概要
1989年から2013年にかけてLondon Weekend Television(LWT)が制作したミステリードラマシリーズ。アガサ・クリスティの小説を原作とし、主人公の探偵エルキュール・ポワロを名優デビッド・スーシェが演じた。
スーシェは原作を徹底的に研究し、声色まで変えて原作そのもののポワロを再現した。その甲斐あってこのポワロ役は当たり役となり、スーシェ演じるポワロはしばしば「原作に最も近いポワロ」と評されるまでになっている。
また、ハリー・ポッターシリーズのマダム・フーチ役でおなじみのゾーイ・ワナメイカーが推理小説作家のアリアドニ・オリヴァ夫人を演じるなど、演技力のある実力派役者が多く出演し、作品に華を添えている。
映像化は原作にほぼ忠実な形で行われ(『謎の遺言書』等、ドラマオリジナルの改変が行われたものも一部あるが、これらの作品は原作の内容からしてわかりづらいというのもあってのこと)、戯曲や内容が似通ったものなどを除いたシリーズ全作品を無事完走。
初回放送から20年以上をかけての映像化であり、制作体制の変遷や役者の高齢化などの問題を乗り越えて達成された、TVドラマ史に残る偉業となった。
なお、最終話は原作の最終作でもある『カーテン』であるが、ポワロを演じたスーシェが「ポワロの25年間を明るく終えたい」と希望したため、最後の撮影自体は2話前の『死者のあやまち』となった。
長いシリーズ中には作風の変化も見られる。第8シリーズ(2001年)までは、ヘイスティングス、ミス・レモンが事実上の準レギュラーとして頻繁に登場し、全体的にユーモアも交えた明るめの雰囲気だった。なお、第5シリーズまでは短編が中心であったが、第6シリーズ以降は長編がメインとなっていく。
第9シリーズ(2003年)以降は作風が大きく変化する。
ヘイスティングスたちに代わってオリヴァ夫人や執事のジョージ等が准レギュラーとなったほか、セクシャルな描写が増え、ポアロの人生が晩年期に差し掛かることを表すように、物語の展開もシリアス気味となる。
- 物語の展開が原作よりも暗めに改変されることもしばしばで、明るくユーモアに富んだ初期とのギャップから、ファンの間で賛否両論を呼んだ。
日本では
NHK地上波・衛星放送で放送され、さらにデアゴスティーニから新たな吹き替えでDVD版が販売された。
このうち、NHK版では、ポワロの声は熊倉一雄が初回から最終回に至るまで演じきっている。このため日本では「ポワロの声」と言えば熊倉の気取った甲高い発声を連想する人が多いと言われる。
熊倉以外にも吹き替え版では実力派の声優が多数出演している。
細密な時代考証と質の高いシナリオに役者の名演技が相まって、ポワロのイメージを世界的に決定づけたシリーズである。pixivでも、ポワロのファンアートが描かれる際にはスーシェをモデルにイラストが描かれることが多い。
余談
- ポワロと言えば小太りの優しそうな紳士というイメージがあるが、実は演じたスーシェは当時はスリムな体形で、素顔もどちらかというと悪役が似合いそうな迫力のある顔立ちであった。撮影にあたっては、ポワロの小太りの体形はスーツに詰め物をすることで、ふっくらとした頬は特殊メイクで作られていた。
- なお、2021年現在のスーシェは、自身の加齢の影響もあり、「カーテン」当時からも容姿が更に変わっているため、ポアロを演じていた時期の面影はあまり残っていない。
- エルキュール・ポワロはシャーロック・ホームズと並んでイギリスの国民的ヒーローであるため、演じる役者にかかるプレッシャーは想像を絶するものがある。スーシェもポワロ役を自分のライフワークと位置づけ、それまで英語読みの「デヴィッド・サシェット」だった本名を、フランス語読みの「デビッド・スーシェ」に改めて役に挑んだ。
登場人物
吹き替え版における配役は、NHK版/デアゴスティーニ版で記載。
演:サー・デビッド・スーシェ(サーは2020年授爵のナイト爵による称号) 吹替:熊倉一雄/大塚智則
