対空戦車とは、対空攻撃用の機関銃あるいは機関砲を主砲として搭載する戦車(の派生型)である。
概要
機甲部隊等に随伴して防空を担当する装甲車両である。
防空とは言っても自分から積極的に敵機を射撃するような攻撃的な役割ではなく、味方に襲い掛かってくる攻撃機や爆撃機等に対して自衛戦闘を行なうのが通常の役割である。
戦車の名が示す通り足回りは全て戦車同様の履帯であり、開発を容易にし製造や修理の際にも可能な限り互換性を持たせる目的から、開発国で主に用いられている戦車と共通の車台を用いているものがほとんどである。
多くは機関砲を搭載しているが、初期にはより小口径の機銃や、フルオート射撃はできないが機関砲より大口径なため威力が高く射程の長い高射砲を搭載したものもある。後者は現在では中~長距離用の地対空ミサイルによって代替されている。
似たようなものに自走対空砲がある。対空戦車も広義ではこれに含まれるが、自走対空砲には戦車以外の車台やトラックを用いているものもあり、軍事関連のサイトでも別扱いされていることが多い。
歴史
構想~試作期
高射砲や機関銃をトラックに搭載した自走対空砲は第一次世界大戦の頃から構想があり、実際に作られたりしていた。しかし、これらは路上では戦車以上の高速を発揮できるものの路外走行では大きく劣り、機甲部隊への随伴は無理だった。また一次大戦では塹壕で両軍が膠着していることが多く、そして航空機がまだ黎明期だったこともあって固定式や牽引式の対空火器で充分なものと言えた。
黎明期
だが、その後の戦車や航空機の発達は凄まじく、固定式や牽引式の対空火器ではあらかじめ用意してある場所を守るのはともかく、動き回る機甲部隊を敵機の攻撃から守るにはその遅さが問題になり、路外能力の劣るトラックでは戦車に付いて行くのはますます難しくなった。さらに当時の対空自走砲はほとんどが防弾能力の無いソフトスキンであり、激しい戦闘に巻き込まれればすぐに破壊されてしまうという脆弱さも問題視されるようになった。
幅広く実用され始める
このため戦車と同等の機動力があり、なおかつある程度の防弾能力を持ち敵の攻撃から車両自身や乗員を防護できるものが必要とされて開発されたのが対空戦車であった。
第二次世界大戦中に実用化されたものが多く、当初は小さいものでは小銃弾を用いる機関銃、大きいものでも20mmクラスの機関砲を1~4門搭載したものが多かったが、射程や威力が不足してきたために、大戦中盤以降には30~40mmクラスの大口径機関砲を搭載したものも実用化された。終戦直前には50mm以上とさらに大口径の機関砲を搭載したものも試作されていたが、これは間に合わなかった。
なお当時の対空戦車はほとんどが砲塔上面を開放式としたものであり、防御力は限定的でしかなかった。また索敵や照準は全て目視であったため敵機発見が遅れ易く、砲塔に動力が無いかあっても弱いものだったために旋回が遅く、敵機について行けないことも珍しくなかった。
戦後飛躍的に進化
戦後しばらくは二次大戦当時のものがそのまま用いられ、新規に開発されたものもその設計は以前と大差無いものばかりであり、ソ連が開発した名前通り57mm機関砲2門搭載したZSU-57-2のように50mmを超える大口径機関砲を搭載したものが実用化されたのが目立つ程度だった。
しかし、車載できる小型軽量なレーダーが開発されてくるとこれを搭載できるように進化した。例えばフランスの「AMX-13対空戦車」は索敵にレーダーを用いたが、目標追尾や照準は目視という過渡期的な存在であった。
この点で画期的だったのがソ連で開発された同世代の「ZSU-23-4シルカ」である。これはレーダーが1基しか搭載されていないものの、索敵、追跡、照準の全てをこなすことができ、しかも機関砲の射撃ともリンクしていた。砲塔旋回用の補助動力も搭載するようになり、高速で飛ぶジェット機にも対応可能な高速操砲ができるようになっていった。
