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35話ショックの編集履歴

2021-12-19 17:56:56 バージョン

35話ショック

さんじゅうごわしょっく

特撮番組「仮面ライダーセイバー」テレビ本編35話で起こった一連のショックな出来事。

仮面ライダーセイバー第35章のネタバレ注意









概要

35話ショックとは、令和ライダー2作目である仮面ライダーセイバー、そのテレビ本編第35話(正式には第35章)「そして私は、神になる」が視聴者に与えた強烈な印象や衝撃を指す。


本来であればこの35話は、最終書に入る直前の重要なエピソードとして、 マスターロゴスの策略、『約束の少女』ルナとの再会と別離、そして全知全能の書の復活など、これまでに起きた様々な出来事の伏線を回収し、クライマックスへ向け物語を一気に加速させるーーーー


筈だった



詳細

元々「令和ライダーといっても実質平成三期になるのではないか」といったような批判があり、復活した円谷プロの猛追を受ける中、ファンの熱気に陰りが見えてきていた。

前作『仮面ライダーゼロワン』の評価を巡って大荒れとなる中始まった『仮面ライダーセイバー』もまた、スタッフのアンチなどにより放送開始前の時点から大荒れ、さらに放送後も評価が芳しいとは決して言えない部分が多くある作品だった。

その要因は多々あるが、特に大きいものとして一話に話の内容を詰め込みすぎているという点が挙げられる。

また、描写や展開に対しての伏線や下積みが不足している重要な設定が本編で説明されない、あるいは伏線もなしに唐突にキャラクターが説明して終わるといった点などもある。


度が過ぎる展開の速さは序盤にあたる第一部で、描写の不足や唐突さは第二部で特に顕著に現れ、これらの要因が積み重なり、悪い意味で視聴者を置き去りにして話が進むという結果につながってしまった。


しかしながら、第二部で描かれた仲間割れ展開(通称:仲間割れ五番勝負)が一区切りし、2号ライダーの成長をはじめとしたキャラクターの掘り下げが行われたことなどから、第三部以降は比較的評価が持ち直し好意的な視聴者もある程度増加していた。

特に2号ライダーの成長に焦点を当てた第32話は、最強フォームを手に師匠の仇を討つという熱い展開や、CGをふんだんに用いたド迫力な戦闘シーンも相まり、本作の評価を大きく跳ね上げた。


その後も、ところどころの粗を指摘されど、地道に評価を取り戻した仮面ライダーセイバーであったが、再び多くの批判を呼んだのがこの35話であった。

直前の34話の段階で細かい演出やキャラクターの動きに対して批判的な意見が多かったが、この35話では、

  • 一話に話の内容を詰め込みすぎる。
  • 細かい設定や重大な設定が盛り込まれているにもかかわらず、それを映像やストーリー上の演出では過剰に省略されている。

など、前述した視聴者を置き去りにする物語展開をこれでもかと凝縮したようなエピソードだったため、沈静化していた過激な批判、ひいてはライダーシリーズのあり方自体への批判が再び激しく再燃することとなってしまった。


問題とされる点

ストーリーと映像の二つの点で非常に問題を指摘されるが、ストーリーに関しては一話に詰め込まれた情報量が多すぎて話について行けないという点が多く指摘される。

具体的には


これらの展開が一話の中に詰め込まれていたため、話の流れを消化しきれない視聴者が続出した。

また、この他にもストーリー上における演出面に関しても、如何にも意味ありげに出現するも結局何もせずに帰ったストリウス前話であっけなく消滅した上に前触れなく復活しながらも誰にも触れられないユーリあまりにもあっさりと倒され再び封印されるバハトと、多すぎるキャラクターたちを持て余しているように見える場面が多い。


