"You Gotta Be Shittin' Me"
概要
敵防空網制圧SEADとは、敵が展開する対空ミサイル(SAM)、対空砲(AAA)などが何重にもなった分厚い防御網に真正面から喧嘩を売る任務のこと。
航空機を撃ち落す、そのためだけに作られた陣地に航空機で突っ込むわけで、じゃんけんで言うとチョキがグーに戦いを挑むようなもの。その危険度というのは下手な制空戦闘任務すら上回り、空軍が任される任務の中では最も危険度の高いものである。
搭載量の限られる航空機は、地上にでかいレーダーを置いて長距離からミサイルを撃ってくるSAMサイト(空対空ミサイル陣地)にどうしても射程が劣ってしまい、犠牲を積み重ねることとなる。
おまけに地上陣地というのはその規模のわりに隠蔽が容易で、敵がレーダー波を照射するまでどこにいるのかわからない、という状況も。
そこで逆転の発想。
「見つかるまでわからないなら、わざと見つかればいいじゃない」
冒頭の一文は、ワイルドウィーゼル機に搭乗した電子戦士官が、この任務がいかに危険であるかを知ったときに発した言葉とされ、以降ワイルド・ウィーゼルに従事する者たちの合言葉になっている。
意味としては「冗談きついぜ」あたりが妥当か。
その源流
ワイルド・ウィーゼルの源流は、第二次世界大戦のころFerretと呼ばれていた任務。
フェレットはその可愛らしい外見とは裏腹に、猟に用いられることもあったりする。ウサギやモグラの穴を見つけ出し、時に内部の住人を追い出して猟師の元へ追い立てるのがその仕事。
巣穴を見つけづらいその目敏さにあやかって、第二次大戦のころ、電子戦で優位に立つために敵のレーダーサイトの分布を偵察する任務のことを「フェレット」と呼んでいた。任務に従事したのは、B-24やB-29のような大型爆撃機。
当時の電子線装備は非常に重く、このような爆撃機ですら爆弾を積み込む余裕が無かったフェレットたちの職務はレーダーを見つけて情報を友軍に伝達する時点で終了しており、実際にレーダーを破壊するのは後続のB-25の仕事。一連の戦術を「ハンター・キラー(捜索役と攻撃役)」と呼ぶことも。
これが技術の発達により、フェレット自ら爆弾を抱えて敵のレーダーを攻撃できるようになり、さらに敵の対空兵装そのものを攻撃する任務まで追加される。
非常にワイルドな方向に性質を変化させたイタチに与えられたのが、ワイルド・ウィーゼルの称号だった。
具体的な戦術
1.SAM側のレーダーの捕捉範囲外、SAMでの迎撃が困難となる低空飛行で接近
2.急上昇しECMで照準を妨害しながらSAMのレーダーを浴びる
3.センサーが受信したレーダー波を頼りに発信源を特定、対レーダーミサイルを発射して敵レーダーを破壊
以上である。
WW2よりも性能が上がったとはいえ、多量の電子機器や大型の対レーダーミサイルを搭載しなければならないワイルドウィーゼル機はどうしても撃破可能な目標の数に限界があるため、ワイルドウィーゼルが敵のレーダーや脅威度の高いミサイルを優先的に破壊し、後続の攻撃機が残りのミサイル発射台や対空砲を攻撃する、という戦術が取られることもあり、こちらも「ハンター・キラー」と呼ばれている。
なお、敵の電子戦能力次第では、ECMが無効化されたり、特殊なレーダー波の使用によりセンサーが機能しなかったりする。
その場合、
1.SAM側のレーダーの捕捉範囲外、SAMでの迎撃が困難となる低空飛行で接近
2.急上昇してわざと目立つように飛んで敵SAMにロックオンされる
3.自機に向けて発射されたミサイルを目視して敵ミサイルサイトを発見する
4.爆撃によってミサイル発射機を破壊
以上である。自殺行為と言っても過言ではない。
対レーダーミサイルなんて上等なものがなかったベトナム戦争時代、ワイルドウィーゼルの仕事はむしろこちらの方が主流であったから、冒頭の一文も納得できるのではないだろうか?