この頃には20~30mmクラスが多く搭載され、小口径への回帰が見られた。
新たな敵に対応して
その後に開発されたもの(ゲパルト)は索敵用と追跡用とレーダーを2基搭載するようになり、追跡レーダーで敵機に照準を合わせ交戦している最中にも別の目標を探知できるようになった。
また機関砲も旧来のものでは不足しがちになった威力や射程を増強すべく30~40mmクラスへと再度大口径化されていった。
とは言っても50mmを超えるような大口径砲を搭載するものは今の所開発されていない。
そして現代へ
大口径機関砲により射程や威力を増加させても攻撃ヘリコプターやこれが搭載する対戦車ミサイル等の進化により、機関砲だけでは射程外から一方的にやられてしまうようになったため短距離型地対空ミサイルを機関砲と併せて搭載するものが増えてきている。このため両者の利点を併せ持ち欠点を補い合える優秀な能力を持つ反面、主力戦車と共通の車台を用いて開発費用を抑えてもなお大変に高価なものになってしまい、主力戦車の数倍はかかるのが普通になってしまっている。このためコストパフォーマンスという点では優秀とは言い難いとする意見も多い。
勘違いされがちではあるが
「対空」とは言っても、自分から積極的に航空機を攻撃して叩き落すことを目的とするものではない。あくまでも、機甲部隊等に随伴しての近接防空が目的であるため、たとえ敵機を撃墜できなくても味方を守れさえすれば充分であり、敵機が攻撃を諦めて逃げてくれれば対空戦車にとっては勝ちなのである(そもそも移動速度の圧倒的な差により、空陸間の戦闘において戦闘開始及び終了(逃走)の決定権を持つのは航空機側のみである)。
もちろん命中弾を与えて損害を負わせた方がいいし、更に撃墜まで出来れば最高なのは当然の事である。
その存在意義
地対空ミサイルが無かった、あるいは数が少なかった時代には近接防空をする方法がこういった車両を用いる以外になかったのでその存在意義に疑問を持たれることは少なかったはずである。
しかし、現在では圧倒的に威力や射程で上回る地対空ミサイル(特に歩兵でも扱えるMANPADS)の発達、前述のようなコストパフォーマンスの悪さにより、存在意義に疑問を持つ意見が増えているのも事実であり、近年は新規開発がほぼ途絶えている。
とはいえ、ミサイルにはほとんどの場合妨害手段が存在し、さらに最小射程があるため懐が甘くなり易いという大きな問題がある。機関砲はこういった手段が通用せず、ミサイル回避を難しくさせるという意味は大きい。実際にミサイルを避けるべくとった行動が元で対空機関砲にやられるケースは数多く発生している。近年では、防空網をくぐり抜けやすいドローンや巡航ミサイルの対策として再評価されつつある。
2022年ロシアのウクライナ侵攻においてロシア軍のシャヘド自爆ドローンを撃墜するウクライナ軍のゲパルト対空戦車
また地対空ミサイルだけでは戦車部隊に襲われたら対抗できないが、機関砲であればいちおう自衛戦闘が可能。また航空機を攻撃するための高い発射速度は敵の歩兵が群がってきた際にこれを撃退するにも役立つし、高い迎角を取れるため建物や地形を利用して上から攻撃してくる相手への対応もできる。(コストパフォーマンスの問題はあるが)使い道がなさそうに見えて、戦場では意外と用途が広いものである。
もちろん機関砲では戦車と戦っても圧倒的に不利ではあるが、当たり所が良ければ勝利できる可能性もある(例えば主砲の砲身に命中すれば相手は射撃不可能になる)。またソフトスキンや装甲車程度の防御力にとっては十分な脅威と言える。
アフガニスタンでのZSU-23-4などはいい例である。