概要
小説及び漫画作品『悪役令嬢の中の人』に登場する、魔族の王。魔王。
瞳には「相手の嘘を見抜く」能力がある。
肉親に弟クリムト、妹ミザリーがいる(両親は既に他界。クリムト、ミザリー以外にも数人の弟妹がいたが、後述する経緯で他界している)。
人物像
一見するだけでも「絵に書いたような恐ろしい魔王」然とした堂々たる姿を見せており、人間ならば凡人は愚か国王や歴戦の騎士でさえもあまりの凄みある威圧感に冷や汗を流すほどの迫力を持つ。
単身で国一つ滅ぼせるほどの絶大な魔力も有しており、まさしく魔を統べる王と呼ぶべき人物である。
エミが前世でプレイしていた乙女系RPGゲーム『星の乙女と救世の騎士』(以下「オトキシ」)に登場する隠し攻略キャラで、ゲーム内では「140歳を迎えた同時期に狂化に苛まれ、クリムトを殺してしまう」という運命であり、「同胞の為に悪女レミリアと契約し、魔族が狂化に悩まされずに住む土地を欲して人間国を滅ぼそうとし厄災を引き起こす」という設定だった。
作中本編においても、魔族が持つ「狂化」という呪いを浄化するため謁見を申し出た主人公レミリアに対して(ゲームと異なりクリムトがまだ死んでいない時期に対面した事で精神的にまだ余裕があった事もあり)当然警戒し、事によっては始末することも視野に入れていた。
しかし、レミリア(がエミとして演じた)の心優しい性格と人を救わんとする覚悟に触れ、次第に心を許すようになり、彼女と共闘し自身や魔族が長年悩まされてきた「狂化」を浄化することに成功してからはすっかり人間としても異性としても彼女に惚れ込み、側で協力するようになる。
レミリアに恋心を抱くようになってからは彼女に対して終始クーデレで、中々告白する勇気が出ずクリムトやレミリアの側近スフィアに呆れられるヘタレさや、レミリアに対して「縛り付けることはしたくない」と思いながらも自身の瞳の色と同じ色をした宝石や自身の髪と同じ色をしたドレスを身に着けさせる(本人曰く「虫よけ」。なお魔国の文化ではコレは婚姻に用いられる行為である。)などのセコムっぷりが目立つようになり、いわゆるわんこキャラへと変貌していく。
クリムト「相手が魔国文化をよく知らないレミリア様だから見逃されてるだけで、知ってたらドン引きされてもしょうがないって分かってる…?(意訳)」
アンヘル自身の視点で語られた番外編や後日談では一層その一面が強くなっており、挙句には「レミリアに膝枕されて耳かきをしてもらうために邪魔な自身の角を切り落とそうとする(因みに一度切り落とした角は二度と再生しない)」という自己欲求丸出しの暴挙に出ている。
それ故にレミリアを傷つける者達には魔王さながらの恐ろしい程の激しい怒りと冷酷さを顕にする。中でもレミリアを陥れた元凶であるピナに対しては「思わず縊り殺しそうになった」と憎悪のあまり殺意すら抱いており、「死を望むほどの罰を与えるのは最低限必要だ」とすら考えている。
国王がたじろぐほどの威圧感溢れる魔王としての面、その反面レミリアに対してのヘタレぶり、そのギャップに魅力を感じた読者は少なくない。
『相手の言葉の嘘を見抜く魔眼』を持つが、「相手がそれを真実だと思い込んでいる」場合は機能しないという弱点がある。
たとえそれが荒唐無稽な馬鹿げた提案であっても、心の底からの本心でそれを提示されてしまうとたとえ直前まで怒髪天を衝く怒りを抱いていても真偽が読めずに混乱してしまう。
(クリムトからも「(兄は)相手の嘘が読める分かえって交渉事が大雑把になってしまう」とダメ出しされている。)
特にコミカライズ版において、レミリアの一点の曇りも無い世界を救うという宣言と覚悟には強い衝撃と深い感銘を受けていたり、一方で全方位に喧嘩を売るような爆弾発言とともに求婚の提案をしてきたピナが、その発言に一点の嘘も疑いも感じていない事態に、ドン引きや困惑を通り越して怯えているかのような表情を見せた。
(これは聡明なレミリアを貶めたという相手だけに、ピナを相当な知恵者と警戒していたぶんの大き過ぎるギャップのせいもあると思われる。)
過去
アンヘルの人生はまさに魔族が持つ「狂化」の呪いによって狂わされており、両親も狂化の影響により喪っている。
上記のようにレミリアによって浄化される以前は狂化に解決方法などなく、狂化に苛まれてしまった魔族は周りの肉親を喰らうか自分自身を殺してもらうことでしか狂化を解除できなかった。