「世界で最も有名な探偵」を自称する、ベルギー生まれの名探偵。元警察官で、最終的に警察署長まで上り詰めた程の実力者である。
第一次世界大戦の勃発によってイギリスに亡命し、現在はロンドンに事務所を構えている。
「秩序と方法」をモットーとし、関係者の行動と性格の整理から、物証を合わせて犯人に迫っていくスタイルを取る。
お洒落で女性には紳士的に接する。髭の手入れは欠かさない。また料理好きという意外な一面を持つ。大の甘党であり、度々ホットチョコレートをすすっている。
一方、太ったことを認めずスーツのサイズが合わなくなったことをクリーニング屋のせいにしたり、彼を便利屋のように扱った依頼人からの小切手を自分への戒めと称して壁に張ったり、新聞などのマスコミの評判をやたら気にしたりと、良く言えば誇り高く、悪く言えば強情っ張りなところがある。
フランス語話者である(祖国ベルギーの公用語の一つ)ために、他人にフランス人と間違われると、露骨に機嫌を損ねることも多い愛国者でもある。亡命を余儀なくされた経緯からか、国としてのドイツを強く嫌っている。一方で何故か日本についての知識もあるところも見せている。常に紳士としてのふるまいを忘れないが、結構な毒舌家でもあり、相棒のヘイスティングスもしばしば酷い目にあわされている。
晩年期には第二次世界大戦が影を落とし、古くからの友人たちが彼の身近から姿を消す。さらに彼自身の加齢もあってか、キャリア最盛期とは打って変わって、善悪の境界線上で苦悩する姿を多く見せるようになる。そして人生最後の決断は、彼らしくないほど衝撃的なものだった。
★原作との違い
原作のポアロが「キザったらしく厭味な威張り屋」であるのに対し、ドラマ版は「洗練された物腰の、エスプリに富む紳士」へとアレンジされ、高潔な正義の人という部分は変わらないものの、全体にかなりマイルドな味付けとなっている。
- これはテレビドラマという性格上、万人受けするようなキャラクターが求められたためで、グラナダTV製作の『シャーロック・ホームズの冒険』でも見られる手法である。
一例では、原作だと都会育ちの田舎嫌いで、知人の紹介で購入した地方の別荘や地元の住人達に(心中で)悪態をついていたほどだが、ドラマ版では彼らや住み込みの使用人の親切に対して感謝の言葉を述べるように変更されている(『ホロー荘の殺人』)。
突然大金を手に入れたのはいいが、どう振る舞って良いかわからないという元コンパニオンに対して、「ポワロおじさんが色々教えてあげましょう」と保護者を買って出るなど、女性に優しい面も強調されている(『青列車の秘密』)。
演出面でも愛嬌ある部分が強調され、ジャップ警部の家で差し出されたイギリス料理をあからさまに嫌がったり(『ヒッコリー・ロードの殺人』)、レストランでの食後に倒れた原因を「肥満」と診断されると「セカンド・オピニオンを要請します!ポアロは肥満でありません!」(『白昼の悪魔』)と怒鳴り出したりといった場面もあった(本当は食中毒が原因で、結果的にではあるが彼の発言は当たっていた)。
一方、シリアスでアダルトな作風となった後期では、自身の失態によって防げなかった強盗殺人事件を悔やんだり(『ヘラクレスの難業』)、正義と罪の均衡を最後の最後まで受け入れられずに、無念のまま犯行を見逃したり(『オリエント急行殺人事件』)と、清廉潔白であろうとするが故の、孤高の苦悩が描かれる。その苦悩は最終話『カーテン』での、誰もが予想だにしなかった衝撃的な結末へと繋がってゆく。
ポワロの友人で、本作におけるワトソン役。
車とスポーツと写真を愛するお人よしの退役軍人。ポワロとは第一次世界大戦前にベルギーで出会い、その後、西部戦線で負傷し、後送された時、戦火を逃れ、イギリスに亡命してきた彼と再会。大戦終結とともに除隊。ポワロの良き助手・友人としてさまざまな事件に関わっていく。戦前は保険会社の外交員であり、イートン校卒という学歴も持つなど、それなりに裕福な家庭で育ってきた。
