概要
「バットマン:マッドラブ」とは、アニメイテッドシリーズのバットマンである「バットマン・アドベンチャーズ」の一編である。
1992年10月。DCコミックはアニメシリーズのバットマンをスタートさせ、それに合わせてアニメの世界観に基づいたコミックシリーズ「バットマン・アドベンチャーズ」を創刊。髙い評価を得たシリーズは、94年に特別号として本作「マッドラブ」が発売された。
その内容は、このアニメ用に作り出された新キャラ「ハーレイ・クイン」の誕生秘話。それまでアニメで語られなかった誕生の経緯の物語は、ハーレイの魅力を描いたのみならず、94年のアイズナー賞単発作品部門賞を受賞した。
アニメーターのブルース・ティムのペンタッチで描かれたハーレイは非常に魅力的であり、アニメに参加した脚本家たちは、誰もがハーレイのエピソードを書きたがった……という逸話が残っている。
後に、アニメシリーズの最終エピソードとして、本作はアニメ化された。
内容
ゴードンの定期歯科検診に現れ、殺害せんとするジョーカーとハーレイ。しかし、ハーレイが出したヒントが簡単すぎたため、バットマンにすぐ駆け付けられ、逃亡する二人だった。
アジトに戻った後、ハーレイはジョーカーを誘惑するが、相手にされず部屋を追い出される。
「アタシの人生、どこでおかしくなったんだろ?」と自問自答するハーレイは、「バットマンに決まってるわ!」と結論付け、自身とジョーカーとのなれそめを思い出すのだった。
ハーレイ・クインゼルは、奨学金でゴッサム州立大に入学。その目的は、世界的に有名な心理学部の学位を取る事。
そして本人は、アーカムにインターンの希望を出す。
そこで、有名なゴッサムの犯罪者の秘密を知り、有名になろうと考えていた彼女は、ジョーカーに出会う。
自身のオフィスに赴くと、「会いに来てくれ」というジョーカーからのメッセージカードが花とともに置かれていた。
独房を抜け出したのかと、ジョーカーに直接問いただすハーレイ。
「独房を抜け出した事が皆に知られると、大変なことになるわね」
それに対しジョーカーは、
「でも、言うつもりはないだろ? あったらとっくに言っているからな」
そしてハーレイに、
「あんたの事を気に入った。まずは名前だな。ハーレイ・クインゼル」
「古典喜劇の道化キャラ、ハーレクインにそっくりじゃねえか! 笑いの申し子のような名前だ!」
「あんたに、親しみを感じちまってよ。秘密を明かしてもいいかなってね」
ここからジョーカーとの個人セッションを組み、その話を聞く機会を設けるハーレイ。
そこでジョーカーは、「ガキの頃、しょっちゅう親父に殴られてたんだ」と語り始めた。
虐待を受けていたが、連れて行ってくれたサーカスのピエロを見て大笑いした事から、自分もその真似をして笑わせようと思ったとの事。
父親のよそ行き用ズボンを用い、そのピエロの真似をしたが、そのせいでズボンは股から破けてしまった。鼻が折れるほど殴られたジョーカーは、三日後に病院で目覚めたと語る。
ジョーカーの語りにより、話に引き込まれ、その内容に同情を覚えるハーレイ。
「親父は俺のギャグに期待してて、ハズしたから怒ったんだって。そう思おうとしたんだ。(中略)でもな、こいつぁコメディアンの宿命さ。いつもいつも、シャレのわかんねぇ奴にジャマされるんだ。親父とか……バットマンとかな」
そこから何度も治療を続け、ハーレイはジョーカーの事を、
『虐待され傷つき、愛情に飢えた孤独な魂』
『ギャグで自分の事を示そうとする可哀そうな子』
『なのに独善的なバットマンが、彼の人生を台無しにする』
……と、思い込み、やがてそこから恋に陥るのだった。
その後、アーカムを脱走したジョーカーだが、数日後にバットマンに叩きのめされアーカムに逆戻り。
重傷を負ったジョーカーの姿に、正気を失ったハーレイは、ゴッサム市内のコスチューム店に押し入り、衣装や化粧を強奪。
ジョーカーの独房のガラス窓を破壊し、
「こんばんは、プリンちゃん」
「アイサツしてよぅ、生まれ変わったアナタの恋人……ハーレイ・クインに!」
