概要
経歴
桓武天皇朝に皇太子早良親王に仕える、後に文章生となる、その後大学少允や遣唐判官・近江権掾を歴任、延暦23年(804年)に遣唐使として唐に渡り、翌年の延暦24年(805年)に帰国、後に大学頭や文章博士となる、右京大夫や弾正大弼・左京大夫を歴任して従三位に進む。
人物
凌雲集や文華秀麗集の編纂者の一人である、嵯峨天皇朝に貴族の衣服を唐風に改めた人物である。
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