香木の香りを楽しむ『聞香』の成立は室町時代だと考えられています。連歌や茶と同様、東山サロンの茶道として確立され、和歌や物語など文学的情緒のなかで発展してきたのです。組香と呼ばれる、いわば香あて競技のような遊びはこうした文学的雰囲気を母体に、十種香をその基本形として、寄合のテーマや季節に応じて、千紫万紅の遊び方を創出し、その数、数百種とも言われるほどに発達したのです。
とりわけ、源氏物語に想を得た『源氏香』は最も親しまれ、かつ洗練された組香。寛永の頃、後水尾天皇と東福門院和子との華やかな宮廷サロンで京の文芸的復興をかけて、種々の知恵を集めて工夫された文化の代表的なものです。
源氏香では五種の香木を各五包、合計二十五包用意します。その内から無作為に取り出した五包を順不同に炷き(たき)、ひとつひとつの香りを鑑賞します。参加者はその香りの異同を判別し、正解数を競うというものです。各自の答えは『源氏香の図』と呼ばれる独自の図柄で表されます。
五種の香りの組み合わせが五十二通りあることから、源氏物語五十四帖のうち、巻頭の『桐壺』と巻末の『夢浮橋』を除いた五十二の巻名がそれぞれの図柄に付されました。五本の縦線は右から順に、一つめから五つめまでの香りを意味しています。同香と思われるものは上部をつないで答えを完成させ『源氏香図帳』と照合してその図柄に対応する巻名を書き添えます。
一方、簡潔で洗練された『源氏香の図』は、蒔絵や着物、建築、菓子、家紋などのデザインとして、現在でも広く使用されています。身の回りの品々に『源氏香の図』がさりげなくあしらわれている例は浮世絵にも数多く見られ、香文化から生まれたこの優れた意匠がいかに親しまれ、色褪せることなく今日まで伝えられてきたかを物語っています。
外部リンク
知多半島 南知多温泉郷の旅館「源氏香」薫りをテーマにした温泉旅館