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九九式襲撃機

きゅうきゅうしきしゅうげきき

日本陸軍の要求により開発された対地直協機で、性能そのものは低いものの、低空での扱いやすさや運動性に優れる。900馬力級エンジンにしては搭載力も頑張っており、小型爆弾を大量に搭載して地上軍支援に奔走した陸軍航空隊の影の実力者。型番はキ51、米軍コードネームは「ソニア」。
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「襲撃機」とは

1938年(昭和13年)、参謀本部より定義された「低空・超低空専門の対地攻撃機」であり、最初から地上軍支援のために開発された、陸軍航空隊ならではの機種となっている。低空を低速で飛行するということは、もちろん対空砲火の脅威も見積もっておく必要もあり、この九九式襲撃機ではエンジンやコクピット等に6mmの防御装甲を仕込んでいる。

襲撃機は軽爆撃機とも差別化(目的別)は明らかで、
軽爆撃機:スピード・航続力
襲撃機:低空でのとり回し・防御力
がそれぞれ重視されている。

搭載力は両方ともあまり重視されていないが、これは海軍ではより重い魚雷を搭載する事との違いを、メーカー側に意識させての事だろうかもしれない。もちろん海軍における「陸上攻撃機」の定義とも違ったものとなっているが、こうした呼び方の違いは単純に縄張り争いの結果と思うべきだろう。

襲撃機の戦術的な使い方

主だった使い方も、現代におけるCAS(近接航空支援)に相当するもので、これも低空を低速で飛行するからこその用途である。諸外国ではHs123Il-2のような、絶対性能と引き換えに実用性を重視したような攻撃機に相当するだろう。

Il-2ほどではないものの、防御装甲のおかげで小銃弾程度では損害を与えにくく、実際にIl-2でもコクピットは背面以外は6mm装甲で覆われているのだから、この装甲防御は有効なものと考えられるだろう。敵の頭上に張り付いて警戒し、『困ったときは敵を頭の上から確実にツブしてくれる』として、陸軍兵からもよく頼みにされていた。

偵察機型も含め、総生産数は2,385機。

飛行性能

エンジン出力940ps、速力も高度3000mで424km/hと、絶対的には低い。全備重量ではおよそ2.8tにおよび、これはゼロ戦よりも重くなっている。性能では前身たる九七式軽爆撃機とも大差ないが、実際には低空での運動性は大幅向上するなど総合的に使い勝手が良くなっており、これは性能諸元以外の性能に振り分けた結果だといえる。

また、偵察機としての役割も求められたことから、九七式軽爆にはあった爆弾倉は無くなってしまって搭載力は落ちたが、これも機体を小さく軽く設計できるようになるため、必ずしも欠点というわけではない。

武装

武装は左右主翼内部に固定された7.7mm機銃が1丁ずつ、
1943年には12.7mm機銃(一式戦闘機と同じもの)に強化された。
時期的に遅いのではないかと指摘されそうだが、これでも一式戦闘機と同時期に強化されている。

搭載力は最大200kgで、50kg爆弾4個か、専用ラックを装備したうえで10kg(正確には12kgらしい)爆弾を12個搭載できる。しかしこの専用ラックがまた重くて空気抵抗も大きそうな代物で、搭乗員にとっては搭載数は少なくなるものの、投下後にラックがデッドウエイト化しない50kg爆弾のほうが人気があったのではないだろうか。(見栄えはするのだが)

後席からも操縦できるように操縦桿やスロットルが装備されており、これは操縦手が負傷した際の代わりを務めるためとも考えられる。もちろん、普段は必要ないので、周囲の監視や誘導を担当しており、受け持ちに後ろ向きの7.7mm機銃が用意されている。

現場の評判

「襲撃」「軍偵」「対潜」と、3つの飛行分科に配備され、扱いやすさから大変よく受け入れられた。

着陸装置は固定式車輪で空気抵抗が大きいが、その分頑丈に取り付けられており、不整地での離着陸でも支障をきたさなかった。こうした頑丈さは意外と重要で、九七式軽爆では不整地どころか草原に不時着し、2機分の乗員を救出して(元から搭乗していた乗員含めて計6名)さらに離陸できた例もある。

操縦は易しく、運動性も良くてさらに機体構造が頑丈、整備も簡単な機構ばかりだったので稼働性もよく活躍した。その操縦性のよさはのちに練習機にも転用されるほど。機銃は主翼固定で、プロペラとの回転同調装置も必要無かったので、これも整備は簡単であり、『武人の蛮用』にも過度なくらいによく耐えた実績を残している。

このように超ウルトラスーパー地味な機のわりには生産数も多く、連絡用(指令文書輸送用)や人員輸送にと、主に縁の下で活躍し、対潜任務では1945年に潜水艦(USSブルヘッド)も撃沈している。

反面、機体は小さく、航続性能も重視されなかったので航続距離は日本機にしては悪く、1000kmほどでしかなかった。搭載力も200kgでは少なく(Il-2でも正規400kg、無理すれば500kg分は積めた)、絶対的な攻撃力では不満もあったのだとか。

九九式軍偵

前述のとおり、九九式襲撃機から後席の副操縦装置と装甲版を外して偵察カメラを搭載し、偵察機としたもの。元の設計のおかげで対地視界は良く、頑丈な偵察機として活躍。

現在の「ソニア」

日本国内で現存するものはなく、インドネシア空軍中央博物館に展示されているのみ。
日本降伏後は現地で接収された機が、現地軍によって運用されたものもあるようで、この機もインドネシア独立軍で使われたのだとか。

また、ゲームなどの登場は地味すぎるためほぼ皆無な模様。
本も「九九式襲撃機ラバウル空戦録―陸軍航空隊戦記」(光人社NF文庫) や丸メカニックNO.35「マニュアル特集 九九式襲撃機/軍偵察機」(世界軍用機解剖シリーズ)があるだけのようである。

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