経歴
1892年、イリノイ州のシカゴで生まれる。
1896年、妹を出産した歳の合併症で母を死別。妹は養子に出される。自叙伝によると母と妹の記憶は全くないという。貧困の中、足の不自由な父に育てられる。8歳で父が体調を崩し、思春期までの時期を施設で過ごす。
1908年、父の死を知りショックを受ける。翌年に施設を脱走しシカゴに徒歩で帰る。社会に出て以降は病院の掃除夫の職を得る。
1910〜1912年、この頃より『非現実の王国で』(正式名称:現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコ・アンジェリニアン戦争の嵐の物語)の執筆を始める。それはダーガーが掃除夫の職を失う71歳を超えてもなお続けられ、死の半年前まで誰にも知られず続いたという。
1917年、25歳の時に徴兵されるが医学的な理由(おそらく視力の問題)で除隊になる。そのため第一次世界大戦に兵士として参加することはなかった。
1963年、71歳頃には右足の痛みにより退職。社会保障による年金生活を送る。
1072年、80歳の時、病気のためにアパートから救貧院に住まいを移す際、家主でアーチストでもあったネイサン・ラーナーがダーガーの持ち物を整理すべく部屋を訪れた時、一万ページ以上の膨大なテキストと数百を超える挿絵から成る『非現実の王国で』を発見する。ラーナーが訪問前に所持品の整理のことを尋ねた際、実はダーガーは自分の持ち物は全て捨てて構わないとしていたことから、人に見せるべき作品という意識はなかったようであるが、その作品は、ラーナーを介し、世に広く知られることとなった。
1973年、救貧院に身を移してからの約4ヶ月後の4月13日、誕生日の翌日に息を引き取る。81歳没。墓碑銘には「アーティスト、子どもたちを守りし者」と刻まれている。
人物
周囲の人間と上手くコミュニケーションがとれず、生涯孤独だったという。
それゆえか、その名の正しい読み方が「ダーガー」なのか「ダージャー」なのか、実は定かではない。
人付き合いが苦手で、職場の病院と教会に通う以外はアパートに引きこもっていた。ウィリアム・シュローダーという友人が1人だけいて、彼の死を悼む手紙が発見されている。若い頃は養子をとることを熱望していたという。
『非現実の王国で』の挿絵の少女に陰茎があるのは生涯童貞だったからという憶測があるが、彼が収集した写真の中には女性のヌード写真も含まれており、彼が女性の身体の構造を知らなかったとは考え難い。戦争に赴く攻撃性の表現とも、単に性癖とも様々な解釈がなされている。
幼い頃から天候に対して強い関心を持っており、窓のそばで雨や雷雨や雪が降るのを眺めていたと自伝に書いている。天候に対する感性は作品にも反映されており、大嵐や雷雨などの激しい描写が小説の本文や絵に現れている。天気予報と実際の天気の食い違いの記録を書き記した日誌を10冊残している。
ダーガーの部屋
生涯のほとんどを過ごした部屋は家主のネイサン・ラーナーによって保管されていた。2000年に取り壊されるまで部屋を見学することもできた。
十字架やキリスト像や宗教画などの宗教的な物品、雑誌や新聞紙の切り抜きなどの作品作りに使ったであろう資料、クレヨンや絵具などの画材などが残されていた。
部屋からはオズの魔法使い、アルプスの少女ハイジ、オリバー・ツイスト、クリスマス・キャロルなどの児童書が発見されている。孤児や迷子などが冒険する小説を好んだという。
また、アメリカの奴隷制度廃止運動にも大きな影響を与えた小説アンクル・トムの小屋も見つかっている。
部屋には大量の糸玉が残されていた。ゴミ捨て場から拾ってきた糸や紐を結び直し糸玉に巻いたものである。身体の衰えや世の不条理に対する苛立ちから神を罵り、キリスト像に糸玉を投げつけたことが日記に記されている。
非現実の王国で
全15冊、1万5,145ページに及ぶ物語。世界一長い長編小説と言われることもある(マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』もだいたい同じくらいの長さで、こちらの方が世界最大の小説とされることが多い)。
子供奴隷制を敷く軍事国家「グランデリア」に、カトリック国家「アビエニア」の7人の「ヴィヴィアンガールズ」が立ち向かうと言うのがその内容。架空戦記とも冒険物ともただのポルノとも言い難い。
作中の挿絵は全てダーガー自身の手によるもの。絵心に欠けていたダーガーは雑誌などの切り抜きを組み合わせたコラージュに彩色したり、トレースする手法を編み出し、中には数メートルの大きさに及ぶ挿絵のサイズではないような挿絵まである。誰に見せるでもなく熱意を注ぎこんだ作品はアウトサイダーアートの典型的例として知られている。
作中自分自身登場人物として登場させ、ある時は少女達の味方で万能超人として出たかと思うと、時には少女達に対する最強の敵として立ちはだかったり、現実で全くいい思い出の無いクリスマスには毎回少女達を敗北させる等、内容は良くも悪くも心の赴くままに書かれている。
後半部分は清書されておらず、物語の最後には2通りの結末が用意されていた。余りの長編故に、全編を読んだ人間は研究者を含め一人も居ないのではないかと囁かれている。
登場人物
- ヴィヴィアン・ガールズ
主人公の七人姉妹。アビエニアの総司令官ロバート・アンジェリック・ヴィヴィアン将軍の娘たち。戦争ではスパイとして働き、戦局を大きく左右することになる。大人顔負けの銃の腕や乗馬の技術を持ち、変装技術も高い。グランデリアの兵士に幾度も捕まるが、そのたびに機転を働かせて逃げ出す。
- ヘンリー・ダーガー
著者自身。敵味方を問わず兵士として、時には従軍記者としても登場する。同一人物というわけではなくそれぞれが別人。
- ブレンギグロメニアン
子ども達を守る架空の動物たち。略してブレンゲンとも呼ばれる。体重数トンを超える巨大な竜のようなものから、犬と猫の頭を交互に付け替えるもの、少女の身体に羊の角を持つものなどがいる。そのいずれにおいても奇妙な尻尾を持つ。ブレンギグロメニアンたちは子ども達をとても深く愛しており、子どもを傷つける者はいかなる国籍であろうとも許さない。
- アニー・アーロンバーグ
子供奴隷の少女。子供奴隷を率いて奴隷主に反抗したが、殺される。彼女の死が戦争の引き金になった。物語を通して彼女の写真の紛失について度々語られる。物語の中でダーガー自身やヴィヴィアン・ガールズ達の前に幽霊として姿を表す。
モデルはおそらく現実世界で誘拐され殺人された少女エルシー・パールバック。著者のダーガー自身が彼女の新聞記事の写真を紛失したことが物語に強く影響を与えたと言われている。
シカゴにおけるさらなる冒険:いかれた家
『非現状の王国で』の続編。ダーガーが幼年時代を過ごしたシカゴの街を舞台に、ヴィヴィアン・ガールズとその弟ペンローズが新たな冒険を始める。
我が人生の歴史
病院での仕事を引退した後に執筆を始めた自叙伝。8冊5084ページにも及ぶが、自分の人生については206ページまでで、残りは架空の竜巻スウィーティー・パイについての記述になっている。