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笑いの神様になった男

またひとつしょうわはとおくになりにけり

笑いの神様になった男とは、読んで字のごとくお笑いをとる芸で神がかり的な才能を発揮し、一時代を築き上げ……そして、去っていった男たちである。
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笑いの神様になった男とは、読んで字のごとくお笑いをとる芸で神がかり的な才能を発揮し、一時代を築き上げ……そして、去っていった漢(おとこ)たちである。

代表的な人物

いかりや長介

碇矢 (2004,03,22)


伝説的コミックバンドザ・ドリフターズの古参メンバーにして、メジャーレーベルでのデビュー後のリーダー。『8時だョ!全員集合』や『ドリフ大爆笑』などの昭和を代表するオバケ番組において牽引役を努めた。お笑いコントにはそのクォリティには厳しくも飽くなき追求を注ぎ、その名を不動のものにした。『全員集合』終了後は俳優業へも進出、この方面においても高い演技力を見せ「踊る大捜査線」などでドリフを知らない世代にもその存在感を示した。しかしその一方『ドリフ大爆笑』などではコメディアンとしてお笑いにおいても活動の軸を置き、最後まで「ドリフのリーダー」であり続けた。2003年、急性リンパ腺腫瘍により死去。

桂歌丸

桂歌丸師匠


大きく高視聴率を叩き出した『8時だョ!全員集合』に対して、安定した高さの視聴率を確保し続けている定番番組笑点。その前身番組『金曜夜席』時代からのレギュラー出演者であり、短期間の降板期を挟むもののおよそ40年に渡って出演してきた看板出演者(降板期を除けば番組開始当初から出演者した中では最長の落語家でもある)。特に三遊亭楽太郎(現・6代目三遊亭円楽)との「じじい・腹黒合戦」は「解っちゃいるけど笑っちゃう」名掛け合いであった。特に2006年からの司会者時代は大喜利メンバー全員を巻き込む掛け合い合戦となって笑いを誘った。その一方で、噺家として古典落語への飽くなき追求もその生涯の最後まで怠らなかった。2018年、慢性閉塞性肺疾患のため死去。没後に人間国宝・従五位に叙せられた。

志村けん

志村けんさん


上記の「ザ・ドリフターズ」に憧れ、その意気込みと才覚をリーダーであるいかりやに見出され、高校在学中からドリフの付き人として入門した。メインメンバーであった荒井注が健康上の問題を主な理由としてドリフ脱退を申し出た時、脱退する荒井と入れ替わる形で新たなメインメンバーとして正式に加入した。加入後は中々芽が出ず苦しい時期があったが、「東村山音頭」などのヒットで頭角を現し、番組の中においてそのコメディアンとしての才能を存分に発揮した。それにより、当時の子供たちのアイドル的存在にまで名が知られることとなる。『全員集合』終了後は最も歳の近い加藤茶とコンビを組んで後継番組の『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』に出演、一部の企画は自ら考え、所謂仕掛けコントが多かった『全員集合』とはまた違った笑いは師であるいかりやをして唸らせた。同番組の終了後もいかりやとは対象的にあくまで1人のコメディアンとしてお笑いに重点を置いた活動を行い、『志村けんのだいじょうぶだぁ』『志村けんのバカ殿様』など、数多くの冠番組を持つに至る。21世紀に入ってからは『天才!志村どうぶつ園』のようなお笑い直球以外のバラエティにも出演するようになるが、そこにおいても常に笑いを取ることを忘れなかった。また付き人出身という事もあり、後輩のお笑い芸人たちへの面倒見が良かったことでも知られる。2020年、新型コロナウイルスによる肺炎により死去。病状の急激な進行により、発症から僅か2週間でこの世を去る形となった。志村の訃報が全国に衝撃を走らせた事になる。

横山やすし

横山やすし(漫才師 競艇選手)


西川きよしとのコンビ、「やすしきよし」で昭和の漫才ブームを牽引した20世紀を代表する天才漫才師。
その才能と実力は確かなもので、特に後輩芸人に大きな影響を与えた人物の1人であり、後述するビートたけし(ツービート)や明石家さんまなど、『全員集合』を終了に追い込んだ『オレたちひょうきん族』の主要出演メンバーにとっては伝説的存在であった。また、『笑点』で歌丸に次ぐ古株である初代林家木久蔵(現・林家木久扇)とラーメンを通じた親交があったことでも知られている。
しかし、破滅型の天才であったことが災いし、その性格から不祥事も多く、その度重なる不祥事が原因で西川きよしとのパワーバランスが狂った上、後年のきよしの政界進出もあって、酒にのめり込むようになってしまう。
1996年アルコール性肝硬変により死去。享年53歳の早逝であった。

