カルネアデスの板
かるねあですのいた
自身を含む複数名の乗る船が難破して船は大破。全員が海に投げ出された。自身は命からがら大破した船の残骸である板に捕まり生存の場を確保できた。しかし、自分と同じように船から投げ出された者が自分と同じように板にすがろうとしていた。
しかし板のサイズはあまりに小さく、人ひとりが生存を確保するのが精一杯。二人以上が板にすがれば、板は耐え切れずに共倒れになってしまう。
そこで自分は板にすがろうとした人々を突き落とし見殺しにして一人だけ生存を得た。だが自分は後に見殺しにした人々の遺族たちから殺人の罪で訴えられてしまう。
極限状況下のやむなき事とはいえ人を見殺しにしてしまった自分は、やはり殺人者として死刑にならねばならないのだろうか?
解答のひとつ(法律・社会利益上の解法)
現時点で広く法範例として国際的に支持されている、1つの模範解答を見てみよう。
人間が生存を求める事は、人がこの世に生を受けてより与えられるべき絶対的な権利である。
自己の生存すら危うい状況では通常他者の生存にまで関知できず、そもそも正常な判断も危うい極限状況においては自己の生存こそを最優先に考えてしまうのは人間であるならば(あるいは生命が生命として産まれた以上は)生半可なことでは逆らい得ぬ本能として咄嗟にとってしまう行動であり、やむかたない事として認められる。
水難救助における「要救助者を拘束してから(或いは締め落としてから)救助活動に移る」というのも根本はこれに根ざしており「大人しく救助された方が生存確率は高い」が、要救助者はつい「早く助かろう」として救助者を沈めてまで浮かぼうとして、結果として双方死亡、などと言う事例が多々ある。それほどまでに生きようとする本能とその際発生するパニックは甚大なのである。
ゆえに「人々を突き落とした自分」は罪に問われない(問われるべきではない)ものとする。
これは現代法理においては「緊急避難」として罪に問われない。(日本では刑法37条)
上述の緊急避難であるが、守った自分の利益と侵害した他者の利益が不均衡な場合は過剰避難としてその度合いによって多少の減刑はあっても一定の罪に問われる場合がある。
カルネアデスの板のように自分の命を守るために致し方なく他者の命を殺した場合にはまず問われることはないだろうが、例えば自分の財産を守るために他者を傷つけることは金の価値が低すぎるため許容されないと考えるべきであろう。
また補充性の要件というものもある。カルネアデスの板の例に取れば、板の近くに別の掴まれそうな板があるにもかかわらずそれを自分の予備、安全のために保持し他者を突き落とす行為は緊急避難とは認められない、さらに言うならば「自分の命」と「他者の命」は=であるため緊急避難になるが
「自身の大切な者」の命と「他者の命」は=ではなく、またそういった愛着による行動は理性によるものであり、本能による咄嗟の行動とも見做せないため「恋人を2枚目の板に乗せるために他者を突き落とした」場合、多少情状酌量はされるだろうが基本的に致し方ない=無罪とは見做されない。
なお警察官・消防士・自衛官など、職業倫理上において他者の命や尊厳を守るべき職業にある者は、「自身の命を犠牲にしてでも要救助者を救助する使命と義務を前以て負ったうえで自分から飛び込んでいるはず」なので、下手に助けると自分の命も危ない=二人とも死んでしまうなどの理由で「助けない(見捨てる)」ならともかく、自分の命惜しさに我先にと「殺す(突き飛ばす、押し除ける、一度助けた相手を故意に放り出す)」のは容認されず、これは適用されない。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』は、ある意味ではこれと対極にある(自分が助からないかも知らないからと、か細い蜘蛛の糸に群がった罪人を落とそうとした結果糸が切れ、カンダタは地獄に落ちてしまった)話と言われる。
これは仏教的には「助かろうとする」事自体が未練、執着で「悟ってとっとと死ぬ(六道輪廻から解脱し、二度と生まれ変わらない真の死を目指す)」事こそが最終目標で美徳である仏教にとっては「誰か(何の関係もない他人であることが望ましい)のために死ぬ事(ウサギとして生きている時に自分から狐に首を差し出すような行為)こそ最高の美徳」であるからである。
そして悟るためには親兄弟や恋人、自己の生存を含めたありとあらゆる物事への執着を捨てなければならず、それこそが救いであるため「助かろうと罪人を落とそうとした時点で生に執着しているのでアウト」なのである(なので模範解答は「その場にとどまり罪人を引っ張り上げる」、「飛び降りて糸を譲る」である。)
時に「カルネアデス」は出題者ではなく溺れて他者を突き飛ばした本人として語られる場合がある。
ギリシャ哲学の有名な話でもあるため、これを題材にしたり、モチーフにしたり、重要用語にしたりする作品も多い。
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