概要
ピストとは、競技用自転車の1種。
姿容はロードレーサーに似ているが、専用の周回路(トラック)での競技が前提で、公道走行に必要なベルや反射板は勿論、制動装置(ブレーキ)やディレイラー(変速機)すらない極めて単純な自転車である。
フリーハブも無くリアスプロケット(ピスト業界では「コグ」と呼ばれる)とスポークハブが直結されているため、車輪が回転している間はそのままペダルも回転し続ける。つまり停まるときはペダルの回転方向と逆向きに力をかければ停まることができる(これを「バックを踏む」と言う)が、通常のブレーキよりもかなり不便で、速度によっては危険も伴う(急に止まろうとすると慣性の法則からギアが止まらずペダルクランクが強制的に持ち上がって、高確率で運転者だけが前方に投げ出され「頭から」落車する。普通の自転車なら過回転では空転し力が逃がされ、このようなアクシデントは起こらない)。
つまりは「急に止まれない自転車」であり、同時に「急にムリヤリ止まろうとすると落車する自転車」と言える。
漕ぐのを止めても自転車が進んでいる限りペダルも回転し続ける特性上、足を固定せずに乗っていると最悪回転するペダルが脚部に直撃し怪我をしかねない。そのためトゥクリップと呼ばれる固定具をペダルに装着して足(シューズ)とペダルを固定して乗車するのが一般的。足を固定するということは停車・降車に一手間かかるということにもなるので、公道走行用のピストでは普段使いの利便性を考慮し、リアホイールに固定ギアのコグとフリー機構を搭載したシングルギアを左右に装着し、ホイールを反転することで両方の特性を楽しめるようになっているものもある。
日本を始めとした数多の国々では、ブレーキや反射板・前照灯・ベルなどの保安部品が無い状態(あえてノーブレーキピストと呼ばれる事がある)で走行させると違法行為となる。
1970年代以降アメリカでは部品が少ないため整備が簡便で安上がりということもありメッセンジャー(自転車便)に多用され、日本でも2000年頃以降にアメリカンカルチャーをかじったデザイナーやアーティスト、ミュージシャンによって「カッコいいニュースタイル」として幾度となく(時に実演付きで)紹介されてポップデザインやアートモチーフとして取り入れられ、果てにアメカジブランド(NIKEなど)に煽られる形でメッセンジャーバッグなどファッションを含めて人気となった。
しかし、道路交通法の周知が追いつかずに"本来の姿"で走行した車両が重大な事故を発生させたこともあった。そして従来の自転車好き(ランドナーツーリスト、ロードレーサーやロードレースの愛好層、さらにはピストを最も熟知する競輪業界および愛好者など)からは「このような(ファッションとしての)ピスト(を含む自転車)の取り上げ方は違う。交通事故を増加させる、あってはならない事だ」として非難の対象になった。
ただし、ここで注意しておきたいのはピストそのものが非難の対象になったのではなく、あくまでも「ノーブレーキピストを公共の場所(公道や公園)で乗り回している行為」が非難の対象になったのだ、という事である。
2013年にはブレーキ装備を外した自転車(このケースではBMX)を運転した上で警察の通告も無視した事から初の逮捕例が出た。
また、この年には東京都が自転車安全条例を制定し「自転車小売業者は、自転車の利用が道路交通法その他の自転車の交通又は安全性に関する法令の規定に違反することとなることを知って自転車を販売してはならない」と定めている。(つまり、ノーブレーキピストの一般販売を全面的に禁止している)
言うまでも無い事ではあるが、いわゆる「自転車のプロ」である競輪選手や、あるいは日本で活躍している真面目な自転車軽便(リアル・メッセンジャー)従事者は、自らが公道上を走る際にはプライベートも仕事も関係なく、キチンと自らのピストに必要なブレーキと言った保安部品をつけて運転している。
補足するとバンク用の自転車にブレーキが無いのは、常時高速の展開となる競輪などバンクでの走行ではブレーキを使うほうが逆に危険な事もあるため。選手のペダリングの加減で車間距離を調整できる技術が前提で成り立っているのだ。逆に密集して走る事の多いロードバイクの場合上のグレードほど減速もできるブレーキになっている。
漫画『アオバ自転車店シリーズ』(宮尾岳)では、ノーブレーキピストがもてはやされた頃から再三にわたり違法行為と危険性を根拠に「公道上でノーブレーキピストを乗り回す事は(事故によって人を巻き込むこと、あえて死傷者を出すことを意図的に見過ごす)無責任でカッコ悪い事だ」と訴えている。