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中将姫

ちゅうじょうひめ

奈良県の当麻寺に伝わる『当麻曼荼羅』を織ったとされる伝説上の人物。彼女を基にした戯曲が現在も多く存在している。
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概要編集

奈良県葛城市にある當麻寺尼僧であったとされる伝説上の人物。


生涯編集

天平19年8月18日、ときの右大臣であった藤原豊成と、妻である紫の前の娘として生を受ける。

5歳の時に母と死別し、7歳の頃には橘諸房の娘である照夜の前が継母として屋敷にやって来ることになるが……これが後に悲劇へと繋がってしまう。


9歳の時、継母と共に孝謙天皇の前で琴を披露する催しに参加したが、中将姫が見事な演奏で天皇から褒め言葉を賜ったのとは対照的に、照夜の前は些細な失敗をして不覚を取ってしまう。


この日を境に照夜の前は、姫に対して異常な嫉視と憎悪を抱くようになってしまった。そして姫に対する凄絶ないびりが始まる事になる。


10歳の頃、異母弟の豊寿丸が3歳になった頃には照夜の前からのいびりは一旦鳴りを潜めるが、継母は内心では姫の暗殺を狙っており、毒入りの甘酒で殺害しようと企てたが、不幸にも豊寿丸が毒を飲んで息絶えてしまう。

自身の過ちで幼い我が子を殺めてしまった照夜の前は、殺す筈だった姫に対して逆恨みに等しい憎悪をさらに募らせていく事になった。


13歳の時に、三位中将の位を持つ内侍となる。


14歳の頃、父の豊成は兄弟である藤原仲麻呂に睨まれて九州への赴任を命じられる。

これまで豊成の不興を買う事を怖れて表立って動けなかった照夜の前は、ある雪の日に家臣の松井嘉藤太に命じて姫を雲雀山で殺害する様に命じる。

姫は真相を知っても恨み言を言う事無く、最期にお経を読む暇を与える様にと頼んで一心に読経を行った。松井嘉藤太は心を打たれ、殺害の任を放棄して姫を雲雀山、青蓮寺に匿った。


数年後、都に戻った豊成は雲雀山で薬草を売って暮らしていた姫と再会するも、姫は都に戻らず名藍の聞こえ高い当麻寺に入って仏の道に仕えることを望んだ。そして尼僧となる事を許され、仏門に入る事になる。


26歳の頃、長谷観音のお告げにより、『当麻曼荼羅』を織り上げる。仏行に励んで、徳によって仏の助力を得て、一夜で蓮糸で『当麻曼荼羅』(『観無量寿経』の曼荼羅)を織ったと言われている。


宝亀6年3月14日、当麻寺にて入滅。享年29歳。


関連項目編集

蓮花ちゃん : 彼女がモチーフのマスコットキャラ。

ツムラ : 彼女より伝えられたとされる婦人病の秘薬を元にした「中将湯」を発売、現在まで続く定番商品となっている。その詳細の参考サイト

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