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笑いの神様になった男の編集履歴

2020-04-08 22:58:37 バージョン

笑いの神様になった男

またひとつしょうわはとおくになりにけり

笑いの神様になった男とは、読んで字のごとくお笑いをとる芸で神がかり的な才能を発揮し、一時代を築き上げ……そして、去っていった男たちである。

笑いの神様になった男とは、読んで字のごとくお笑いをとる芸で神がかり的な才能を発揮し、一時代を築き上げ……そして、去っていった漢(おとこ)たちである。


代表的な人物

いかりや長介

碇矢 (2004,03,22)

伝説的コミックバンドザ・ドリフターズの古参メンバーにして、メジャーレーベルでのデビュー後のリーダー。『8時だョ!全員集合』や『ドリフ大爆笑』などの昭和を代表するオバケ番組において牽引役を努めた。お笑いコントにはそのクォリティには厳しくも飽くなき追求を注ぎ、その名を不動のものにした。『全員集合』終了後は俳優業へも進出、この方面においても高い演技力を見せ「踊る大捜査線」などでドリフを知らない世代にもその存在感を示した。しかしその一方『ドリフ大爆笑』などではコメディアンとしてお笑いにおいても活動の軸を置き、最後まで「ドリフのリーダー」であり続けた。2003年、急性リンパ腺腫瘍により死去。


桂歌丸

桂歌丸師匠

大きく高視聴率を叩き出した『8時だョ!全員集合』に対して、安定した高さの視聴率を確保し続けている定番番組笑点。その前身番組『金曜夜席』時代からのレギュラー出演者であり、短期間の降板期を挟むもののおよそ40年に渡って出演してきた看板出演者。特に三遊亭楽太郎(現・6代目三遊亭円楽)との「じじい・腹黒合戦」は「解っちゃいるけど笑っちゃう」名掛け合いであった。特に2006年からの司会者時代は大喜利メンバー全員を巻き込む掛け合い合戦となって笑いを誘った。その一方で、噺家として古典落語への飽くなき追求もその生涯の最後まで怠らなかった。2018年、慢性閉塞性肺疾患のため死去。没後に人間国宝・従五位に叙せられた。


志村けん

志村けんさん

上記の「ザ・ドリフターズ」に憧れ、その意気込みと才覚をリーダーであるいかりやに見出され、高校在学中からドリフの付き人として入門した。メインメンバーであった荒井注が健康上の問題を主な理由としてドリフ脱退を申し出た時、脱退する荒井と入れ替わる形で新たなメインメンバーとして正式に加入した。加入後は中々芽が出ず苦しい時期があったが、「東村山音頭」などのヒットで頭角を現し、番組の中においてそのコメディアンとしての才能を存分に発揮した。それにより、当時の子供たちのアイドル的存在にまで名が知られることとなる。『全員集合』終了後は最も歳の近い加藤茶とコンビを組んで後継番組の『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』に出演、一部の企画は自ら考え、所謂仕掛けコントが多かった『全員集合』とはまた違った笑いは師であるいかりやをして唸らせた。同番組の終了後もいかりやとは対象的にあくまで1人のコメディアンとしてお笑いに重点を置いた活動を行い、『志村けんのだいじょうぶだぁ』『志村けんのバカ殿様』など、数多くの冠番組を持つに至る。21世紀に入ってからは『天才!志村どうぶつ園』のようなお笑い直球以外のバラエティにも出演するようになるが、そこにおいても常に笑いを取ることを忘れなかった。また付き人出身という事もあり、後輩のお笑い芸人たちへの面倒見が良かったことでも知られる。2020年、新型コロナウイルスによる肺炎により死去。病状の急激な進行により、発症から僅か2週間でこの世を去る形となった。


横山やすし

横山やすし(漫才師 競艇選手)

西川きよしとのコンビ、「やすしきよし」で昭和の漫才ブームを牽引した20世紀を代表する天才漫才師。

その才能と実力は確かなもので、特に後輩芸人に大きな影響を与えた人物の1人であり、後述するビートたけし(ツービート)や明石家さんまなど、『全員集合』を終了に追い込んだ『オレたちひょうきん族』の主要出演メンバーにとっては伝説的存在であった。また、『笑点』で歌丸に次ぐ古株である初代林家木久蔵(現・林家木久扇)とラーメンを通じた親交があったことでも知られている。

しかし、破滅型の天才であったことが災いし、その性格から不祥事も多く、その度重なる不祥事が原因で西川きよしとのパワーバランスが狂った上、後年のきよしの政界進出もあって、酒にのめり込むようになってしまう。

1996年アルコール性肝硬変により死去。享年53歳の早逝であった。


負の共通点

ここにあげられる芸人に共通することが「不健康な生活をおくっていたこと」である。

具体的には「ヘビースモーカーであった」、又は「酒を浴びるように飲んでいた」という点。

タバコについては志村と歌丸は肺疾患であり、高齢になって体調を崩した時点で禁煙に踏み切るものの、それまでに肺が受けたダメージを回復するには遅すぎた。いかりや・志村・歌丸は享年を考えると決して短命とは言い難いが、結果として煙草がその死期を早めることになった。

酒については横山が浴びるように飲んでおり、それが死に直結している。志村も禁煙はしていたものの上記の面倒見の良さもあり、後輩芸人たちと酒を飲むことはやめなかったという。また歌丸は本人は下戸だが、『笑点』でブレイクするきっかけとなった初期の掛け合い相手の三遊亭小圓遊をやはり横山同様の結果で亡くしている。

これは、芸能界という閉鎖的な社会において、伝統的な昭和の「男は飲む・打つ・寝るをやって一人前」という習慣が他の職業と比較して色濃く、またそのような空気が業界においてかなり後年まで残っていたことが要因であろうと思われる。


生き神様

中には、生きながらにして笑いの神様と讃えられる男達もいる。


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