概要
9代目の王の長男と正室の母と言う生まれだったが、3歳の時に母が正室を降ろされ6歳の時に死亡。
そのまま皇太子になったものの、これが性格がひん曲がる元であったとしてもおかしくはない。
18歳で父親が死に即位すると、最初はまあまあうまくやっていた。最初は。
だが22歳ごろになると暴走し出し、母親を殺した連中を粛正するなどと言う名目で「士禍」を二度も起こし、さらにこの辺りから全土の女性を集め出した。
その結果成均館(国内最高の教育機関)は妓生たちとの戯れの場となってしまった。
そして例によって例の如くの増税、粛清と言う暴君のテンプレ行為に走る事に。
その結果1506年、クーデターが発生して追放され2か月後30歳で死去。あまりにもひどすぎたんで、諡号なんてもんはなかった。「君」なんて言われるのもそのためである。
ちなみにその母親は悲運の人かと思いきや、夫の愛した女官を殺すなどかなり嫉妬深い人だったらしく同情の余地があるかと言うと……。