元軍人らしい熱血漢で、美女に弱く、やや惚れっぽい性格。少しお人よしが過ぎたり、センスのない所があるが、そうした欠点をポワロが強くは指摘できないほぼ唯一の人物。
一方でポワロから面倒事を押し付けられたり、愛車を犯人に奪われた挙句、滅茶苦茶に壊されたり、買い替えた車も廃車にされるなど、散々な目に遭う。また、車やスポーツ等の自分の好きなことについて話し出すと止まらないという、現代でいうオタク気質な部分も見せるなど、愛嬌あるムードメーカー、いじられキャラである。
ポワロが一時行方不明となった際には、実は無事生きていたことを彼一人が知らされず、方々を駆けずり回る羽目になったりと、損な役回りをあてがわれることもしばしばであった。
『ゴルフ場殺人事件』の際に、ベラ・デュヴィーンという女性と相思相愛の仲になり、その後にめでたく結婚する。
シリーズ後半になるとオリヴァ夫人や執事のジョージに出番を譲り、物語には登場しなくなった。だが、『ビッグ・フォー』でミス・レモンやジャップと共に久々に登場、最終話の『カーテン』でも娘のジュディスと共に久々に登場し、ポワロの最期を看取ることになる。なお、妻のベラは第二次世界大戦の最中に病没したことが示唆されている。
「カーテン」で再登場した際は、妻との死別が原因で、精神的にかなり老け込んだ様子が描かれた。
ポアロの最期を看取った後には、娘に(ポアロを)父親のように思っていた……と吐露し、喪失感に打ちひしがれていた。
●ミス・レモン
年齢は『あなたの庭はどんな庭?』の時点で、48歳とされている。
様々な事件記録やデータをファイリングしており、現地調査もこなす。いつか完璧なファイリングシステムを作るのが夢だが、今のところ彼女のファイリングシステムは他の人には使いこなせない。第一次世界大戦中は病院の死体置き場で働いており、その為か死体は見慣れているらしい。
実は流行に敏感である。特徴的なカールさせた前髪も、当時流行のヘアスタイルだったとか。
親族としては姉が一人いて、『ヒッコリーロードの殺人』はこの姉に関わる些細な出来事から、ポアロが事件解決に乗り出すという展開になっている。
原作では機械的で冷徹な雰囲気の女性として描かれていたが、本作では感情豊かでお洒落な雰囲気のレディとして描かれている。ある意味、原作とは一番設定の異なるレギュラーキャラである。
第9シリーズ以降は『ビッグ・フォー』を除いて登場しない(理由は語られていないが、定年退職したか、もしくは戦争の勃発に伴って退職し、田舎へ疎開したと思われる)。
●ジェームズ・ハロルド・ジャップ
スコットランドヤード(ロンドン警視庁)の刑事。階級は警部→警視監(再登場時)。ポワロとは若き日から懇意にしている。なお、長年連れ添った妻がいるが、明確に登場はしていない。組織の事情で、その動きはやや鈍いものの有能な警察官で、『チョコレートの箱』では何度もベルギーがらみの事件を解決した貢献に対し、同国の最高の名誉とされる「黄金の枝」受賞者に選出されている。
それなりの地位にいる警察関係者にしては、砕けた言葉遣いをする。
原作でもこの調子で、ポアロに対しても、まるで常に友人に語りかけるような口振りである。これは定年間近、警視監に昇進しても変化はなかった。ヘイスティングス大尉も、再登場時にはポワロやジャップへの接し方は往時とは変わっていたため、キャラクターが最後まで一貫していた数少ない人物。
ドラマ版の『戦勝舞踏会事件』では、ラジオ番組に出演したポアロの英語発音が悪かったことで、ラジオリスナーから苦情が殺到している事を責任転嫁されているほど、ブロークン。
彼も第9シリーズ以降は登場しなくなったが、『ビッグ・フォー』で再登場し、ポワロと久々にタッグを組んで事件の解決に当たった。
原作同様、ポアロとはさながら、もじゃもじゃ頭の名探偵と蜜月の警部のような関係であったといえよう。
その証拠に、アクロイド殺しでは、引退したら急に老け込んでしまったポワロのことを、「引退すべきじゃなかったんですよ」と気遣っているほどである。
