概要
歴史的な日本語の音節の1つであり、仮名の1つである。21世紀における日本語では「あ行」の「え/エ」と発音上の区別はないが、琉球諸語(国頭語、沖縄語、八重山語、与那国語など)では現在でも区別されてつかわれている。
発音としては「いぇ」に近い。
「や行い」や「わ行う」と同様、現代仮名遣いにおいて使用されることはない。同じく使われないわ行の「ゐ/ヰ」「ゑ/ヱ」に比べても認知度はごく低い。
や行えを表す文字は「へ」と同様に方向を表す格助詞としても用いられていた。
そのため、その名残で、俗に宛名書きとして「○○さん𛀁」(元になった漢字を用いる場合「○○さん江」)と書く人がいるなど、現代でも使用例は皆無というわけではない。
ほかのひらがな・カタカナと同様、この仮名にも多くの異体字(変体仮名)が存在する(メイン画像は「や行え」を表す一例に過ぎない)。また、後述の歴史的経緯により、これらの仮名はすべて「え/エ」の異体字(変体仮名)であるともいえる。
歴史的経緯
古代の日本では「e」「ye」「we」がそれぞれ区別されており、「や行え」を表す万葉仮名・ひらがな・カタカナも、10世紀前半まではほかの仮名と同じように使われていた。
仮名\読み | 古代のe | ye | we |
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万葉仮名の例(借音) | 衣、依、愛、亜、哀、埃 | 延、叡、曵、遙、要 | 恵、廻、慧、衛、隈、穢 |
万葉仮名の例(借訓) | 榎、荏、得 | 兄、江、枝、吉 | 画、咲 |
ひらがなの例 | え | 𛀁 | ゑ |
カタカナの例 | 𛀀 | エ | ヱ |
その後、10世紀中頃までには「古代のe」と「ye」はともに「ye」と発音するようになり、11世紀から13世紀にかけて「we」も「ye」に合流したのち、江戸時代から明治時代にかけていずれの発音も「現代のe」に変化したとされる。
(なお、上記はあくまで通説であって、「『古代のe』は完全に『ye』に同化したわけではなく、『現代のe』に変化するまで部分的に生き残っていた」とする説など、現在でも様々な異説が存在する。また、「古代のe」の発音については現代でも確かなことは分かっていない。)
こうした経緯の中で、もともとあった「あ行え」と「や行え」の仮名も混用されるようになり、その区別がなくなっていった。一方で「わ行え」が文字として昭和まで残ったのは、その合流が江戸時代以降と遅かったためである。
またこの過程で、語中・語尾における「へ」の発音も「we」を経て「ye」に変化し、「現代のe」に合流している(ハ行転呼)。それ以前の「へ」の発音は、現在の表記では「ふぇ」に近かったと考えられている。語頭以外で「へ」が使用される語は、その殆どがハ行転呼以後に新しく成立した語である。
(語頭の「へ」だけはそのまま残ったが、次第に「he」に音が変化した。)
江戸から明治にかけて、音義派により再度「あ行え」と「や行え」の書き分けが試みられるようになり、明治の初頭には「や行え」も教育機関の50音表に記載されるようになった。
しかしながら、音義派による書き分けにも、
- 実在が確かでない「や行い」「わ行う」を同様に扱ったこと
- 学者によって「え」「エ」「𛀁」それぞれを「e」「ye」いずれで読むか意見が異なったこと
- 一部の文字に一般に用いられる仮名ではなく新しく考案した仮名を用いたこと
- 音義派の作字した仮名の中にも多くの異体字(変体仮名)が存在したこと
- 異体字それぞれ字形が異なるのみでなく、その中には奈良時代・平安時代における e と ye の書き分けにそぐわない字母に基づくものがあったこと
- 音義派に異を唱えた学者たちが(沖縄諸語や古代日本語の研究に疎かったため)「e」と「ye」を区別しないものとして扱ったこと
など内外に問題があったため、結局これらの書き分けが広く用いられることはなかった。50音表の「や行」はすぐに現在と同様「やゆよ」となり、(や行いと違い、当時の研究でも実在が確かだったにもかかわらず)結局「や行え」は欠番の扱いとなってしまった。
「や行え」の代表的なカタカナとして「イ」と「エ」をくっつけたような文字が紹介されることがあるが、これは上記の音義派によって新しく作字された仮名の一つである(「イ」と「エ」の合字、あるいは「延」の省画とされる)。
現代において
一度は日本語から消えた「や行え」だったが、発音自体は「イェ」と表記する外来語によって現代に復活している。例 ⇒ イェーガー、イェソドなど
(ハ行転呼によって消えた「ふぁ行」も、同様に外来語によって復活している。)
電子機器において
Unicodeには「𛀁」(U+1B001:ひらがな)と「𛄡」(U+1B121:カタカナ)がそれぞれ収録されている。一般的なWebブラウザが採用するフォントの多くは両方には対応しておらず、ピクシブ百科事典上ではほとんどの閲覧環境で両方、もしくは片方の文字が表示できない。
また、フォントが対応している環境でも、日本語変換ソフトの多くは「や行え」に未対応のため、変換できないことが多い。
2010年10月、Unicode 6.0にて「や行え」である「𛀁」(U+1B001, HIRAGANA LETTER ARCHAIC YE) が採用された。その後、2017年6月に「や行え」である「𛀁」と、「江の変体仮名」である「𛀁」が統合され、「HENTAIGANA LETTER E-1」という別名が与えられた。これらの経緯のため、Unicode 9.0以前とUnicode 10.0以後で、「𛀁」をソートした時の順番が異なる。
関連タグ
や行(平仮名) | や (い/𛀆) ゆ (え/𛀁) よ |
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ヤ行(片仮名) | ヤ (イ/𛄠) ユ (エ/𛄡) ヨ |
え段(平仮名) | え け せ て ね へ め (え/𛀁) れ (え/ゑ) |
エ段(片仮名) | エ ケ セ テ ネ ヘ メ (エ/𛄡) レ (エ/ヱ) |