その翌日から、ウィンは宿で飼っている鶏ですらまだ時を告げない闇に包まれた早朝に目を覚まし、毎日近所を走り回った。
水汲みも筋トレだと思うことにして、桶が空の時も走り水桶もいままでよりも一回り大きなものを使い往復する。
そうこうしているうちに起きだしてきたランデルやハンナは、すでに水瓶が一杯になっているのを見て驚いたが、特に不都合があるわけでもなく、ウィンに更に別の仕事をさせることができるので喜んだ。
芋や人参などの皮むきなど、包丁やナイフの使い方も教わる。
より仕事量が増えたが、給金の金額は変わらない。
それでもウィンは文句もいうこともなく、仕事の中に鍛錬する余地を見つけてそれをこなしていく。
そして月日は流れていく。
概要
「勇者様のお師匠様」とは「小説家になろう」で三丘洋氏により投稿されているウェブ小説作品。全152部で完結済。
エンターブレインより書籍化、ヴァルキリーコミックスよりコミカライズされている。
剣と魔法の中世ヨーロッパ風の異世界を舞台に、理想の騎士になるために日々鍛錬を続ける主人公と、彼を師匠と慕う世界を救ったヒロインとの間のボーイミーツガール作品。
舞台設定が深く掘り下げられており、主人公が憧れる「騎士」という存在が現実では汚職にまみれた存在に成り下がっている状況、勇者という存在を巡る権謀術数蠢く政治の場、魔族との戦争で疲弊した帝国の皇帝の座を簒奪しようとする貴族の暗躍など、冒険活劇とは違う一癖ある展開が特徴。
あらすじ
両親を失いながらも騎士に憧れ、自らを鍛錬する貧しい少年ウィン・バード。
しかし、騎士になるには絶望的なまでに魔力が少ない彼は、騎士試験を突破できず『万年騎士候補生』という不名誉なレッテルを貼られ、追い抜いていく後輩たちにまで馬鹿にされる日々をすごしていた。
そんなある日、勇者が魔王を倒し世界を救った。
見目麗しき美少女であった勇者の動向に世界中の注目が集まる。
そして勇者は世界に向けて発信した。「私は師匠であるウィン・バードの元へ戻ります」と。
この物語は落ちこぼれの『万年騎士候補生』から『勇者の師匠』になぜかクラスチェンジした少年の物語。
登場人物
- ウィン・バード
本作の主人公。5歳の頃に両親を亡くし、宿屋の下働きとして駄賃を稼いで生活していた。
凱旋している騎士の姿に憧れ、「誰かを守る立派な騎士」を目指し、仕事の合間を縫って鍛錬に励み、騎士となるための学校に入学するものの、貴族に目を付けられ留年を繰り返している。
穏やかな気質の好青年であるが、その本質は常軌を逸した精神の持ち主。
ただ己の憧れと、幼い頃にレティと結んだ「立派な騎士になる」という約束を守るため、遊びたい盛りの幼少期の頃から暇な時間をすべて鍛錬にあて、いくつもの仕事を掛け持ちして騎士学校に入学するだけの資金を溜め、周囲からどれだけ馬鹿にされ笑われても怒ることもなく、騎士になる試験で不正により不合格とされても自身の鍛錬不足とするなど、「力ない人を守る騎士になる」ことに非常にストイックかつ、現実のそれとかけ離れた理想を描いている狂人。
魔力に乏しく最低限の魔法しか使用できないのだが、純粋な剣術のみならば本職の騎士を軽く凌駕するほどに練り上げている。それ故「ルールの決まっている試合」では勝てないが、「殺し合い」ならば彼に敵う人間は少なく、魔法が使えない状況では『勇者』すら凌ぐと評される。
- レティシア・ヴァン・メイヴィス
本作のヒロインにしてもう一人の主人公。メイヴィス公爵家第三公女。愛称は「レティ」。
