概要
英語でsouth(南)とpaw(動物の前足)が語源と言われる。
野球の生まれたアメリカ合衆国では、午後の日差しが観戦の妨げにならぬようバッターからピッチャーを向く方向が東北東になるよう設計されるのが一般的であったため、左投げ投手は「左手が南を向いている(southpaw)」という説が主流と言われるが、野球の歴史をまとめた『The Dickson Baseball Dictionary』には「この説は幻想に過ぎない」、と記載されている。
また米国南部出身のピッチャーに左腕投手が多かったためサウスポーと呼ばれ始めたという説もある。
これを取り上げたNHKの番組『チコちゃんに叱られる!』では、「語源はわからない」と結論付けられた。
一般的に全体として左利きの割合が少なく、右利きの方が多いためサウスポーとの対戦は経験が少なく不慣れなため右利きにとって不利と言われる。逆にサウスポーにとっては普段から右利きと対戦しているためハンデにはならない。
この点を狙って右利きながら敢えてサウスポーに転向したり、右手の故障からサウスポーへ転向する選手もいたりする。
野球の左投げ投手の場合、左打者に対して投じる球のコース上特に有利ということもあり、左の強打者に対するワンポイント登板という起用のされ方も多い。
逆に右打者に対してやや不利と言われる。
守備の場合、一塁が守備から見て左側にあるため左手で投げるとワンテンポ遅れるため一塁手と捕手以外の内野手は右投げが多い。
その他 ピンクレディーの楽曲
作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一
1978年に発売された7枚目のシングル。
当時としては珍しい「初登場1位」を記録した楽曲で、4枚目の『渚のシンドバッド』から4作連続のミリオンセラーを達成。
1978年のオリコン年間チャートでは第2位にランクインした。
直接名前こそ出されていないが、曲の主人公である「私」のモデルは、(無論性別以外であるが)当時西武ライオンズに所属し、希少な左のアンダー気味サイドハンドと角度の大きなフォームで「左殺し」の異名を取った永射保(ながい たもつ)とされている。一方、対峙する「背番号1のすごい奴」、「スーパースター」とは前年に本塁打の世界記録を更新し、一躍時の人となっていた当時読売ジャイアンツの王貞治がモデルとされる。
場面全体のモデルは両者が直接対決した1977年のオールスターゲーム第2戦と言われており、この勝負では永射が王を三振に切って取った。
発表から35年以上経った現在でも、山本リンダの『狙いうち』などと並んで、高校野球の応援歌の定番曲として親しまれている。