概要
妖精哲学とは何か?
三信を語るにはまず、それが属する妖精哲学という物について、解説が必要である。
妖精哲学とはニコニコ動画黎明期より頻布されていたゲイ・ムービーレスリングシリーズの空耳に対して、そこから人とは何か、どうあるべきかを追究する者が現れた事に端を発し、その彼らを所謂“妖精哲学者”と定義する事から始まった、一種の学問であり、文字通りの哲学である。
そしてそれら妖精哲学者たちが、レスリングシリーズより発見した普遍かつ不変の原理が下記の妖精哲学の三信と呼ばれる三文であった。
尚、妖精哲学者の他に同様の論理追究を行う者たちに兄貴(開祖であるビリー・へリントン)哲学者という語も散見されるが、用法、意味に特に違いがみられない為、本項では同意義の言葉と推定し・・・妖精哲学者=兄貴哲学者として統一するものとする。
三信は主として以下の三つに識別される。
・だらしねぇという、戒めの心
・歪みねぇという、賛美の心
・仕方ないという、許容の心
これは妖精哲学開祖であるビリー・ヘリントンやその使徒たちを論ずる妖精哲学上に於いて絶対普遍の真理とされており、この教義の域を外れた妖精哲学上の議論は論理的には破綻するとされている。
(例・・・パチュリー、ウッ!→どういうことなの・・・:論が崩壊しているため相手に意味が伝わっていない状態。)
三信における妖精哲学者の定義付
妖精哲学者つまるところの、レスリングシリーズファンたちに於いてはこれら三つの訓えを守れぬ者は妖精哲学者に非ずという異端のレッテルを貼られてしまう事になる。
ただ、逆に言えばこの訓えを守り抜いた者こそ、人の殻を捨て、人の新たなるステージであるニュータイプへの覚醒に匹敵する“ゲイパレスへの扉に至る悟り”を開くことが可能になるとされる。
現状
しかしながら未だ隆盛を極める妖精哲学も、若手視聴者の間では顧みられることが少なく、妖精哲学者の間にはこれらの教義の教育を義務化すべきだ、という声も上がっているという。
意外な信望者
因みにレスリングシリーズは本来釣り動画であり、当然ながら違法アップロードによる映像が基礎部分となっている・・・が、実は取り締まる側のニコニコ動画運営もこの妖精哲学の三信を信望している事をカミングアウトしており、妖精哲学界に衝撃を与えた。
付記
平成30年3月2日、妖精哲学の開祖であるビリー・ヘリントン師が49歳の若さで逝去した。
妖精哲学だけではなく、三信に含まれる寛容の心を体現した巨人の死去に、ニコニコ動画方面を含めた各界に大きな影を落とした。
日本におけるネット各方面の自らの映像使用、或いはニコニコ動画におけるMAD製作者の活動、或いはニコニコ動画超会議への出演、或いはニコニコ動画名誉コモンへの就任など、ニコニコ動画運営とニコニコ動画ユーザーを暖かく、そして寛容に見守り続けた師の姿勢は一つの生きた教材として残り続ける。
ご冥福を心よりお祈りします。
↑ニコニコ超会議における兄貴の演説。ユーザーの意識向上を訴えた映像
関連タグ
源流
三信の本文
その他
プラスティック・メモリーズ:最終話にて妖精哲学の三信なる貼り紙があった。