先代の魔王であったアンヘルの父親は狂化への対策を探すため長年苦心していたが、結局自ら狂化に苛まれてしまい、ミザリーを襲いかけたところを妻であったアンヘルの母親が庇ったことで彼女を食い殺してしまう。妻を食らったことで正気に返った父親は愛する妻を殺してしまった事実に絶望し、アンヘルを含めた子どもたちをおいて自殺してしまった。
アンヘル自身も父親を殺そうとして返り討ちに遭い瀕死の重傷を負うが、父親に食われながらも最期の力を振り絞った母親が施した治癒魔法で一命を取り留める。
その後アンヘルは幼くして王の地位を継がねばならず、自身もいつ狂化に苛まれるかわからない状況の中で狂化の原因が魔族の国の地で発生する瘴気だったことを突き止めるが、有効的な解決方法を発見するまでには至っていない。
それからは、魔界における最強の戦力として狂化に対処するとともに、瘴気の影響で湧き出るモンスター討伐に領地を駆け回り、並行して貧しい魔国を何とか切り盛りする日々を続けている。
なお、兄である自分とともに暮らす道を取ったクリムトとミザリー以外の弟妹3人を瘴気のない人間国に送ったが、3人共に先立たれている。
そのため、遺された唯一の肉親である弟達や魔族の民を守るため苦悩するあまり、孤独で冷酷な王へと変貌していった。
とは言え、その冷酷で苛烈な態度も、狂化した国民たちを己の手で討つ王としての覚悟と罪業を一身に背負う責任感故であり、「国や魔族のために必要なこと、正しいこと」といった割り切りや言い訳を一切せず、あらゆる意味で同胞たちを泣きながら斬り捨て続けてきたその魂の在り様は、誰よりも高潔かつ慈愛に溢れている。ソーン曰く、「あの方ほど命とまっすぐに向き合っている人などいなかった」。
実際、レミリアが自領で取れた食材(魔界から逃がされ、彼女が保護した魔族たちが作った作物など)を持ち込み、それで作られた夕食を口にする際には感慨深げにしていた。
そんな彼の内心や苦悩を知る身内や一部の魔族からは深い敬愛を受けており、その生き方が報われて欲しいと強く願われている。
レミリアもそんなアンヘルを「家族や民を守るために冷酷にならざるを得なかった孤独な王」と評し、救いたいと考え行動を起こした。(無論「エミならそれを望むだろうから」と考えた故のことではあるが)
故に、レミリアの介入がないゲーム内では、魔族が狂化に悩まされずに住む土地を欲して人間国を滅ぼそうとし厄災を引き起こすという邪悪な王へと堕ち、果てには主人公である星の乙女を「狂化を治す力を持っている可能性がある」として捕縛しようとする悪役と化してしまっていた。
もしも本編でレミリアが魔族の国を訪れずアンヘルを救わなかったら、原作ゲームの通り恐ろしい事態へと発展していたやも知れない。
とは言え、星の乙女が瘴気を浄化できることを知れば、瘴気が狂化の原因であることまでは突き止めていた魔王アンヘルがその力を求めるのは無理からぬことであったのだろう。
「狂化」とは
曰く、「魔族に訪れる『滅びの時』」。これが必ずしも当人の死と同義ではないことが尚更タチが悪い。
前兆無く突如として発症し、魔力が暴走して発狂同然に精神が錯乱、暴走状態になってしまう。
発症するタイミングは個人差があるが、基本的には魔力の弱いものほど発症しやすい。
狂化した魔族が理性を取り戻す方法はただ一つ、「魔力を持つものを死ぬまで喰らうこと」。
しかも、仮にこの方法で理性を取り戻したとしても再発の可能性は残る。そのため、罪悪感と再発の恐怖から自死を選ぶ魔族は少なくないという。
結局のところ、周囲の犠牲を防ぐだけでなく、狂化した者の尊厳を守りたいのならば、その場で殺害して処理するしかない。そして、その現実を知るからこそ、発症する前に死を望んだり、周囲に被害を出さずに収めて(殺して)くれた相手に、最期に感謝を告げるものも多い。
そんなことが出来る力量と覚悟のある者がそうそう居るはずもなく、アンヘルは魔族の王として、その役目を独り果たし続けていた。
また、アンヘルが伴侶を娶らなかったのも、「自分よりも先に子が狂化してしまったら」という可能性を恐れていたからでもある。
……では、魔王であるアンヘルが狂化してしまったらどうなるのか?
