概要
交響詩「モンタニャールの詩」(Poème Montagnard)とは、ベルギーの作曲家ヤン・ヴァンデルロースト(Jan Van der Roost)の作曲による吹奏楽曲。
イタリア北西部のヴァッレ・ダオスタ州アオスタにあるヴァル・ダオスト吹奏楽団(Orchestre d’Harmonie du Val d’Aoste:オルケストル・ダルモニー・ドゥ・ヴァル・ダオスト)の委嘱で1996年に作曲され、翌年の1997年に出版された。楽曲のグレードは6。
初演は1997年1月26日、同楽団のコンサートで作曲者の客演指揮によって演じられ、作品は同楽団の指揮者であるリノ・ブランショー(Lino Blanchod)に献じられている。
この作品の舞台となっているヴァッレ・ダオスタ州の州都アオスタ(Aosta)は、紀元前25年に初代ローマ皇帝アウグストゥスが造った街で、アルプス越えの要衝の地として歴史の中で重要な役割を果たしてきている。
またフランス国境にほど近く、イタリアとフランスの文化が混在しているため、日常会話の中でもイタリア語よりむしろフランス語が使われている。
作曲者のヴァンデルローストはアオスタの豊かな自然や文化、多くの侵略と戦いの歴史、そしてかつてこの地を統治したひとりの女性の名がつけられている一枚の歴史的絵画「カトリーン・ドゥ・シャラン(Catherine de Challant)」の気高いムードから得たインスピレーションをもとに曲を書き上げている。
なお曲名はフランス語で「山の詩」を意味するが、題名のニュアンス的には「山の民の詩」のような、アルプスの急峻な山々のイメージに加え、その地に生きる人々の育んだ歴史と文化のエッセンスも含めている。
曲の構成
冒頭
曲の導入部分は、Lento misterioso。
ウインドマシーンの遠くから聴こえる風の唸り、時折顔を出す銅鑼などのサウンド・クラスター(自由な演奏)の中から、トランペットがこの曲全体を支配する5つの音型を奏する。
クラリネットをはじめとする木管楽器が低くうねる連符を並べる中、フルートのソロと共に暁闇の中に隠れていた山々が徐々にその姿を現し始める。
低音楽器や鍵盤楽器のロールも加勢してより鮮明になった曲は、ウインドマシーンを伴ったトロンボーンの轟きと木管楽器の鋭い下降を経て、再び霧がかったような静かな姿を取り戻していく。
クラリネットがピアノピアニシモでささやく静謐な雰囲気の中を、フルートのファーストとセカンドがユニゾンで歌い上げる。
その時々にハープの爪弾きと木管楽器の連符を見え隠れさせながら曲は進み、視界は徐々に晴れ渡っていく。
やがて現れるホルンの雄々しいメロディが、”ヨーロッパの屋根”とうたわれるマッターホルン(モンブラン)に代表されるこの地の厳しい自然の姿を描き出す。
このムードは木管楽器群やチャイムを加えながら更に発展し、作曲者をして「サングラスが必要な位に雪が輝いている」と語る最初の全合奏部へと向かっていく。
巻き上がる連符の木管楽器を乗せてウインドマシーンが轟々と吹き荒れる中、金管楽器とグロッケンがまばゆく反射する山々の頂きを映し出し、次第にその照り輝く銀嶺の姿はデクレッシェンドと共にフェードアウトしていく。
アオスタの戦いと文化の歴史
senza misuraでオーボエを初めとする木管楽器が後に現れるルネッサンス・ダンスの断片を提示する。
トライアングルの一打の後、サックスがそれに続くフレーズを継ごうとするが、途中から割って入ってきたティンパニのロールによって強引に主導権を奪い取られてしまう。
Allegro marzialeで力を得た音楽は、ティンパニとスネアドラムの先導によって軍隊の行進を再現し、後から加わったホルンが力強く吠え立てる。