唯の一人で軍を壊滅でき得る、本作で最強の実力を持ち、女神に見い出された『勇者』として、10歳の頃から魔族との戦争に身を投じ、その4年後に魔王を討伐し凱旋する。
幼い頃は好奇心旺盛かつお転婆な性格が災いして肉親からは愛想をつかされ、使用人からも馬鹿にさる日々を過ごしたことでふさぎ込んでおり、まるで人形のような存在と化していた。6歳の頃半ば家出するように屋敷を抜け出し、そして木剣を振るい鍛錬に励むウィンと偶然に出会う。生まれて初めて等身大の自分を見てくれるウィルを何よりも慕い、共に鍛錬に励むようになったことで『勇者』としての才能を開花させていた。
それ故ウィンに対し恋慕を超え依存ともいえる狂気的な執着を見せており、魔王討伐までの艱難辛苦をただウィンへの想いで凌ぎ切り、彼と再会がしたいがためだけに力を尽くしてきた。
魔王を討伐しウィンと再会した後はさらにその思いを募らせ、ウィンがどう思うかが全ての基準となっており、彼に仇なすものは敵と見なしている。
- ロック・マリーン
騎士学校に通う商家の次男坊。ウィルの友人。
平民ではあるが、貴族から降嫁を受けるほど裕福な商家であり、下手な貴族よりも権力を有する。
騎士になり適当に過ごすつもりであったが、ウィルの生真面目かつストイックな姿勢に心を打たれ、彼自身も鍛錬に励むようになる。
- コーネリア
騎士学校に通う女性。肉体や武器を強化したり、相手の動きを妨害する付与魔法の能力に長ける。
- ジェイド・ヴァン・クライフドル
クライフドルフ候爵家の嫡男。皇帝の座を簒奪することを目論んでいる。
様々な謀略を巡らせる頭脳を持つ策士なのだがプライドが高く、騎士学校に入学する際、模擬戦でウィンに負けたことを逆恨みし、何年も彼が騎士になれないように働きかけるなど、恨み深い人物。
用語
- 騎士
史実のそれとは違い、国を守るための警察・軍隊の役割を担う職業。
魔物など身近に危険な生物が存在しているため社会的地位は高く、上位の貴族が騎士となることも多い。皇族も騎士としての修練を積むのが一般的である。
- シムルグ騎士学校
騎士になるための訓練を行う学校。1年に1度行われる試験に合格することで騎士として認められる。魔物や魔族といった人間に仇なす存在と戦うため広く門戸が開かれており、実力があれば平民であっても取り立てているが、実際は賄賂や不正が横行しており金さえ積めば騎士になれるため、箔付けのために騎士となる貴族の子息・息女が後を絶たず、実戦どころかまともな軍事学すら学んでいない人間が指揮官になるなど深刻な事態となっている。
- 魔法
体内にある魔力を使い超常現象を引き起こす技術。雷や炎を生み出し直接的に相手を攻撃するものや、自身を肉体や武器を強化するものなど様々なものが存在する。
魔法の習得や運用に特化した人間は「魔法使い」「魔導師」と呼ばれる。
魔力は貴族やそれに連なる血筋の人間に強く表れ、反面平民は魔力に乏しいものが多い。
関連タグ
ローレシアの王子 ・・・ 【破壊神を破壊した男】。レティシアは勇者として魔族に襲われる民を助け続けていたが、軍でも敵わない魔族を討伐した彼女に対し、民衆は「魔族よりも危険な力を持つ化け物」だと恐怖していた。
片田舎のおっさん、剣聖になる ・・・ 実力はあるが周囲に認知される機会のなかった主人公が、弟子の活躍により表舞台に立つことになる作品。
自分の事を主人公だと信じてやまない踏み台 ・・・ 魔法が苦手な主人公が、ただ只管に鍛錬をし続けて純粋な剣術のみで周囲を圧倒する。