坂巻泥努
さかまきでいど
壊すべきは何ぞ壊すべきは何ぞ
ほむら片手に
ぐるり 辺りを見回して探しあぐねた
貴方は屹度 そろりそろりと また歩みはじめる
坂巻 泥努(1904~没年不詳)
『双亡亭壊すべし』の登場人物。
物語の舞台である「双亡亭」の主。第一次世界大戦時に紡績業で財を成した資産家の長男。
画家志望だったが、関東大震災後に精神に変調をきたし、国外旅行から帰国後の1925年より全財産を投じて双亡亭の建設に着手した。
現在、泥努の写真は残っておらず、姿を確認できるのは本人が描いた歪な姿の自画像のみ。
双亡亭内に突如現れる、奇怪な肖像画の中にいる謎の男の正体。暗闇の中で1人キャンバスに向かっている。
気難しい性格で、自身の芸術表現は「診察」と称し、凡人には決して理解できないものだと語る。
一応、幼少時代に大人たちに下記の異能とも特技ともつかないスキル絡みのトラブルに見舞われたことと、少数ながら理解者と縁ができたこともあって、自分が周囲から見て異常と思われがちな目線や個性の持ち主であることを多少客観視・諦観できているのだが、気難しさと接触者視点では考えが読みづらい言動、時間間隔などを麻痺させるのに充分な双亡亭の環境などが災いしたのか、改心や交渉の余地が失われ始めている。
読心能力を持ち、他人の思っている事が分かる。また、哲学にも明るく、下記の<侵略者>との接触の際は、相手の強烈ながら単調な手法に対しニーチェの言葉を諳んじつつ、手厳しい評価をしている。
同じく絵描きで、芸術について似た価値観を持つ凧葉務に興味を示し、彼に双亡亭の中を自由に動き回ることを可能とする「黒い手」の力を与える。
強力な霊能力や超能力、宇宙から来た侵略者、最新を通り越して未来的な科学技術による兵器や道具と言った、強力な存在の多くが登場する本作品の中に置いて、そのボスキャラである彼は元々は普通の人間であり、特に強力な能力を持っている訳ではない。
彼の持つ技術でさえも基本的には芸術関連に限定され、彼の行動は基本的に屋敷の中で絵を描いているだけであり、その絵も後述する『材料』を使っていること以外に特別なことは何もなく、本当に普通に絵を描いているだけである。
ただし、坂巻本人曰く、幼少期から勘のいいところがあったようで、初めて目にした人間の大体の感情が分かるという。
強いて言えば、それが彼の持つ戦闘能力とも言える。
だが、彼の持つ最大の能力は、その精神力の強さである。
彼の作った双亡亭には、実は液体型の地球外生命体である<侵略者>が2000年前から潜んでいたのだが、この<侵略者>は対象となる生物に寄生する際、その生物の持つ恐怖の記憶を刺激することで苦痛を引き起こして精神を破壊し、その身体を乗っ取ることができるのだが、自身の記憶を見せられた泥努はこれに激怒する。
そして、精神を支配しようとした<侵略者>に対して、その性質を観察して完全に把握すると、逆に<侵略者>を支配することに成功し、<侵略者>を絵具として使用する。
<侵略者>を支配したことにより、<侵略者>の持つ能力の大半を使うことができるようになり、また、<侵略者>を絵具として使用することで人を引きずり込む『絵』を描くことができるようになった。
基本的にはこの、<侵略者>の絵の具を使った絵を描くことができる。というのが、彼の戦闘能力といえる。
なお、画力に関しては決して低いほうではないが、上記の性格のためか絵を宣伝するといった技能は芳しくなく、持ち前の頭脳や上記の読心能力が、絵を大衆向けのように見せかけることや、自身の美顔などを駆使して絵を売り込むきっかけづくりにするといった方面に活かされた様子もない。
本名は「坂巻由太郎」で、後に帝国陸軍の憲兵となる黄ノ下残花とは幼馴染であり、彼が双亡亭が入った際は躊躇いなく肖像画に引き込ませたが、尋常小学校の頃は親友と言っても差し支えない程交流があった。
残花は、泥努が絵を好きになったのは泥努の姉・しのぶの影響だと考えており、また泥努は幼少期から姉に対して姉弟愛以上の感情を抱いていた節がある。
しかし、成長に伴って残花とは疎遠となってしまい、姉のしのぶは両親の反対を押し切って東京へ絵の勉強の為に進学する。
その後、恋愛沙汰によって夢破れて東京から帰ってきた姉はやつれ果てた姿をしており、それ以降、病床に伏せるようになる。
また、この時にしのぶは両親によって自身の描いた絵を焼き捨てられており、心の支えであった絵を描くことすらも禁止されたことで彼女の体は衰弱し、死期が迫ったしのぶは、泥努に対して自分を殺すように頼み、苦悩の末に泥努は姉の首を絞めて殺害する。
<侵略者>が泥努を乗っ取ろうとする時に見せた記憶はまさにこのシーンであり、この時の状況は図らずもかつての親友である残花も目撃していた。
その後残花はショックで熱を出して寝込み、その後も残花にとっても強いトラウマとして記憶されていた。
成長した泥努は、日本で最も売れている画家になることを目的に絵の勉強を始め、諸国を放浪した際に特に欧州の建築様式に強い影響を受けて「脳髄を揺らす感覚を与える屋敷を作る」ことを目的として、機能を度外視した奇妙な見た目を持つ双亡亭を建築することにする。