ハーレイ・クインと化した自分の姿を見せつけ、ジョーカーと共に脱走するのだった。
回想を終えたハーレイは、ジョーカーが没にしたギャグ……という名の、バットマン殺しの方法を盗み見た。改心したふりをして、バットマンを呼び出し捕らえたハーレイ。
逆さづりのバットマンから「なぜこんな事を?」と問われ、
「ミスターJに、あたしもカレのギャグをやれるトコを見せるためよ」
と、返答した。
だが、バットマンは逆に、
「素直に現実を受け入れたらどうだ。奴はアーカムでお前に会った瞬間から、お前を利用するつもりだったんだ」
と、ハーレイに語り出す……。
書籍
日本の小学館プロダクションより、邦訳版が発売された。
「マッドラブ」および、「バットマン・アドベンチャーズ」の一編「ホリディ・スペシャル」との合本で、ブルース・ティムや、アニメ版の日本語吹き替えでバットマン=ブルース・ウェインの声を当てた玄田哲章氏のインタビューなども掲載されている。
後にジャイブより、同世界観でポイズン・アイビーとハーレイがコンビを組むコミックのミニシリーズ「バットマン:ハーレイ&アイビー」の邦訳版が発売されている。
余談
- ジョーカーは、ハーレイがインターンにやってきた時点で、既に色々と問題視されていたらしく、ハーレイがセッションを持とうとした時も「あの男はケダモノだ。自分の話を信じる間抜けの心を歪めて楽しんでる」と、勤務していた精神医から警告されていた。
- ちなみにジョーカーは、ハーレイに語ったような『同情を誘う話』を、別の機会に別の場所で色々と語っていた様子。バットマンの口からは『暴力を振るう父親の話』『アルコール依存の母親の話』『施設を脱出した孤児の話』などがあると語られた。ハーレイに語ったサーカスのピエロの話も、仮釈放を勝ち取るために「アイスショウのピエロの話」として語ったものとの事。バットマン曰く、「そんな作り話ならいくらでもあるぞ、ハーレイ。奴はコメディアンらしく、使えるものは何でも使う主義だからな」
- 元からハーレイは、大学で先行していた心理学に関しては、実際の成績は最低クラスだった。D-の論文を提出して呼び出されるも、教授を色仕掛けで篭絡してA+に変えさせていた(そのため、表向きは成績優秀者と思われていた)。当初から真面目に学ばず、楽して単位と有名な教授からのお墨付きとを得ようと考えていたらしい。
- アルフレッドは、ハーレイのこの不真面目さをバットマンから聞いて、「そういう事でしたら、この方は今頃俗受け心理学者にでもなって、妖しげな自己啓発本などを出していそうなものですが」と呟いていた。
- ハーレイがアーカムにインターン希望を出したのも、ハーレイ本人の口からは「極端な人格に興味がある」という志望動機を述べていたが、アーカム勤務の精神科医ジョーン・リランドは、「成功したあとの見返りが目当てではないか」と見抜いていた。
- リランド自身もハーレイに対し、「アーカムに収容されているのは掛け値なしの危険人物ばかり。出会った瞬間に殺されてもおかしくない」「下手に首を突っ込んで、暴露本でも出して儲けようと考えているならやめておきなさい」「あんた(ハーレイ)みたいな駆け出し、手玉にとるのは連中にとっちゃ朝飯前なんだから」と警告している。
- そのハーレイも、ジョーカーの方から「親しみを感じちまってよ」とアプローチされた際、うまくいけば秘密を聞き出し、それを用いてキャリアアップまたは有名になれるかもと、当初は企んでいた様子。
- また、ハーレイは十代の頃は、体操で奨学金を取って大学に進学していた。この体操で得た技術が、後にヴィランと化した時の身軽さに活かされていると思われる。
- 劇中では、ハーレイはジョーカーとの新婚生活を妄想するシーンがある。自分たちの子供とともにマイホームでジョーカーと過ごしたり、結婚式や出産や老後の二人などを妄想していたが、マイホームにはバットマンの首が飾られていたり、子供たちが遊ぶ玩具も殺人や凶器をモチーフに用いたものだったりと、ハーレイらしい狂気が漂っている。