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概要

KPはフィンランド語サブマシンガンを意味する「KonePistooli」の略。

アイモ・ラハティ技師は1922年の試作銃M1922を経て、1926年にKP/-26を開発し、フィンランド軍に制式採用された。KP/-26の大きくカーブしたバナナ型弾倉は送弾不良などが多発した。

1930年、KP/-26に改良を加えたKP/-31が開発され、1931年、フィンランド軍に制式採用される。

1939年にソ連軍は約70万人の兵力でフィンランドに侵攻する(冬戦争)。フィンランド軍は劣勢ながらも善戦し、KP/-31を使用するスキー部隊(通称:シッシ部隊)の一撃離脱攻撃により、ソ連軍に打撃を与えた。

この戦訓からソ連軍は、生産中止で予備保管されていたディグチャレフPPD-34/PPD-38を復帰させ、PPD-38の再生産を決定。1940年にはPPD-38をKP/-31に倣ってドラム式弾倉専用にしたPPD-40を採用した。

KP/-31は、1990年代までフィンランド軍で使用されていた。

また、スイス、デンマーク、スウェーデンでもライセンス生産され、大戦中にはフィンランドに駐留していたドイツ軍へと正式に供給された記録も残っている。

性能

KP/-31はKP/-26の装弾不良などの欠点を解決するため、バナナ型弾倉に替えてドラム型弾倉を採用し、セレクターにも改良を加えた。

71発のドラム弾倉の他に20発・40発・50発の複列ボックスマガジンや複々列マガジンも使用できた。

長所としては、ボルトアクションのようなコッキング方式により発射時の反動が少ないこと、銃身交換が容易なこと、レシーバー後部のキャップを回転させることで発射速度の調節が可能であることなど。

短所は本体のみで5kg弱という重量であり、71発ドラム弾倉の装填時、総重量は7.36kgに達した。

仕様

全長875mm
銃身長314mm
重量4870g
弾薬9mmパラベラム弾(9×19mm)
装弾数20/40/50発

余談

「白い死神」と恐れられた伝説の狙撃手・シモ・ヘイヘは、実はサブマシンガンの扱いも上手く、狙撃銃よりKP/-31で殺した敵兵の方が多い。

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