概要
17世紀後半~18世紀前半にかけて活躍したイタリアのバイオリン職人・アントニオ・ストラディバリが制作したもの。彼の名前にちなんでストラディバリウス。
そのいずれも世界有数の名器であり、2000年以上経った現在でも最高峰のバイオリンとされる。数億円で取引される事もあり、日本音楽財団では無償でレンタルがなされている。
その価値ゆえか、小説やドラマ、漫画などの『創作物の世界』では、「ストラディバリウス」が原因で何人もの人が命を落としたり、犯罪に手を染めたりしている。
可能な限り謎に迫る
なんでそんな事になっているのかというと、このバイオリンの音色を再現する事が事実上不可能だからである。
ストラディヴァリ独自のノウハウが多数詰め込まれており、科学的に分析しようにも類似の材料すら見つからないしそもそも数億円の価値をもつ代物を気安く分解出来るわけもない。そしてストラディバリは製法を遺さず、後継者もいなかったのでロストテクノロジーとなってしまい、どうやって創ったのかは謎のまま。単に記録がめんどくさかったのか、「ワシ一人が作れりゃいいんじゃ!誰にも教えてやらん!」とでも考えていたのか、それはストラディバリ自身にしかわからない。
いずれにせよストラディバリウスはどこを取っても超絶技巧が凝らされていて、一際薄く削られた表板(CTスキャンで測定した数値で同じもの作ったら壊れるくらい)がなぜ弦の張力に耐えられるのか、ホウ砂を使ったのは本当に防虫効果が目的だったのか、表面を覆う所謂『黄金のニス』一つとっても、都市伝説的な「押さえると指紋が残るが翌朝には消えている(ウソです)」などというヨタ話が独り歩きするほど謎。
実際に何が必要だったのかは、バロック期の張力の低い時代と近代の改修後の時代の経年変化をそれぞれ百年単位で検証しなくてはならないだろう。
近年の研究によると、ストラディバリが活躍した17世紀は小氷期という地球規模の寒冷期で、木の成長が遅く、結果としてバイオリンを作るのに適した引き締まった木材が手に入りやすかったのではないかという説が有力。温暖化しまくりな昨今では匆々手に入らないが、人工的に木材を引き締める技術が開発されたこと・先述のCTスキャンによる設計図で、本物に近いバイオリンが再現された。
……が、まだ何かが足りないらしく、専門家はもちろんバイオリンを嗜んでいる程度のお笑い芸人も本物のストラディバリウスの音色を当ててしまっている(NHKのチコちゃんに叱られるより)。
誇張でもなんでもなく人類のロストテクノロジーの一つなのである。
と、ここまで持ち上げてきたが、ストラディバリウスに関しては近年その神秘性をぶち壊しにする衝撃的な実験結果が報告されている。
それはズバリ、現代のバイオリンと比べて別に音がいい訳ではない、どころかむしろ現代バイオリンの方が音がいいものが多いという内容である。
この実験は2010年にインディアナポリス、2012年にヴァンセンヌで行われ、それぞれ徹底した二重盲検で演奏者と聴衆双方が今使っているバイオリンが何なのか分からなくしたうえで、ストラディバリウス含むヴィンテージバイオリンと現代のバイオリンを演奏して比較した。
すると、なんと演奏者も聴衆も揃って現代の新作バイオリンの多くに得点を高くつけたのである。特に2010年のテストでは最も悪い楽器だとして多くの演奏者からマイナス評価を付けられたのはよりにもよってストラディバリウスの一本だった。
また、2012年の実験においては「今弾いている楽器は新作楽器かビンテージ楽器か」を当てるテストも実施されたが、演奏者は今演奏している楽器がビンテージか新作かを区別することが出来なかった。
以上を以て、ストラディバリウスは現代においても突出した存在という訳ではないと結論付けられたのである。もっとも、決して音が悪かったわけではないので、むしろ製作技術の進歩した現代のバイオリンと渡り合えたことを褒めるべきなのかもしれないが。
ストラディバリウスが1/100の価値の現代バイオリン(それでも最高級ではある)に敗れたという結果は、既に現代のバイオリン製作技術はストラディバリウスのそれを超えているという事と、ストラディバリウスという空前絶後のネームバリューによる思い込みの力は強いという事実を示唆したと言えよう。
関連タグ
ルナサ・プリズムリバー:バイオリニスト故か、彼女の技にこの名を持つものがある。
古刀・サフィレット:製法を記した資料がなく、再現できないロストテクノロジーの有名どころ