概要
地対空ミサイルとは、地上から打ち上げて敵性飛行物体を撃墜するためのミサイルである。大陸間弾道弾から自国を守る戦略兵器から、戦闘機や攻撃ヘリの来襲から自部隊を守る戦術兵器まで、運用目的に応じて様々なシステムがある。
英語ではSurface to Air Missile(SAM)もしくはGround to Air Missile(GAM)と呼ばれており、SAMの方が略称としてはメジャー。
艦対空ミサイル(Ship to Air Missile)の略称もSAMで完全に被っており、実際似たようなものではあるのだが、混同には注意が必要。
SAMと一つにくくってはいるものの、その形式は「地上から発射する」「目標が空を飛んでいる」という共通点以外は様々。後述する通り、ミサイル運搬車両以外にレーダー専用車両や電源車両など多数の車両を連動させる大規模なシステムから、兵士個人が肩に構えて発射するだけのミサイルランチャーまですべてがSAMである。当然ながら撃墜する目標も得意不得意がはっきりしており、それぞれを別の兵器として用意する必要がある。以下それぞれの分類について詳しく解説する。
高・中高度防空(HIMAD)ミサイル
高度にして10km、水平距離で30kmほどの範囲を狙う非常に射程の長いSAM。HIMADとは"HIgh to Medium altitude Air Defense"の略。
そのカバー範囲の広さを生かし、野戦においては軍団などの直轄防空火力として用いられる他、戦闘機部隊を補完する国土防空手段としても運用される。そのため西側諸国では空軍に配備される例も少なくなく、旧ソビエト連邦では防空軍(その名の通り国土防空任務を専門とする空軍。ソ連などの旧東側諸国では通常の空軍と並列する形でこの種の軍を整備することが多かった)がこの種のミサイルを配備していた。
速度が完全にゼロの状態から高度10kmまで到達する速度を得なければならず、このためミサイル本体とは別に上昇用のロケットブースターが付属しているものも多い。
しかしながら、多段式にすると「上昇用ロケット作動中は全く誘導できない」なんて問題が発生することも。こうなると低空飛行されたらどうにもならない。
そうでなくとも、遠距離の目標(大抵複数)を正確に追尾するレーダーは高価で多数設置が難しく、水平線距離の問題から低高度は苦手としている。
加えて性質上ミサイルがでかい、レーダーもでかいとあって一台のトラックには収まらず、更に射撃管制装置や無線中継機、発電機なんかも必要になるため、一個運用単位が車両十台以上なんてことも。展開した状態はほとんど基地であり、当然迅速な移動には向かず、一旦戦闘が始まればその場に完全に固定して運用する必要がある。
黎明期は核弾頭を搭載したものもあったが、さすがに自分の国に黒い雨を降らせるわけにもいかないので廃れることになった。
機種例
- MIM-104 パトリオット(アメリカ合衆国)
- アイアンドーム(イスラエル)
- 03式中距離地対空誘導弾(日本)
- HQ-9 红旗-9(中華人民共和国)
- S-300 グランブル(ロシア)
短距離防空(SHORAD)ミサイル
射高3km、水平射程10km程度のSAM。SHORADは”SHOrt Range Air Defense"の略。
レーダー、ミサイルサイズともにそれなりなので車1~2台に納まってお手軽安価だが、性能もそれなり。よって常に友軍部隊を範囲に入れるように展開し、近場から攻撃を仕掛けてきた敵機を迎撃、HIMADが苦手な低高度をフォローするのが主な任務。
主に師団・旅団の野戦防空兵力や重要施設の防空用として用いられる。
旧来、SHORADには大口径の高射砲が用いられてきたが、レーダーとミサイルの高性能化や航空機とヘリの性能と運用の高度化に伴って、ミサイルによる対処が重視されつつある。
現在に至っては、高射砲はほぼ完全にSHORAD用の地対空ミサイルによって代替された。