時代が進むにつれて装備、戦術も進歩しているが、迎撃側も同様に進化していく。
空を飛ばなければならないワイルドウィーゼルよりも地面に足を着けていられるSAMサイト側が有利であり、現代に至っても、ベトナムのころの戦術に後戻りする事態は発生している。
なお、湾岸戦争では空中発射式デコイADM-141 TALDや無人標的機BQM-74がハンターとして運用されており、以降もUAVの運用が行なわれている。
更にUAVにレーダー等を搭載して有人機とデータリンクすることで照射されたレーダ波や搭載された様々なセンサーによって発見した目標を有人機に伝達、キラーとなる有人機はレーダー圏外からの攻撃可能となる等、高価なステルス機に更新しなくとも安全性を高める事が出来る研究が進められている。
主な機体
ワイルドウィーゼルⅠ
ベトナムにおいて最初期のSEAD任務を担ったワイルドウィーゼルの元祖。
しかし自ら窮地にとびこむSEADにはいまいち性能が不足しており、早々にF-105に引き継ぐこととなる。
ワイルドウィーゼルⅡ/Ⅲ
F-105複座型に電子戦用の受信機、妨害装置等を追加した機体。とくにG型ではそれまで外装するしか無かった機器を一部内装し、より有効に働けるようになった。
速度が高すぎて近接航空支援には不向きとされた本機だが、ワイルドウィーゼルとしてはむしろ適役で、ベトナムでこの職について以降、他の派生型が早々に後方送りになっていくのとは対照的に、1980年代までF-4に徐々に交替されつつも現役であり続けた。「ワイルドウィーゼルと言えばこの機体!」というマニアも多い。
ワイルドウィーゼルⅣ/Ⅴ
C型は改修が小規模にとどまったためあまり活躍できなかったが、G型は「最も成功したワイルドウィーゼル機」と呼ばれている。
機銃を下ろし、機種と垂直尾翼にAN/APR-38統合型制御/指示セット(CIS)を搭載、全方位からの敵SAMサイトの電波を感知、位置を割り出し、搭載した対レーダーミサイルにデータを送信、真後ろに向けてだって発射できる。
また兵装ステーションにAN/ALQ-131電子妨害装置を装着可能。
こちらも他の派生型に比べて長く現役を務めており、F-4はF-4で「ワイルドウィーゼルと言えばコイツ!」と主張するファンも。
湾岸戦争は最後の奉公となった。1機が被弾で損傷し、手負いでも何とか帰投して緊急着陸を試みたが、3回失敗したのち燃料切れにより海上にて脱出。搭乗員両名とも生還。
レーダーを強化型のAN/APG-68(V)7/(V)8に換装した他、AN/AAS-35Vレーザー照準ポッド、ASQ-213 HTS HARM照準システムをインテーク下のハードポイントに搭載する。性能はF-4より控えめで、探知範囲は前方180度に限られる。
アクロバティックなミサイル回避軌道を行いながらSAMサイトの捜索や電子機器の操作を行うのは至難の業で、今までのワイルドウィーゼルは全て複座型が務めているのだが、単座のF-16CJはオーバーワーク気味。
将来的にワイルドウィーゼルを担うと思われる機体。
非常に高いステルス性を持ち、より安全に敵SAMサイトへの攻撃を実行できるが、単座ゆえのオーバーワークと、ステルス性を活かす場合は機内搭載量の少なさが懸念事項。
前者はF-35の高度な自動化で、後者はレーダー撃破後の攻撃機の投入によってカバーは可能と思われるが、実戦に出てみなければわからない部分も多い。
その他の機体
厳密にはワイルドウィーゼルではないが、同様の任務をこなすものや、SEADにおいて重要な役目を果たす機体
F-4Gとタッグを組んでキラー役を務める。
こちらもF-4GやF-16CJと組んでキラーを務める機体。
海兵隊でSEADを務める機体。原型機であるA-6を大改造して多数の電子機器を追加し、主翼ハードポイントを2か所追加。翼下に電子戦ポッドを複数搭載可能。
海軍版ワイルドウィーゼルである「アイアンハンド」を務める。
これまたアイアンハンドを務める機体で、原型のA-6とは完全に別物。詳細は個別記事にて。
BQM-74「チャカ」
海軍の無人標的機。本来は実弾演習での目標用だが、湾岸戦争ではデコイとして使われた。
イスラエルのF-16 Block40の独自改修機。SEAD用に追加した機材を収めるため、背部にドーサルスパインを追加している。
ハーピー