やがてPiu allegroの指示で曲調は一気に加速し、木管楽器とトランペットによる緊迫感溢れる8分音符と3連符の連続の上で低音楽器とホルンが躍動を見せ、大軍勢同士の激しい衝突の様相を呈する。
この戦いのシーンが過ぎ去ると、トライアングルとコンガのリズムの上でオーボエとクラリネットが3連のリズムで舞い踊る平和な情景が映し出される。
途中で金管楽器による力強いモチーフを挟みながら奏でられる木管の民族舞踊は、古代ローマの時代から続くアオスタの長く豊かな歴史を聴く者に思い起こさせる。
舞踊の最後では冒頭で示された5音の音型が低音楽器により再現され、トランペットの強烈なフラッターの不協和音で曲の流れを遮られる形となる。
ルネッサンス・ダンス
先刻の強烈なフラッターからがらりと雰囲気を変え、Allegro comodoでリコーダー・カルテットが素朴なルネッサンス・ダンスを軽やかに奏でる。
途中からタンバリンやコントラバスのピッチカートを織り交ぜながら演奏されるそのメロディは、クラリネットとサックス、フルートとオーボエなどバンド全体へと受け継がれていく。
そしてリタルダンドを挟み、トランペットによってより強く再現されたメロディは、木管楽器の煌びやかな対旋律と共に緩やかに減衰していき、銅鑼とチャイムによる新たな舞台転換の内に消え去っていく。
カトリーン・ドゥ・シャランの愛
Andante maestosoによって深く沈み込んだ雰囲気の中から、ユーフォニアムが優しく叙情的なメロディでカトリーン・ドゥ・シャランのテーマを歌い上げる。
どことなく憂いと儚さをはらんだその旋律には、アオスタの領民から慕われたカトリーン・ドゥ・シャランの生涯の中で大きな役割を果たしたであろう「愛」が深くこめられている。
トランペットの煌めくハイトーン、クラリネットの情感を深めた旋律によってテーマは紡がれていき、曲の最初の全合奏部と同様の展開によって終息していく。
クラリネットとフルートが曲調の静まりをかもし出す中、ホルンのソロがハープの爪弾きを伴いながらもう一度カトリーン・ドゥ・シャランのテーマを大らかに奏でる。
ティンパニの強打をピークとして緩やかに減衰しながら、ピッコロらに導かれる形でホルンが最後のフレーズを飾り、テーマは冒頭の5音の音型の再現の中に沈み込んでいく。
フィナーレ
再び現れる木管楽器の民族舞踊のテーマを皮切りとして、アルプスの山々の輝き、ルネッサンス・ダンス、カトリーン・ドゥ・シャランのテーマなど、曲中で登場した様々なテーマがミックスされ、アオスタの地の豊かな自然、そこに生きる人々の歴史と文化を振り返る。
最後はティンパニとスネアドラム、ホルンらによる戦いのテーマで劇的な高まりを聴かせた後、曲全体を通して登場する5音の音型を力強く奏して幕を閉じる。
主な演奏団体(関連動画)
大阪市音楽団(Osaka Municipal Symphonic Band)
バンダ・カシーノ・ムシカール・デ・ゴデーリョ(Banda Casino Musical de Godella)
オランダ王国陸軍軍楽隊(The Royal Military Band of the Netherlands)
台北ウインドオーケストラ(Taipei Wind Orhestra)
なにわ《オーケストラル》ウインズ(Naniwa Orchestral Winds)
尚美ウインドオーケストラ(SHOBI Wind Orchestra)
国立音楽院ウインドオーケストラ(Kunitachi Music Academy Wind Orchestra)
関連タグ
外部リンク
参考文献
- 樋口幸弘(解説) ヤン・ヴァンデルロースト指揮・大阪市音楽団『交響詩「スパルタクス」』CDブックレット フォンテック 2002年11月5日リリース 5~6ページ
- 秋山紀夫「吹奏楽曲プログラム・ノート」 株式会社ミュージックエイト 2003年6月18日発行 535~536ページ