更にこの話の中では以下の出来事も発生していた。

  • 仮面ライダーカリバーが聖剣を封印したが、その聖剣の封印は仮面ライダーファルシオンに敗北したことで解けていた。
  • 聖剣によって全知全能の書への道が繋がり、世界をつなぐ存在(ルナ)によって現実に帰ってくることができる。
  • ソフィアは剣士たちを守りたいという思いの為に、ルナの身代わりになることを決意していた(36章にてソフィア本人による説明がされた)。

しかしこれらの描写は35章時点では明確な説明が一切なく公式サイトで初めて開示された設定である

この他にも、劇場版で仮面ライダーファルシオンを復活させた存在がマスターロゴスである、単に全知全能の書を復活させるだけならば聖剣を全てそろえる必要はないが確実に復活させるためには聖剣を全てそろえる必要がある、かつて全知全能の書に到達した上條大地はマスターロゴスを超える力を手にしていたかもしれないと言った、ストーリーの根幹に関わる謎や秘密と言った設定の多くが本編で語られずに公式サイトで明かされた結果、「本編でやれ」と言う反発が多発した


こうして、余りにも多くの設定を説明しない為、キャラクターの心理やストーリーの内容を深く理解できず、全体的にその時不思議な事が起こったというレベルでしか視聴者には話が理解できず、せっかくのクライマックスシーンにも関わらず、物語に没入する前に首を傾げてしまい満足に楽しめない視聴者が続出したのだった。


それに輪をかけて反発があったのが、映像的な演出の悪さであった。


マスターロゴスに関して言えば、演じる相馬圭祐氏の怪演が強烈だったためとも擁護できる(絵面がひいき目で見ても事案であることが否めないが)

公園のシーンに関しては、コロナ禍という事もあり擁護する意見の方が目立つものの、撮影に使われている椅子が某戦隊の使いまわしであることからその点をネタとして扱う視聴者も多かった。


更に、光の坂に関しては、CG的な合成の不自然さもさることながら、その構図が伝説的な打ち切り漫画のそれであり、放送終了後すぐにネタとして広まった。

東映特撮が伝統的に特撮映像にはそれほど予算や時間をかけられない(あるいは、かける気が無い)ことは特撮オタクの間では暗黙の了解であったが、そうしたお約束が通じないなんJ民等の非特撮オタにも拡散したことでネタ化が加速した。


擁護意見

仮面ライダーセイバーという作品の内容の過積載について敢えて擁護をするなら、本来の番組の意図がヒーロー活劇であり、純粋にヒーローの活躍を期待しているメイン視聴者層にとってはアクションシーンが需要の主流ということがある。


元々本作は、敵・味方を問わずにキャラクターの数が多く、そのキャラクター描写はどうしても偏らざるを得ない点は、制作発表の段階で指摘されていた。

また、ある程度ストーリーに興味を持つ年代ともなると、それこそ小学一年生ですら自力で公式サイトなどの解説を調べることは容易であり、単に設定を説明するだけならばそちらで済ますことは不可能ではない。

製作スタッフ側の思惑の一つとして、本編映像で最小限に留めた詳細な裏設定をそちらに回すことでアクションシーンの尺を確保したかったものと思われる。


本当の問題はアクションと設定解説のバランス調整の極端さであり、今後はより一層検索や考察無しでも設定の要点が分かりやすい配分を意識すれば改善できるものではないだろうか。

いずれにせよ少なくとも今のままでは批判がされやすいことは事実であるので、制作陣には真剣な対策が要求される。


また、Blu-ray BOX収録のスピンオフ映像ソードオブロゴスサーガの視聴を行わなければ内容を理解できないとの声があるが、必要な事実それ自体は公式サイトの解説でほぼ全て開示されているので、何が起こっているのか(起こったのか)を端的に知るだけで満足できるのであれば公式サイトを参照にすれば十分ではある。


関連タグ

飛羽真ダッシュ セイバー坂 仮面ライダーセイバー

43話ショック:後に起きた展開。こちらは本記事とは逆に高い完成度を持った神回

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