イスラエルIAI社のUAV。SEAD向けに開発された機体でレーダー波を捉えるパッシブシーカーと自爆用の弾頭を搭載している。徘徊型兵器として発射後は事前に入力された空域を飛行し、照射されたレーダー波を元に高価値目標であるレーダーサイトに突撃、自爆する対レーダーミサイル同様の役割を持つ。
主な武装
ただの爆弾とただのロケット弾。主な用途は急降下爆撃。
対空防御陣地に急降下爆撃などヘビの口にカエルが跳び込むようなものであるが、ミサイルなんて上等なものが回ってくるまでワイルドウィーゼルの武装はこれしかなかったのだ。
対レーダーミサイル。AIM-7のシーカーを交換したもの。対空ミサイルのレーダー波を感知して発信源に向かって飛んでいってくれる優れもの。
しかし初期型はメインの標的であるSA-2「ガイドライン」に射程で負けているという重大な欠点があった。
さすがに改良されたが、その他にも速度が遅い、シーカーを標的にまっすぐ向けてやらなきゃならん(なんと許容誤差±3度)、対応周波数が狭いため敵が電波の周波数を変更するたびにシーカーを変えねばならない、敵がいったんレーダーを止めてしまうとどうしようもない、弾頭が小さすぎて当たっても効果がいまいち、などと問題は山積みであった。
AGM-45を補うために開発されたミサイル。RIM-66艦対空ミサイルをもとにシーカーを交換している。
補足範囲、対応周波数、速度、威力、射程、何もかもが大幅に向上したうえに、目標が真後ろにあってもUターンして命中する。敵がレーダーを切ったとしても発信源の位置を覚えて問題なく突撃する能力を獲得したが、お値段も大幅に向上し、AGM-45の7本分となった。
そのため置き換えには時間がかかり、しばらくの間はAGM-45との併用が続けられた。
後継はAGM-88だが、こちらも置き換えに時間がかかり、AGM-78は80年代まで使われ続けた。
HARM(ハーム)とはHigh-Speed Anti Radiation Missil:高速対レーダーミサイルの略。射程、威力、探知範囲向上、もちろん機体真後ろの標的だって狙える。D型からはGPS誘導も可能になった。
しかしフルスペックを出すには機体側を大幅に改修せねばならず、F-4Gはそのために機関銃を下さなければならなかった。F-16では電子戦オペレータが居ないため、前方180度のみの照準能力で妥協している。
最新型のAGM-88EはAARGM(Advanced Anti-Radiation Guided Missile:発展型対レーダー誘導ミサイル)とよばれている。無理に読めば「アールゴン」というところか。
キラー役のお供である空対地(対戦車)ミサイルの代表格。小型ゆえに一機に多数搭載できてお得。
重量は弾頭や誘導方式により210kg(空軍用)、307kg(海軍用)、297kg(海兵隊用)の違いがある。専用3連ランチャーも使えるが、空気抵抗が大きいのもあって現在では使われない。
こちらもキラー役のアイテム。一発で広範囲の目標を破壊できてこれまたお得。
対空戦車などの機甲目標には、クラスター爆弾の対人散弾では効果が薄いが、搭載レーダーは大きく脆弱なうえに防御できないため、効果は十分期待できる。もちろん高射砲などにはそのまま有効。
ADM-141「TALD」
空軍の空中発射式デコイ。TALDとはTactical Air-Launched Decoy:空中発射式戦術的オトリ機の略。本物の航空機に似せるべく、様々な工夫を加えられつつ現役。
創作において
「イントルーダー 怒りの翼」において、海軍で同様の任務を務めるA-6Bが活躍した……ぐらいしかない(それにこれはワイルドウィーゼルじゃなくてアイアンハンド……)
SEADというのは天下の米軍ですら損害が避けられない命がけの任務なのだが「戦闘機の花はドッグファイトだろJK」という認識が(空軍の中の人の間ですら)一般的で、フィクションでワイルドウィーゼルがかっこよく活躍することはめったにない……
エースコンバットなどの戦闘機物のゲームでは協力プレイで似たようなことは一応可能で、難易度によってはそれをしなければ非常に面倒とSEADを知らなくとも行なうことがあるが、主役となるミッションは残念ながらSEADミッションが入ったフライトシミュレータでもない限りは無い。
敵戦闘機叩き落すF-15、敵戦車を粉々にするA-10、彼らの活躍は、命がけでSEADにあたるワイルドウィーゼルの働き合ってこそのものだということ、どうか覚えておいてほしい