概要
阿波国美馬郡脇町の猪尻村(現在の徳島県美馬市)の伝承に伝わる化け狸。
その昔、猪尻村の樽井という所があり、その辺り一帯は寂しい墓地だったが、そこには一本の大榎が生えており、その根元は狸の巣となっていた。
ある時、村に住む兵八という豪胆者が狸の正体を見届けてやろうと、手斧1つ腰につけて出かけて行き、今まで誰も近づく事のなかった大榎の上へと昇り夜が更けるのを待っていた。
程なくして化け物が出るかという子の刻(真夜中の12時)頃、自分の家から提灯が1つ近づいて来た。よくよく見れば、それは兵八の隣に住む隣人で、母親が重病で危ないからすぐに帰ってこいという。
兵八は大変驚いたが、ここが辛抱だと思って、口実を考えどんな口説きにも応じる事はなかった。
その人はすごすごと帰って行ったが、暫くすると提灯が今度は2つ見えたかと思うと、それがまた木の下に来て、母親がとうとう亡くなったのですぐに戻れという。それでも兵八は頑なに戻らないでいると、間もなく村のあちこちから提灯が出てきて、それが皆自分の家に集まって行くのを見て、さては本当に亡くなったのかと、少なからず心細くなった。
しかし、なおも気を励まして我慢し様子を窺っていると、間もなく葬式が出て、提灯の行列は木の下の墓地まで来ると、穴に棺桶を埋めると一同は帰っていた。
兵八は、もし本当に母親が死んだのならどうしたものだろうと、心配して棺桶を埋めた所を見ていると、なんと地面が盛り上がったかと思うと、母親の幽霊がヌッと出てきて「この親不孝者め、取り殺してやる‼」といって、兵八めがけて襲い掛かって来た。
兵八は咄嗟に隠し持っていた手斧を振り上げて幽霊の脳天へと叩きつけた。幽霊は絶叫と共に地面へと落ちて消え去って行った。兵八はホッと安どするのもつかの間、母親が本当に亡くなったのかと悲しみに暮れながら夜が明けるのを待つことにした。
そして鶏が鳴き朝日がやって来きて、下に降りてみるとそこには数百年の年月を得た古狸の死体が転がっており、先ほどの出来事も皆、この古狸に仕業であったことが発覚した。
その兵八の豪胆さに、様子を見にやって来た村人たちは、たいそう関心したという。