概要
S1型蒸気機関車は、ペンシルバニア鉄道が1939年に製造・運用した、車軸配置6-4-4-6の旅客用テンダー機関車である。高額なデザイン料で知られるフランスの工業デザイナー、レイモンド・ローウィによる近未来的な流線形カバー、後述する特徴的な足回りで知られている。
炭水車を含めた機関車全長は42.74mで、bigboyをも超える世界最大の蒸気機関車である。
ペンシルバニア鉄道の自社工場であるアルトゥーナワークスで製造された。
製造目的には同年に行われたニューヨーク国際博覧会の展示品としての目的もあり、実際に同博覧会に出品展示されている。
構造
足回り
この機関車の構造を語る上で、なんといっても欠かせないのが、その足回りである。ひとつのボイラーに対して二組の走り装置を持っており、その外見はマレー式のような関節式機関車に酷似している(車軸配置も、マレー式と同じように表す)。しかしこちらはデュープレックス式と呼ばれる別の様式であり、マレー式で採用されている関節式とは異なり走り装置は同一の台枠に固定されている。この様式は、自動車用エンジンでのマルチバルブのそれと同じ発想である。高速時の吸排気効率を改善するためにはバルブの通過面積を拡大する必要があるが、バルブ一つ当たりを大きくするには質量上の限界があるので、それならバルブ自体の数を増やしてしまおう、ということである。
デュープレックス式の利点は次の通りである。
・高速時の吸排気効率が高い
・走り装置一組あたりが小型、軽量となるので、高回転に向いている
・ハンマーブロー(線路への打撃のこと)が小さくなる
・同じように走り装置を二つ持つ関節式に比べて、高速時の安定性が高い
・台枠内側にシリンダをもつ四気筒機関車と異なり外側から整備できる
反対に、欠点は次の通りである。
・一組の走り装置を持つものに対して、構造が複雑となる
・シリンダーの分足回りが冗長となるので曲線通過能力が下がり、また機関車長が伸びる(後部シリンダを火室前に配置することである程度改善できるが、この場合、後部シリンダが火室の熱や塵によって故障しやすくなるという問題がある。例として、同鉄道のQ1型が挙げられる)
2134mm動輪を4軸連ねる本機の固定軸距は、上記の欠点も相まって8077mmと非常に長いため、第一、第三動輪に57.2mmの横動を許していたが、運用時点で不十分であることが発覚したようである。シリンダは直径559mm、行程660mmで、起動牽引力は32,431kNとされた。
ボイラー
最大外径は2540mmと同時期の4-8-4と同程度だが、長さ6705mm、火床面積12.26mと、かのbig boyにも引けをとらない巨大なものである。それに見合った強大なボイラー出力を誇った(最大7200馬力)。やはり水の消費も半端ではなく、そのため大型の給水設備を備えることとなった。大煙管と小煙管はそれぞれ69本と276本配置された。火室はペンシルバニア鉄道が標準的に用いていたベルペア式のものであった。
流線形カバー
概要で説明した通り、かのレイモンド・ローウィによるデザイン。弾丸を思わせるスピード感のある前面が特徴的で、最新鋭の機関車にふさわしい近未来的なフォルムである。でも結局は見掛け倒し...と思いきや、幾度も風洞実験を繰り返した末にたどり着いた本格的なものである(デザイン料が高額なだけはある)。またローウィは除煙板を機関車そのものの外見を損なうとして嫌っており、本機では除煙板の代わりとして煙突周りに水平な板を設けそれによって煙を上に揚げている。当然こちらも、風洞実験の結果を基にしたものである。
開発経緯
1936年、ペンシルバニア鉄道は老朽化したK4s型を置き換え、最先端の電気機関車と同等の牽引性能を持つ強力な新型機関車を求め、ボールドウィンに対して「パオリ-シカゴ間の平坦線で15両の標準客車を牽き、時速160km/hで走行する旅客機関車」の設計を要求した。これに対し、ボールドウィンは他鉄道向けの4-8-4、4-4-4-4の機関車の設計を幾つか提示。流石というべきか、ペンシルバニア鉄道は後者を採用。紆余曲折ありながらも設計を進めていったものの、そのうち4-4-4-4では許容軸重内に収まらないことが判明し、前後に1軸ずつ遊輪を追加した6-4-4-6という車軸配置に至った。
高速性能の高さ
高速走行に適したデュープレックス式の足回り、強力なボイラーを備えたS1型が非常に高い高速性能を備えていたことに異論はない。公式に認められている最高速度は193km/hであるが、ことによれば、世界最速の機関車と知られるLNER A4マラードの記録(203km/h)を何度も上回ったという(245km/hを超えたともいわれるが、これは流石に疑わしく思う)。なお、レイモンド・ローウィは次のように記している。「何マイルもカーブのない直線区間で、私はS1が全速力で通過するのを待った。ホームに立つと、遠くから時速120マイル(193km/h)でやってくるのが見えた。S1は鋼鉄の雷のように閃光を放ち、私の足元で地面が揺れ、その渦に吸い込まれそうになった。約100万ポンド(453t)の機関車が私の近くを通過していった。私は揺さぶられ、忘れがたいパワーに圧倒され、自分が作り上げたものへの誇りを感じた。」
欠陥
シリンダ有効圧を85%としたとき、粘着率は3.68(基本は4以上が好ましい)で、このため空転しやすいといわれている。これに対して砂箱を拡大したりサスペンションを調整したりすることで是正を図ったようであるが、完全な解決に至ったかは不明である。本機以外にも、デュープレックス式の機構を持つ機関車は前部走り装置の空転癖を抱えているが、これに関して、アメリカ鉄道協会は力行時に発生する後方への重心移動が要因であると考えている。
また、機関車重量のうち動軸に掛けられている重量は46.2%に過ぎないため、ブレーキの効きが悪い事が考えられるが、そのような欠陥は聞かない。
その後
長大な全長、過大な機関車重量、空転傾向など、本機は試験機ということもあって扱いづらい点が目立ち、第二次大戦に入りつつある時局とも重なって次第に使用されなくなった。戦後の1949年、S1は保存しようという動きもあったものの結局予算が付かずに解体。現在は写真や設計資料などが残るのみである。
模型化
アメリカ合衆国の鉄道模型メーカーであるライオネルにより2003年にOゲージで模型化されている。
レイモンド・ローウィの優雅な流線形デザインがそのまま再現されているが長さは3フィート(91.5㎝)を超え、重さも機関車と炭水車合わせて8.65㎏にも及ぶ代物となった。
アニメ・映画などへの出演
アニメ『銀河鉄道物語』(第一シリーズ)で登場した「ベガ小隊」の専用列車『アイアンベルガー』の機関車部分がS1型に酷似している。