概要
声:松田健一郎(アニメ版)
『逆転裁判3』第4話『始まりの逆転』に登場。年齢25歳。身長190cm。
本編から6年前、綾里千尋と御剣怜侍が初めて担当した、裁判の被告人の男性。死刑囚にして脱獄犯であり、弁護士にとっては敗訴確実となる裁判の被告人の為、誰も弁護をしたがらず、新人の千尋に仕事が回って来た様だ。後輩である彼女を心配して駆け付け、助手役となった神乃木荘龍も「新人なのに大したクソ度胸だ」と評した。後に師匠の立場となる千尋が自身の弟子に対し、同様の言葉をかけるのは、また別の話である。
大柄で体格が良く、額と鼻、顎には顔を横断する程、大きな格子状の傷がある。『逆転裁判』シリーズ『成歩堂編』の成人男性キャラでは、最も高身長である。シリーズ全作での総合順位は4位となる。彼を越える身長の持ち主は『4』以降に登場する。
口調は片言気味で、言葉に詰まったりすると、いきなり叫んでしまう癖がある。この迫力に気圧されて、何も悪くないのに、千尋が平謝りしてしまう事も幾度かあった。嘘を吐いた事を指摘されると、すぐに涙ぐんで謝る辺り、見た目に反して気が小さい性格らしい。
死刑囚の為、囚人服を着ている他、手には鎖で足首と繋がれた鉄球を持っている。鉄球を持たなければ、歩けない身だから仕方ないとは言え、いささかシュールに見える。事件当時の様子を撮影した写真でも、鉄球を持った姿が映っている。
20歳の時、家庭教師として勉強を教えていた14歳の少女を誘拐して『吾童山』に立て籠もり、山中にある『おぼろ橋』の上で、婦人警官の美柳勇希に追い詰められた末に、人質の少女を橋の上から突き落として殺害した容疑で逮捕された。資産家令嬢だった少女とは恋愛関係にあった。裁判では勇希の証言が決め手となり、有罪判決が下された後、尾並田は死刑を宣告された。
それから5年が経った今回、護送中の事故に乗じて脱走した尾並田は、5年前の事件現場である『吾童山』の『おぼろ橋』に勇希を呼び出して殺害した容疑で再逮捕された。勇希の遺体は、尾並田が移動に使った盗難車のトランクから発見されている。
名前の由来は「涙が美しく散る」から。囚人番号の「073D」は“おなみだ”に因んだもの。
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この先、重大なネタバレがあります!
美しく散る涙
勇希を殺害した真犯人は、彼女の義妹にして5年前の事件の被害者・美柳ちなみである。あの誘拐事件も「ちなみと尾並田と勇希の3人が、身代金代わりの時価2億円のダイヤを換金して、山分けする事を共謀して引き起こした、自作自演の狂言事件」であった。
ちなみの魅力に心奪われ、彼女の言いなり同然だった当時の尾並田は、例の誘拐事件で犯人役となり、人質役のちなみと共に『吾童山』の『おぼろ橋』の上で勇希を待った。やがて勇希が合流するのだが、ここで尾並田は美柳姉妹に裏切られる。勇希には拳銃で撃たれた上に手錠をかけられ、ちなみはその間に身代金替わりの宝石が入ったリュックサックを持って橋から飛び降り、12メートル下の急流に姿を消した。
その後の裁判で、尾並田は勇希の証言によって全ての責任を押し付けられ、死刑に追いやられた。
それから5年が経ち、刑が執行される前に、勇希から裏切りの真意を聞いておきたかった尾並田は、事故に乗じて脱走し、勇希を『吾童山』に呼び出した。そして『おぼろ橋』で5年ぶりに勇希と再会した尾並田は、彼女から「誰かに責任を取らせたかった。あの時は、それしか考えられなかった」という一応は納得の行く答えを貰い、下山するのだが、この時、彼の前に現れたのは「勇希を殺害して彼女に成り済ましたちなみ」であった。
裁判では、検察側の証人として登場した「無久井里子の正体が、5年前に死んだ筈のちなみである」と判明。千尋はちなみの嘘を暴いて真相に迫って行くのだが、彼女の犯行を立証出来るだけの証拠が無かった為、弁護側は最後の手段として尾並田の尋問を要求する。尋問開始の直前、尾並田とちなみは再会するのだが、彼女はこの時「美散さん‥‥。私をお疑いなのですね?仕方のない事です。でも忘れないで。私の運命はあなたが握っているの‥‥」と意味深長な言葉をかつての恋人に投げかけた。彼の証言と証拠品の矛盾から「ついに、ちなみを追い詰められる」と千尋が確信した次の瞬間、尾並田は激しく咳き込み、血を吐いた。
実は彼は5年前に、ちなみと「お互いの事が信じられなくなったら、毒を飲んで心中しよう」という約束を交わしていた。ちなみの本性を知って、彼女を信じる気持ちが揺らいでも尚、ちなみを見限る事が出来なかった尾並田は愚かにも、ちなみとの「約束」を選び、隠し持っていた毒を飲んでしまったのである。彼は証言台から崩れ落ちて息を引き取り、被告人が死亡した為に裁判は続行不可能となり、そのまま閉廷する事を余儀なくされた。そして、尾並田の最期を見届けたちなみは、それはそれは美しく微笑んで、法廷を後にしたという。
尾並田は毒を飲むのを誤魔化す為、事前に「喉が渇いたから何か飲み物が欲しい」と所望し、神乃木からコーヒーを貰っていて、恐らくその中に毒薬を入れて飲んだと思われる。この為、尾並田の最期の言葉は「先生、コーヒーどうもありがとう」という神乃木への感謝だった。アニメ版では床に倒れ込んだ所を、千尋に抱きかかえられて彼女の腕の中で息絶えている。僅かながらに用意された救済措置が、見る者の切なさを一層増す点は原作もアニメも共通している。
ただ、悲惨な最期とちなみの悪女ぶりが目立つだけで、実際のところ
- 唆されたとはいえ狂言誘拐自体は実行する
- 理由こそある物の護送車から逃走し、さらに乗用車を奪う
- 指摘されれば反省して謝るが、割と嘘はつく
- 神乃木に促されるまで狂言誘拐の真相を明かさない
- 自分の感情優先でいきなり自殺を選ぶ
など、彼自身も割と無垢な被害者と言えず、悪意はないが遵法精神に欠けた愚者である事は否定出来ない所では有る。
「目の前で被告人に自殺されるという、この裁判の結末」は、これが初舞台だった千尋にとって余りにも大きな挫折であり、心に深い傷を負った彼女が、再び法廷に立てる様になるまで1年もの時間を要している。裁判に千尋の助手役として立ち会い、依頼人の尾並田のみならず、大切な後輩の彼女にまで心に深手を負わせたちなみに、神乃木は静かだが「許せねぇ‥‥」と強い怒りを見せた。その遣り場の無い怒りはコーヒーを飲む為に持っていたマグカップに向けられ、彼は素手の右手で握り締めて粉砕した。
なお担当検事であった御剣にとっても「判決が下される前に被告人が自殺を遂げるという、後味の悪過ぎる結末」を迎えた事で、千尋にも負けず劣らず嫌な記憶として刻み込まれている。第5話『華麗なる逆転』では、成歩堂から「ちなみに関する話」を訊かれた御剣は「最悪の初舞台だった。私が未熟だったせいで、被告人を死なせてしまった」と振り返っている。