●ベラ・デュヴィーン
演:ジャシンタ・マルケイ 吹替:小山茉美
『ゴルフ場殺人事件』で登場。
フランスのとあるゴルフ場で凶行が行われた直後の殺人事件の現場にいたことや、事件に使われたのと同じ型のナイフを所持していたことから、容疑者として疑われるも、ポワロの捜査により無罪であることが判明、釈放される。
事件解決後アーサーと恋に落ちて結婚する。以降は直接登場はしないものの、その後もアーサーの会話の中で度々彼女のことが語られている。
結婚後は夫が判明しているだけで数回も事業に失敗してしまったこともあってか、関係が多少なりともぎくしゃくしたものになっていたらしい(それでも、馴れ初めの経緯故か、夫を完全に見限るようなことはなかった模様)。
『カーテン』の時点では既に病没した(大戦中に病を患ってしまったらしい)ようで、故人となっていたが、結婚直後の頃、アーサーとの間に1人娘のジュディスをもうけていた。なお、原作ではアーサーと結婚するのは彼女の妹の方であり、その点で原作とは展開が異なっている。
●アリアドニ・オリヴァ
演:ゾーイ・ワナメイカー 吹替:藤波京子→山本陽子/北林早苗)
物語後半から登場する女性推理小説作家。未亡人であり、オリヴァ夫人と称される。
フィンランド人探偵の“スヴェンシリーズ”で有名だが、彼女自身は続けるつもりがなかったため、フィンランド人やベジタリアンといったスヴェンの奇抜な設定を持て余し、書き続けなければならないことをしばしばポワロに愚痴っている。
人の話を聞かず、自分で勝手に語り出しては、話を理解出来ていない相手に意見を聞くような、小説家らしい気ままな性格。
リンゴが好物で、食べた後はどこかに放り投げる悪癖がある。但し、ハロウィン・パーティー後は、ある理由のために苦手な食べ物となった。
事件には「作品の参考にする」という名目でしばしば首を突っ込むが、無意識にポワロに重要なヒントを与える一方で事件を引っ掻き回すなどしてポワロをやきもきさせている。ポワロの晩年期における最大の友人の一人。
その強烈な個性と存在感で、ドラマオリジナルのキャラクターと勘違いされがちだが、歴とした原作から登場しているキャラクターである。
登場作品も、『開いたトランプ』、『マギンティ夫人は死んだ』、『死者のあやまち』、『ハロウィン・パーティー』、『第三の女』、『象は忘れない』と、ヘイスティングズやジャップに次ぐ多さ。
モデルは本作の原作者であるアガサ・クリスティ。スヴェンシリーズについての愚痴には、クリスティ自身が盛り過ぎたポワロのキャラクター設定を持て余し、シリーズを半ばうんざりしながら続けていた、という逸話へのオマージュ(というより、作者本人の一種の自虐ネタのようなもの)がうかがえる。
基本的に落ち着いた言動を取る人物だが、それはある程度の展開に対して、予めどう行動するかを常に準備しているからである。よって、予定外の出来事が起こると、とっさの対応が出来ない。例えば、ファンである婦人に突然話し掛けられたら、あやふやな受け答えしか出来ないだろうと、彼女自身も認めており、同時にそれが自身の弱点である事も自覚している。
ちなみに、この設定は原作者のアガサ・クリスティも、内気で人見知りな一面があったのを反映しているとのこと。
●ジョージ
演:デイビット・イェランド 吹替:堀部隆一→坂本大地/真田雅隆
物語後半から登場するポワロの執事(正確には従者)。
実直な人柄で、ポワロに忠実に仕える人物。ポワロの身の回りの世話をする他、ポワロの命で事件の調査をしたり、事件調査をするポワロに意見を求められたりしている。料理の腕は一流で、その腕前は食事にうるさいポワロも絶賛している。
最終話の『カーテン』では、病気の父の看病をするためにポワロの元を離れていた…が、それはポワロの方便で、実際はポワロから(ある理由で)一方的に暇を出されていた。しかし、実際は晩年期のパートナーも同然の関係であったため、内心では粗雑に扱わないように注意を払われるなど、大切にされていた。