1981年グランドナショナルで現実に起こった、伝説の奇跡と言えるレース。
イギリスでは日本と違い平地レースより障害レースの方が人気も格式も高く、イギリスのトップジョッキーであったボブ・チャンピオン騎手の夢は愛馬アルダニティとグランドナショナルで優勝する事だった。
しかしある時から癌の病気にかかり再起不能と診断される(抗癌剤治療の影響で髪も抜け落ちていく)、当時の医療技術では放射線治療では肺を傷つけ騎手には復帰できないと言われたため、抗癌剤治療による影響で筋力も体力も衰え過酷な闘病生活が始まるが、厩務員の女性と出会い恋に落ちた事でパートナーに支えてもらえるようになり回復に向かっていく。
しかもリハビリの息抜きで見にいったアルダニティの障害レースで、アルダニティは彼らの前で落馬し足の骨折という重傷を負ってしまう。
そしてボブ・チャンピオン騎手の復帰第1戦のレース結果は最初のコーナーで落馬・・・・、彼は抗癌剤治療の副作用の影響で手足の指先の感覚を失っていた、繊細な手綱捌きを要求される騎手としての完全復帰はなお遠かった。なので周囲や関係者からも非難轟轟であった。
地獄のどん底まで落とされ彼らだけでは乗り越えられなかったはず、しかし厩務員の女性や調教師やアルダニティの馬主は彼らの事を見捨てず叱咤激励したり励まし続けたりした事でグランドナショナルへの道が開けていく。
アルダニティの故障もいつしか治り、ボブ・チャンピオン騎手も更なるリハビリで鍛え直し、グランドナショナルの前に厩務員の女性にプロポーズもした。
そして1981年4月4日、運命のゲートは開く。グランドナショナルは7000メートル、日本の中山大障害の4000メートルを遥かに超える距離、そして遥かに高い障害、毎年出走する半数が落馬する世界一過酷なレースである。この日も1500メートルの距離を通過した所で、早くも12頭が落馬していた。3000メートルを過ぎた辺りで先頭に並びかけていた、6000メートルを過ぎた辺りで彼らの体は限界を超えていたよう。
抗癌剤治療の影響で手足の指先の感覚がない騎手と、1度は折れた足の馬が、ジャンプして着地する衝撃に耐え続け、完走するだけでもトンデモナイ事であったはず、しかし彼らはいつしか1着でゴールして勝ったのであった。
現実ではありえないはずの事を起こしたのである、そして彼らはグランドナショナルの伝説と呼ばれるようになっていった。後年に「チャンピオンズという映画も制作された」くらい社会的にも影響力があったほど反響も凄まじかったようで、同じ病気に苦しむ人々に勇気と希望も与えた。
抗癌剤治療の影響で子供は出来ないかもしれなかったが、後年に長男長女も生まれ2つ目の夢も叶えていた。
アルダニティは1997年27歳で永眠。
1999年8月に、奇跡体験アンビリバボーで放送もされた。