどが論争している。
あらすじ
事件の発端
キングズ・アボット村のフェラーズ夫人が亡くなった。夫人は未亡人だが大変裕福で、村のもう一人の富豪ロジャー・アクロイドとの再婚も噂されていた。検死をおこなった「わたし」(ジェイムズ・シェパード医師)は睡眠薬の過剰摂取と判断したが、噂好きな姉キャロラインは早速あれこれと聞き出した上、夫人の死は自殺だと主張する。外出した「わたし」は、行き会ったロジャーから、相談したいことがあると言って夕食に誘われた。
夕方、屋敷を訪ねた「わたし」はロジャーから悩みを打ち明けられた。再婚を考えていたフェラーズ夫人から、「一年前に夫を毒殺した」ことを告白されたというのである。しかも、夫人はそのことで何者かから恐喝を受け続けていたという。そこにフェラーズ夫人からの手紙が届き、ロジャーが読み始めたところ、それは恐喝者の名前を告げようとする手紙だった。ロジャーは後で一人で読むと言って「わたし」に帰宅を促す。その夜ロジャーは刺殺され、フェラーズ夫人の手紙は消えた。
事件の捜査とその後の経緯
ロジャーの遺産を受け継ぐラルフが行方不明となっており、警察は彼を有力な容疑者とする。ロジャーの姪フローラは、探偵を引退して村に引っ越してきていたエルキュール・ポアロに助けを求めた。「わたし」は隣家の奇妙な外国人が探偵であることを知る。ポアロは依頼を引き受け、「わたし」を助手役に捜査を開始した。
ラルフの他に、事件当日、村で目撃された不審な男がいることが分かり、容疑者となる。「わたし」の家に来たポアロに、この事件についての書きかけの手記を読ませたところ、ポアロはその手記に感心する。執事のジョン・パーカーは以前の主人を恐喝した前科のある男だったが、殺人については否定する。事件当日に目撃された不審な男は、家政婦のエリザベス・ラッセルの息子だった。その息子が屋敷を訪れた時間は、ロジャーの死亡推定時刻とは食い違っている。フローラは、事件当日おじのロジャーの部屋から現金を盗み、それを隠すためにうそをついていたと告白する。そのため、ロジャーの死亡推定時刻が当初思われていたよりも早まる。
登場人物
私立探偵。引退し、からまつ荘でカボチャ(正確にはペポカボチャの一種で外見が冬瓜に似る)作りにいそしむ。
ロジャー・アクロイド
大富豪の地主。私生活では大変な倹約家である。
ラルフ・ペイトン
ロジャーの義子。皆に好かれているが、義父と異なり、金銭にだらしがない。
セシル・アクロイド夫人
ロジャーの義妹。夫(ロジャーの弟)と死別し、娘とともにロジャーのもとで暮らしている。
フローラ・アクロイド
セシルの娘。若く美しい女性である。ロジャーの希望によって、1か月前にラルフと婚約した。
ジェフリー・レイモンド
ロジャーの秘書。明るく、快活な青年。
ジョン・パーカー
ロジャーの執事。事件後、警察の捜査にひどく動揺する。
エリザベス・ラッセル
アクロイド家の家政婦。一時期、ロジャーの再婚相手と噂されていた。
アーシュラ・ボーン
アクロイド家の小間使い。仕事振りは優秀だが、事件当日に暇を願い出ていた。
ヘクター・ブラント少佐
ロジャーの旧友。有名な狩猟家である。人付き合いは苦手で、寡黙。
フェラーズ夫人
キングズ・バドック荘の未亡人。1年前に、大酒飲みの夫を亡くしている。
ジェイムズ・シェパード
医師で、ロジャーの友人。本作品の語り手。
キャロライン・シェパード
ジェイムズの姉。噂好きな村人の中でも、特に情報収集に長けている。
ガネット
噂好きな老女。キャロラインとも仲がいい。
チャールズ・ケント
事件当日、屋敷を訪ねてきた正体不明の男。アメリカ訛りがある。
ハモンド
弁護士。ロジャーの遺言書を預かっていた。
ラグラン
警部。ポアロの手腕をあまり信用していない。
メルローズ
大佐で州警察本部長。ポアロの手腕や功績については認めている。
テレビドラマ版
「アクロイド殺人事件」2000年
犯罪人の手記をポワロが読み上げるという体裁でストーリーが進行し、原作の叙述トリックは活かされていない。ポワロの助手をシェパード医師ではなくジャップ警部が務め、キャロラインが「妹」に変更されている。アクロイドは原作より年長であり、化学工場の経営者となっている。
原作の登場人物のうち、アクロイド家の家政婦のミス・ラッセルと、同客人のブラント少佐がカットされたが、後者は一部ジェフリー・レイモンドがその代わりを務めている。第二の殺人がおこなわれるのはドラマオリジナルである。
また結末も小説とは異なる。
黒井戸殺し
2018年にフジテレビで放送された「アクロイド殺し」のオマージュ作。脚本は三谷幸喜。
「オリエント急行の殺人」に続く勝呂武尊(すぐろたける)シリーズの第二作。第一次世界大戦後の日本の昭和初期を舞台にしている。
関連タグ
アクトロイド - 株式会社ココロが開発した人型ロボットだが名称が似ているだけで特に関連性はない。
ここから先は重要なネタバレがあります。
事件の真相
ポアロは関係者を一堂に集める。ポアロは「わたし」がラルフを精神病院に匿っていたことを皆に告げ、「シェパード医師の記録には書いていないこともある」と指摘する。ラルフは小間使いのアーシュラと密かに結婚していた。それを知って激怒したロジャーが殺されたため、疑われることを恐れたラルフは、「わたし」の勧めで身を隠していたのだ。ポアロは「明日になれば真相を警察に話します」と宣言する。
その後、ポアロは「わたし」と二人きりになり、真相を話す。ロジャーは、亡くなった日に録音機に声を録音していた。犯人がその声を再生したため、その声を聞いてロジャーが生きて話していると思ったパーカーの証言から死亡推定時刻が遅れることになったのだ。「ロジャーの死亡推定時刻にそばにいて、録音機を持ち運びできるかばんを持っていた人物が犯人で、それはシェパード医師である」とポアロは話す。
結末
ポアロは、フェラーズ夫人への恐喝の露見を恐れてロジャーを殺した「わたし」の動機を説明し、「あなたのお姉さんのためにも真相を隠しておきたいが、逃げ道が一つだけある」と言う。家に帰った「わたし」は、「これから睡眠薬を飲むことにする」と書いて手記を終える。
トリックについての解説
『アクロイド殺し』は、ポアロの隣人であるシェパード医師により書かれた手記という形をとるが、実はこのキャラクターが犯人であったため、「語り手が犯人である」という叙述トリック(嘘は書いていない)が読者に対してフェアかどうかの論争を引き起こすことになった。現在でも推理小説史上に残る名著として、クリスティの代表作の一つに挙げられている。