開発
第一次世界大戦末期にドイツで採用されたMP18及びMP28は最初期の短機関銃として知られ、戦間期においてもトンプソン・サブマシンガンと並んで世界各地で使用された。
1935年のドイツ再軍備宣言の後、大幅に拡張されたドイツ国防軍は先進的な軍備を整備しはじめるが、歩兵分隊の火力を容易に強化できる手段として短機関銃を重視し、世界各国に先駆けてその全面配備を行った。
MP18/MP28は第一次世界大戦末期に開発された簡易な構造の決戦兵器だったが、軍は更に生産の容易な短機関銃を求めた。
エルマ・ベルケ社は次世代短機関銃をMP36の名称で試作し、これがMP38として採用された。
第一世代の短機関銃が木製の固定式銃床を持つ従来の小銃からの延長上にあるデザインだったのに対して、MP38は鋼板プレスとパイプで製造された折畳み式ストックを持ち、滑り止め用のグリップ回りはベークライトで製造され、マガジンハウジングとマガジンに反動制御用のフォアグリップとしての機能を兼用させる等、従来の短機関銃とは明らかに一線を画するコンセプトでデザインされていた。
また、リコイル・スプリングを伸縮式のリコイルユニットに収納し、ボルトが後退する際の気体緩衝装置と防塵・防泥カバーを兼ねさせる工夫を追加し、軽量なボルトを用いながら500発/分まで連射速度を抑制する事に成功すると共に、リコイル・スプリングを錆から保護する点でも効果を上げた。
この間に、ナチス政権はオーストリア・チェコを併合して対外拡張政策に転じ、これに歩調を合わせてドイツ国防軍も英仏との衝突に備えて急拡張を続けていた為、MP38は更なる生産性の向上とコストダウンが求められた。
これに対応して、切削加工とアルミ合金鋳造による部品製造を廃し、安全装置を改良した省力化モデルが開発され、これがMP40として採用された他、様々な変更が加えられた数種類のバリエーションが存在する。
基本データ
全長 | 833mm |
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銃身長 | 251mm |
重量 | 4000g |
口径 | 9mm |
装弾数 | 32発 |
バリエーション
MP38
最初に作られたモデル。
マガジンハウジング両側面に円形の穴が開いている点で、MP40と区別できる。
形状や基本性能はMP40と殆ど同じであるが、レシーバーは鋼製パイプを切削加工したもので、グリップフレームはアルミ合金の鋳造部品だった為、生産性に難点があった。
また、他の第1世代の短機関銃と同様に、ボルトを前進状態で停止させておく安全装置がなかった。このため弾倉を装着した状態で銃口を上にして落とすと、慣性でボルトが中途半端に後退して弾丸を薬室に装填し暴発事故を起こすことが有った。 その為MP38とMP40には、コッキング・ハンドルに引っ掛けてボルトを固定する革製ストラップが付属していた。
MP38/40
MP38にMP40/I相当のセーフティー機能を追加、MP40のグリップフレームと在庫の残ったMP38のレシーバーを組み合わせたモデル。
MP40
MP40の初期モデル。
グリップフレームとレシーバーの製造法を鋼板プレス加工部品を溶接で組み合わせる方式に変更して機械加工箇所を大幅に減らしコストを下げた他、国内にボーキサイト鉱山が存在しないドイツにとって貴重資源だったアルミニウムの節約にも貢献した。
MP40/I
マガジンハウジング側面にリブを追加、ボルトを前進状態で停止させるセーフティーを追加。第二次世界大戦中もっとも生産されたモデル。
MP40-II
独ソ戦の開始で遭遇したソ連軍のPPSh-41(71連ドラムマガジン使用)に対抗する為、通常の32連箱形弾倉を2本挿入し、切り替え使用で64連としたもの。
重量増加に見合うだけのメリットが無かった為、ごく少量しか製造されなかった。
MP40/II
伸縮式リコイルユニットを廃止し、リコイルスプリングの張力を強化して代用とした大戦末期の省力生産型。 省力化の代償として1,000発/分近くまで連射速度が高まった(MP40-IIとは別物)。
MP41
警察用の短機関銃として設計された派生型で、木製銃床を装備している。
MP18/MP28の、後継として採用された。
Z45
スペインで製造されたMP40のコピー。1945年から1962年にかけて製造され、使用される弾薬はオリジナルの9×19mmパラベラム弾より強力な9×23mmラルゴ弾に変更され弾道を改善している、発射速度は若干低い450発/分
ツァスタバM56
1950年代にユーゴスラビアにて開発・製造されたMP40風マシンガン。外見こそMP40にどことなく似ているが内部機構は別モノ。7.62x25mmトカレフ弾を使用する。
第二次大戦後
ドイツ降伏でMP40の大部分は連合国に接収された。
損耗して廃棄処分されたものもあるが、ソ連赤軍では元々MP40の人気が高く(ドイツ軍では逆にPPSh-41の人気が高かった)鹵獲品を好んで赤軍兵士が用いていた事も有り、優秀な短機関銃として親ソビエト諸国・勢力に供給され、その一部は朝鮮戦争や第一次インドシナ戦争などで用いられた。
そうした親ソビエト諸国のひとつで、戦中はドイツへの兵器供給に従事させられていたチェコスロバキアでは、ドイツ軍向け規格のKar98kやMP40の製造設備を稼動させて完成品や部品を供給していた。