そして90年前、〈沼半井〉という土地を父の遺産を使って購入した泥努は双亡亭を建築したが、この〈沼半井〉という土地には今から2000年以上前に流星が落ちて、当時の人々が不吉とするような不気味な沼ができていたのだが、その沼を埋め立ててできた土地だった。
そのような曰くつきの場所で建築された双亡亭に住み始めた泥努だったが、実は〈沼半井〉という土地に落ちた流星は、<侵略者>と呼ばれる地球外生命体であり、当時の人々が不吉とする沼は、<侵略者>の飛来した影響でできたものだった。
当時の泥努は、そんなことなど知る由もなかったが、双亡亭の地下室に自分の理想とする色を生み出すことのできる『黒い水』が湧いているのを発見する。
実はその水こそが<侵略者>であったのだが、泥努はその水を絵の具として絵を描き始め、完成した絵から出現した<侵略者>によって、その身体を乗っ取る為に恐怖の記憶を見せられる。
だが、その記憶は泥努にとっては様々な意味で触れられたくない物であったために、激怒した泥努は双亡亭にやってきた最初の<侵略者>を逆に支配し、老いない肉体と理想の絵の具を手に入れることになり、それ以来、双亡亭の内部で人を取り込む肖像画を描き続ける日々を送っていた。
普段は美形でクールな表情をしているが、感情の起伏が激しく、作中どころか藤田和日郎キャラでも屈指の顔芸率を誇る。
また、他者の命を奪うこと等に対する頓着は少ないが、かといって、自分から相手の身体を体技や異能で傷つけようとする加虐性も意外と少なめなため、基本的には絵画を描くシーンや、筆を持ったまま意見や策を述べる描写が多い。
歴代の藤田作品のボスキャラの御多分に漏れず、彼も自分の欲求に忠実で他者のこと等考えることなく、『自分の絵を評価しない』という理由で全人類を滅ぼすこともいとわない冷酷非道な人間である。
しかし、人類滅亡に関しては、"自分を理解しない位ならば殺してやる。"という『悪意や憎悪』によるものというよりも、"自分を理解しない連中ならば死んでも構わない。"という『無関心』によるところが大きく、滅亡計画に関しても、人類を滅亡させるという最終目的以上に、そのための手段である絵を完成させることに重点を置いており、彼自身はことさらに邪悪な性格をしている訳ではない。
(そのためか、異国の芸術品などの知識がある者でも一瞬ぎょっとしかねないポーズや、激情の赴くままに絵具を払いのけるシーンが描かれたと思えば、しれっと絵筆を取り直すことや、主人公勢や一部の政治家などに対して火薬や刃物のような分かりやすい凶器を使わず、規模が小さいともタチが悪いともとれる搦め手でとどめることもしばしば。)
また、芸術に関する事柄以外では基本的に他者との接点を持たず、関わり合いになることを避ける傾向にあり、創作活動の邪魔であるとみなした場合にはむしろ積極的に排除する。
その一方で、芸術に関して似た価値観を持つ凧葉務とは積極的に関わろうとしており、彼の持っていたスケッチを見た時には彼の持つ技術的な欠点を指摘したり、彼と共にスケッチを行おうとしたり、自身の持つ芸術論については饒舌に話すなど、『大宇宙の悪の権化』とも言えるような白面の者や、『ドス黒く燃える太陽』とも称されたフェイスレスとは違い、他人に対する情の様なものを感じる描写も多々ある。
その他、自身に対する評価についても、極端な否定や無視ではない限り、ある程度の『理解できない』という感情であれば容認する姿勢を見せており、自身の話したい事柄を優先する身勝手さこそあれど、話してみれば割と普通の人と変わらなかったりする。
今まで遠大な計画を持ち、腹の底が読めず、緻密な計算と周到な準備であらゆる人間を掌の上で操って来ていた藤田作品のボスキャラの中では、芸術活動を貶されたら怒り、芸術活動の邪魔になると排除する。という、わかりやすい性格をしており、別にそれ以外の事なら何をされても特に動こうとしない。
いわば、芸術家気質を極限まで煮詰めただけの偏屈で孤独な画家であり、自身の持つ芸術観に狂気的である側面を除けば寧ろ過去のラスボスたちに比べて、人間的に真っ当と言える。
人類滅亡の本拠地である双亡亭を作ったのも、そもそもが自身の創作活動の一環であり、<侵略者>の身体を使って絵を描き始めたのも、元々は単に素晴らしい絵の具で絵を描きたいという一心からであった。
その為、物語のラスボスでありながらも、基本的に部下がなだめすかして目的を達成させるために利用する。という形でしか動かず、この性格から<侵略者>の計画における協力者になると同時に、彼の許可が無ければ<侵略者>が計画を達成できない障害になっている。
いわば<侵略者>に対する最初にして最大の防波堤であり、人類滅亡計画を進めながらも、間接的とは言え人間を守ってきたという、珍しい立ち位置を持つボスキャラである。
コメント
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