概要
どれだけ困窮していても、不正や不義理をしない高潔さを表す故事成語である。
由来は晋の文学者・陸機が詠んだ詩の一説「渇しても盗泉の水を飲まず、熱しても悪木(あくぼく)の陰に息(いこ)わず」。
前半部分は孔子が旅の途中で「盗泉(中国・山東省の北西部にある泉)」のそばを通りかかった際の故事にちなみ、この時彼は喉がからからに乾いていたにもかかわらず「盗」という名前に嫌悪感を示し、水を飲まずに立ち去ったという。
また後半は「暑くてたまらない時でも、悪木と呼ばれるような木の陰で休んだら穢れるから忌むべきだ」という意味であり、一まとめにして「悪木盗泉」とも表される。
類義語に「鷹は飢えても穂を摘まず」がある。