運用の基本は高性能レーダーを備えた指揮管制車両と、ミサイル発射を担当する車両2〜複数台で構成される。またレーダー性能を下げる代わり、一台でレーダーからミサイル発射までこなすシステムにすることもある。
機種例
- レイピアミサイルシステム(イギリス)
- クロタルミサイル(フランス)
- ローランドミサイル(ドイツ)
- 81式短距離地対空誘導弾(日本)
- 11式短距離地対空誘導弾(日本)
- 捷羚防空システム(台湾)
- HQ-64 红旗-64(中華人民共和国)
- 96K6 パーンツィリ-S1(ロシア)
近距離防空(VSHORAD)ミサイル
水平射程5km程度のSAM。VSHORADとはVery SHOrt Range Air Defenseの略で、その名の通りSHORADよりも更に近距離の防空を担当する。
トラック一台に最低限のセンサー、レーダーと小型ミサイルをセットにしたもの。SHORAD以上にお手軽かつ低コストであるため、多数用意して地上部隊にくっつけて使う。後述するMANPADSを車載型にしたものが多いが、車載サイズのレーダーを搭載、データリンクなども活用できるので性能は別物。
この手の防空手段としては高射砲が用いられたSHORADと同じようにかつては自走対空砲が担っていたが、SAM全般に関する欠点として至近距離での即応性が低いという問題があるため、現在でも自走対空砲はミサイルの補完として運用されている。
機種例
- AN/TWQ-1 アベンジャー(アメリカ合衆国)
- 空輸型軽量ミストラルミサイル車両(PAMELA)(フランス)
- 93式近距離地対空誘導弾(日本)
携帯式防空ミサイルシステム(MANPADS)
MANPADSとは"MAN Portable Air Defense Systems"の略。
その名の通り歩兵が肩に担いで運用できる最もお手軽なSAM。当然性能もサイズ相応で、狙える目標も限定される。だがその限定された目標には、むしろ他のミサイルより有利な面がある。実際、こいつのおかげで世界中の航空戦力が戦術の変更を迫られている。
詳細はMANPADS個別記事参照。
弾道弾迎撃ミサイル(ABM)
名前の通り弾道ミサイル迎撃専用のSAM。ABMは"Anti Ballistic Missile"の略。
基本的にSAMの対象は航空機や巡航ミサイルである。そういった目標は脆弱であるから、近場で爆発して破片を浴びせれば撃墜は可能となる。
ところが弾道ミサイルの場合、大気圏からの再突入に耐えなければならないため、堅牢な弾殻を有していることも多い。これを破片だけで破壊するのは困難であり、実際湾岸戦争ではミサイルの破壊力が不足して複数の弾頭の作動を許してしまった。
このため他のSAMと違い、ABMは爆発用の炸薬を搭載せず、徹甲弾頭を直撃させることによって目標を叩き壊すことを目的としている。
当然近距離爆発よりも技術的難易度は高く、迎撃の確実性は低くなる。また、そもそも弾道ミサイル自体飛翔速度が極めて高いため、現代に至っても100%迎撃できるという確証はなく、ゆえに弾道ミサイルは今でも大きな抑止力であり続けている。
ミサイル本体以外はHIMADの設備が流用可能で、HIMADのミサイルを状況に応じて入れ替えてABMとされることも。パトリオットミサイルのシステムで運用可能なPAC-3が日本ではお馴染みだろうか。
ちなみにPAC-3は射程こそ短くなるものの、従来の航空機・巡航ミサイル用としても使用可能である。
機種例
なお、現在のところ地上配備のABMは弾道ミサイルが目標に向けて降下を開始した後(終末段階と呼ぶ)に迎撃するのが限界である。大気圏外を巡航中(中間段階)に早めに迎撃する任務は、さらに大規模な設備を要するので、イージス艦などに艦載して艦対空ミサイルとするのが一般的である。もちろん、大規模な設備を用意すれば地上発射も理論上は可能であり、これをGBI(ground-based interceptor, 地上配備型迎撃ミサイル)と呼び、米国で長年研究が続いている。