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山猫の死

あるがかのえ

漫画ゴールデンカムイの最終回におけるある種のどんでん返し。 このタグ自体、ある種のネタバレになります。

ゴールデンカムイ最終回のネタバレ注意












































概要編集

漫画ゴールデンカムイの最終盤にて、この作品が誇る二大狙撃手であるヴァシリ尾形百之助による最後の狙撃対決が行れた。

結果は尾形が勝利し、ヴァシリは潜んでいた樹上から狙撃銃を取り落とし、物語から退場した。

その後、尾形は金塊争奪戦の最終局面である函館行き列車に乗り込み、鶴見中尉杉元佐一土方歳三ら連合軍との戦いに首を突っ込むも、紆余曲折の末に自害する形でこの戦いから退場する。

これにて両狙撃手は死亡したかに思えたが、最終回にて、あるロシアの画家が生涯最後まで手放さなかったある一枚の絵が一コマだけ紹介される。


山猫の死

そのタイトルは、『山猫の死』。そして、作者の名前はヴァシリ・パブリチェンコ


1940年に描かれたと言うその絵は現代の日本にて、あるIT企業が三億円で落札したと言う。


推測するに負傷したヴァシリは尾形を探し続けた末に、線路脇で死体を発見。

狙撃手として尾形との勝負に人一倍こだわっていたヴァシリは国境線のときのように再び生き延びた事で、次の勝負を期待していたかもしれない…。しかし、ヴァシリは尾形の遺体を見つけてしまう。

帰国後、ヴァシリは兵士でなく画家に転職した。ライバルと認めた相手が勝ち逃げしたままこの世を去った事で、狙撃手として生きる意味を失くしたと思われる。

『山猫の死』を生きている間に手放さなかったのも、ヴァシリが尾形の死を最後まで引きずっていた何よりの証明といえるだろう。



生き延びた数多くの者が充実した形で締めくくられたが、逆に金塊に関心はなく尾形との勝負しか執着していなかったヴァシリは切ない終幕で描かれた。

ちなみに日本でIT企業が始まったのが約1960年。ヴァシリの年齢が25歳で、金カム開始が1907年以降と考えるとヴァシリは78歳前後まで生きていたという事になる…。

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