この時期にユダヤ人反ファシスト委員会を通じてチェコから大量の兵器を購入(実態は密輸)していた建国前夜のイスラエルでは、ハガナー(後の国防軍)の主力短機関銃としてMP40が使用された。 ユダヤ人を弾圧したナチスとユダヤ人による国家イスラエルによって用いられるという皮肉な運命を辿ったMP40には、ヘブライ文字で国家鷲章の刻印が消されている事が多く、国産のUZIが行き渡る1960年代初頭までイスラエルの国防を支えた。
冷戦下の東西両陣営では、自陣営の関与を隠匿したい軍事作戦に、旧ドイツ軍の兵器を用いる伝統があり、両者が頻繁に交戦した中南米やインドシナでは、米国政府関係者とソ連・キューバなどに支援されたゲリラ組織の双方が頻繁にMP40を使用した事でも知られている。
ノルウェーでは1980年代まで戦車兵の自衛用装備としてMP40が配備されていたほどで、戦後になってもMP40は人気が高く、今日でも南米やアフリカなど過酷な環境下で広く使用され続けている。
MP38/MP40には「シュマイザー」という通称があり、第二次大戦中にアメリカで作られたドイツの銃器マニュアル集でもその名で紹介されている。これはドイツの銃器設計者・ヒューゴ・シュマイザーから取られたものであるが、彼はMP38/MP40の開発には関わっていない。この様な間違いが生じたのは、連合軍側がMP18の開発に関わったシュマイザーが、MP40でも同じ様に関わっていたものと勘違いした為である。
戦後になって撮影されたハリウッド映画(後述)では、入手の簡単なMP40がドイツ兵の装備として良く用いられた為、実際の主力装備だったKar98kや大戦末期に大量配備されていたMP43等よりもMP40の知名度が抜群に高くなり、ナチス時代のドイツ軍を象徴する存在として広く認識されている。
また、MP40が実現した“部品のユニット化・プレス加工やプラスチックを利用した大量生産・標準パーツの組み立て製造”といった斬新なアイデアは各国に模倣され、アメリカのM3グリースガンやイギリスのステンガン、ソ連のPPS等を産んだ。
さらに、新種のジャンルとして登場したMKb42/MP43などの製造方法へ発展し、現代軍用銃では主流の設計思想となっている。
弾薬として入手が容易な9mmパラベラム弾を使用している事や、製造後70年近く経った今日でも使用できる頑丈さと性能を兼ね備えている事から、世界各地の紛争地域で使用されている事が報道写真から確認されている他、米国ではMP40を所有する民間人のコレクターも多い。
日本におけるMP38/MP40
第二次大戦中にドイツ同盟国だった日本だが、陸軍や海軍(少数ながらMP18を輸入して使用)においてMP38/MP40が使用された事は無く、日本人の多くがMP38/MP40の存在を知るのは戦後になって流入した映画・テレビ映画を通じてである。
大戦中のドイツ軍主装備として認識されていたMP40は、早くからモデルガンとしての製品化が志向され、1967年にはMGC社から本格的な製品(軟鋼板プレス製レシーバと亜鉛合金ダイカストによる切削加工部品の再現)として発表された。
MGC製MP40には、レシーバとマガジンハウジングの固定方法が製造時期によって異なるほか、鋼板の表面仕上げに初期(実物と同じブルー仕上げ)と後期(茄子色仕上げ)の違いがあり、概して初期型の方が評価が高かった。
MGC製MP40に追随して中田商店からTRC(東京レプリカコーポレーション・後にマルシン工業)製のMP40が発売されるが、MGC製と異なり伸縮式リコイルユニットが省略されており、全体のディテール再現性も低く、発売当初から評価は低かった。
これら日本製モデルガンと実物のMP40を比較すると、日本製は全体的なサイズが若干大きい印象(もっさりとしている)を受け、実物の方がすっきりとした小柄な印象である。
また、廃銃として輸入されたMP38をモデルガン化された物が1点存在し、1970年代の雑誌に“100,000,000円”という法外な価格で広告されていた事でも知られている。
1977年の法改正で軟鋼板プレス製のMGC製MP40は製造・販売が禁止されたが、マルシン製MP40は全体を亜鉛合金で製造して販売が継続された。 しかし、法改正による規制をクリアするためにデザインを一部変更した事もあって評価は更に低下した。
その後、マルシンは全体をABS樹脂で新規に製作したMP40を1984年に発表したが、オリジナルの設計をほぼ再現する事に成功しただけでなく、MGC社や従来のマルシン製に用いられていたデトネータ式(開放発火)ではなく、プラグファイア式ブローバック(密閉発火)を採用して、快調な発火性能を実現した事もあって、それまでの同社製MP40への評価を完全に払拭する製品として、今日でも高い評価を受けている。
同ABS製MP40は、その後のマルシン製エア・コッキング式およびガス使用MP40型ASGの母体ともなっているほか、2006年に放映されたTVドラマ『セーラー服と機関銃』のプロップとしても使用された。
また中国製電動ガンとしてAGMが末期にMP40をベークライトモデル・通常モデルの両方で発売していた。(現在は中国当局の捜査によりメーカーが倒産し絶版状態 ただしStG44に関しては金型を他社が引き継いでいる)そのほかに現在SRC社がブローバック式(ピストンが連動する)タイプのMP40電動ガンを発売している。
余談(正しい持ち方)
映画や漫画で弾倉や弾倉の挿入口附近を握って撃つ姿があるが、厳密に語るとこれは間違い。
射撃時の正しい保持方法は、弾倉の後ろにある湾曲部分の水平溝を掴むのだが現場(戦場)の兵士達には扱いが不便だったのか、前述した間違った方法が定着してしまった。
これはMP41も同様で、木製の窪み部分がその証と言える。