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ナディア・エレーナ・コマネチ

なでぃあえれーなこまねち

ナディア・エレーナ・コマネチは70年代から80年代にかけて活躍したルーマニアの体操選手。

概要

1961年11月12日生まれ、ルーマニアのゲオルゲ・ゲオルギュ=デジ市(現在のバカウ県オネシュティ)出身。
6歳の時に見いだされ、9歳でルーマニアのジュニア選手権を制覇し、1971年には初の国際大会となるユーゴスラビアチームとの大会に出場し団体と個人総合で優勝。
1976年、14歳で参加したモントリオールオリンピックで、段違い平行棒と平均台の演技で近代オリンピック史上初めての10点満点を出し、個人総合と併せて金メダル3個、団体で銀メダル、ゆかで銅メダルを獲得、「白い妖精」と呼ばれた。
1980年モスクワオリンピックでは個人総合でエレナ・ダビドワに次いで銀メダル、平均台、床で金メダル(ゆかはネリー・キムと同点)、団体でも銀メダルを獲得。
1981年に引退、1984年に国際オリンピック委員会の委員に就任。
しかし1981年にコマネチはアメリカに遠征したときにコーチや振付師が亡命、以後は監視下に置かれるようになる。
指導者としてジュニア選手の育成にあたったが、ルーマニア革命直前の1989年11月、ハンガリー、オーストリア経由でアメリカに亡命。

亡命後、1976年のアメリカンカップで知り合ったバート・コナー(ロサンゼルスオリンピック男子体操金メダリスト)とオクラホマ州に引越、1994年11月12日のコマネチの33歳の誕生日に婚約。
1996年4月27日に革命後初めて帰国、ブカレストで二人は結婚。
2006年に男児をもうけた。

現在はアメリカ国籍を取得(二重国籍)、アメリカで指導者として活動。

なお、モントリオール大会で10点満点を出した際、当時の表示機は満点が出ることを想定しておらず、三ケタしか表示できない仕様だったため、代わりに1.00という極端に低い得点が表示されるという珍事が起きた。

関連人物

ビートたけし・・・芸人・映画監督。「コマネチ」のギャグは彼女からとった。2011年に初対面を果たす。

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