負の共通点

ここにあげられる芸人に共通することが「不健康な生活をおくっていたこと」である。
具体的には「ヘビースモーカーであった」、又は「酒を浴びるように飲んでいた」という点。
タバコについては志村と歌丸は肺疾患であり、高齢になって体調を崩した時点で禁煙に踏み切るものの、それまでに肺が受けたダメージを回復するには遅すぎた。いかりや・志村・歌丸は享年を考えると決して短命とは言い難いが、結果として煙草がその死期を早めることになった。
酒については横山が浴びるように飲んでおり、それが死に直結している。志村も禁煙はしていたものの上記の面倒見の良さもあり、後輩芸人たちと酒を飲むことはやめなかったという。また歌丸は本人は下戸だが、『笑点』でブレイクするきっかけとなった初期の掛け合い相手の三遊亭小圓遊をやはり横山同様の結果で亡くしている。
これは、芸能界という閉鎖的な社会において、伝統的な昭和の「男は飲む・打つ・寝るをやって一人前」という習慣が他の職業と比較して色濃く、またそのような空気が業界においてかなり後年まで残っていたことが要因であろうと思われる。

生き神様

中には、生きながらにして笑いの神様と讃えられる男達もいる。

お笑いBIG3

タモリ


昭和後半から平成にかけてを代表するコメディアンの1人。他の「笑いで偉大になった人」が「ゲラゲラ笑える笑い」が多いのに対し、「クスッと笑ってしまう」笑いを得意とするインテリ系コメディアン。昭和末期から平成の大半にかけて『笑っていいとも!』のMCを努め、日本を代表する「お昼の顔」であった。現在はブラタモリなどバラエティ番組のMCを務めるが、そこでも笑いを取りに行くことは忘れていない。

SEKAI NO KITANO。


上記「やすきよ」の昭和漫才ブームの際にお笑い漫才コンビ「ツービート」としてデビュー一時期“土曜8時戦争”で無敵を誇ったTBSの『8時だョ!全員集合』に対しでフジテレビがぶつけたオレたちひょうきん族の中でも特に印象に残る出演者となり、お笑い界の頂点の1人となった。その後、本名の北野武名義で映画監督となり、自ら主演。海外には映画監督としてその名が知れ渡っている。その一方で、『世界まる見え!テレビ特捜部』のオープニングショーなど、など、お笑いに注ぐ情熱も失ってはいない。

明石家さんま


ボケ・ツッコミ・ノリツッコミ何でもできてしまうお笑いの才能が服着て歩いているような人物。他の芸能人の何気ない話題を爆笑ネタに変えてしまうという特技の持ち主。他の芸能人を弄る一方で、自ら身体を張ることも躊躇わない。特にビートたけしとは『ひょうきん族』以来の腐れ縁で、たけしと共演するとだいたいひどい目に遭う。
だが、彼のお笑いにかける情熱は、実は幼少期の自らの恵まれない過去故とも言われている。また、日本航空123便墜落事故から辛くも逃れたというエピソードも持っている。


ドリフの後継者達

桑田圭介


自称「目立ちたがり屋の芸人」。一般には音楽バンドサザンオールスターズのリーダーとして知られているが、マイクを握らせたが最後一度はお笑いを取らないと気がすまない性格の持ち主。サザンがブレイクする前の一時期、ドリフのメンバー入りを打診されたこともあったとか。ミュージシャンとして日本では知らぬ者のいない人物だが、ライブでは地上波の中継がないことをいいことに好き勝手放題で観客にエロスと笑いを届ける男として、ファンには知られている。ある意味、音楽にステ振りしたドリフの後継者。

ダウンタウン 浜ちゃん カラー1


お笑いコンビ「ダウンタウン」のツッコミ担当。そのツッコミは相方の松本人志に留まらず、他のどんな重鎮と呼ばれるような人物でも、ちょろっとスキを見せようものなら即座にツッコんでお笑いに変えてしまう。その実力は、上記の志村けんをして「芸能界で俺を殴れるのはお前だけだよ」と言わせるほど。

笑いの神様になった

邦子さん


『ひょうきん族』でブレイクした芸人の1人。それまで女性のお笑い芸人は男性芸人の前座・添え物的な扱いを受けていたのが、彼女は女性お笑い芸能人としてタレント好感度ナンバーワンにまで上り詰め、冠番組を頂き、笑いのジェンダーフリー化を果たした。現在女性お笑い芸人が数多く活躍しているのも、彼女の功績が大きいものと思われる。

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