弟クリムトは、まさにその時のための安全装置として、魔王アンヘルの傍らに仕えていたのである。
当然ながら、アンヘルがそんな最悪の事態を、そして歴代の魔王たちもこの地獄のような状況を手をこまねいて座視し続けるわけもなく、狂化を防ぐ、或いはせめて遅延させる・発症の原因やタイミングを知るための手段を探し求めていた。
そして数百年もの長きに渡って研究を続けてきた結果、その原因が瘴気にあることを突き止め、瘴気への耐性の低い(つまり魔力の弱い)子どもたちを人間の世界に送って辛うじて命を繋ぎ、瘴気の影響で瘦せ衰える大地の上で、ギリギリの生存戦略を続けてきた。
実際にソーンはそのようにして王国に送り込まれ、商人として魔族と魔王アンヘルのために尽くしてきた魔族の一人である。
しかし、アンヘルが140歳の誕生日を迎えたその日に、遂にタイムリミットを迎えてしまう。
コミカライズ版では、オトキシ本編内のイベントとして狂化に呑まれて喰い殺してしまったクリムトの亡骸を抱きしめて慟哭する様子が描写されており、そのシーンを見たエミは滂沱の涙とともに「運営は……人の心ないんか……?」と零した。
おそらく、この時のアンヘルの絶望と、本来のレミリアの絶望とが嚙み合ってしまった結果が、オトキシ本編における災厄の根本原因だったのだろう。
なお、オトキシ本編において、瘴気の原因である「堕ちた創世神」のダンジョンにおいて、エンカウントや設置アイテムがない代わりに、「進行に合わせて『浄化』を使わないと仲間がランダムに狂化する」というステージギミックとして扱われている。その中で、「魔族は瘴気の耐性が強い代わりに浄化魔法が使えない」というバランス調整が行われていたようだ。
これらのエミの知識を踏まえた上て、「浄化魔法を使える人間から定期的に浄化を受ければ、狂化する魔族はいなかっただろう」とレミリアは看破している。
ただし、このことを知ってしまえばアンヘルは自分を責めてしまうだろうという判断から、「この解決手段は創世神を浄化した後に、浄化の女神レンゲから授けられた」「天界の王が浄化の女神を監禁していたせいで、魔族は浄化の力を知ることができなかった」ということにして収めている。
(仮に「浄化魔法で狂化を抑えられることを知っていたのか」と問われたところで、「知識はあっても確証がなく、希望を与えて落とすようなことはしたくなかった」「根本原因である瘴気を取り除くことが先決であると考えていた」とでも答えれば落とし所は作れる。どちらも嘘ではない)
余談
レミリアとの関係について
嘘を見抜く瞳を有していながらも、エミの記憶によりアンヘルの能力を事前に知っていたレミリアはその力を逆手に取り、嘘をつかずにアンヘルが自身に好印象を持つように接しているため、レミリア自身の本性には全く気づいていない。故に、アンヘルが愛しているレミリアはあくまで「エミとして演じている心優しいレミリア」であり、レミリア本人とは打ち解けてはいない。
しかしレミリアがアンヘルに対して語った「優しい人(エミ)が安心して暮らせる世界を作りたい」という想いは紛れもなく本物であり、レミリア自身もアンヘルやクリムト達を復讐の道具として利用しつつも「ウィリアルドと違い民と国の未来のために私情を殺して行動できる為政者」と認識しており、「彼なら薬に惑わされることなくエミのレミリアを愛してくれるはず」「そんな彼ならわたくしも愛せる」とクリムトと同様にアンヘルに対して絶大な信頼を抱いている。
またアンヘルは、ピナに対してレミリアの本心と同様に「死という救いは許さない、永遠に生きながら苦しみ続けさせる」「ピナの偽証に関わった者、レミリアを信じなかった者達に許しを与える必要はない、どんな目に遭っても自業自得」という全く同じ考えを抱いている為、レミリアの本性を知ったとしても愛想を尽かすことはないのでは、という見方もある。
この事実を踏まえると、ゲーム内では共に「愛する人(レミリア)に救われず、愛する家族をその手にかけた絶望とともに厄災を引き起こした魔王」アンヘルと「愛する人(エミ)から愛を受けず、人の愛を知らぬまま絶望とともに世界を破滅に導いた悪役令嬢」レミリアの二人はどちらも「愛に救われなかったら悪へと堕ちていた」という共通点がある。また、「愛する人のためならば自らの犠牲も厭わず、愛する人を傷つけた者には激しい憎悪を抱く」という点も同じである。
さらに原作者であるまきぶろ氏がIF世界線として描いた番外編「悪役令嬢にならなかった〇〇」では、アンヘルは「エミのレミリア」と結ばれることはなく、ウィリアルドの友人として城に遊びに来た際に「エミのレミリア」がウィリアルドとの間に産んだ「リリィ」という名の赤ん坊にまるで何かを求めるように手を握られ、「成長したら結婚するのでは」と茶化されるという内容となっている。エミの数々の発言から推測するにその赤ん坊の正体は...
このことから「アンヘルが愛しているのはエミではなくレミリアなのでは」「2人は相思相愛なのでは」と捉える読者もおり、意見が分かれている。