🧚🏻概要
小説家になろうに投稿される作品に散見される中世ヨーロッパ風の異世界への揶揄として誕生した用語。
具体的には作中の異世界において、現実世界における中世ヨーロッパではあり得ない描写が発生することへの揶揄を含んでのこと。
🧚🏻初出(?)
現在確認される最古の使用例は、2017年11月25日に5ちゃんねるのスレッドに書き込まれたレスである。
223: 風吹けば名無し 2017/11/25(土) 14:50:31.29 ID:qahiR9//0
ナーロッパやぞ
なろう作者「中世ファンタジー書くンゴ」歴史家「ワナビさぁ……」
発祥とされるスレッドは『中世風ファンタジーを描く「なろう作者」の作品に対し「歴史家」がその世界観のディティールが実際の中世ヨーロッパとは様々な点でズレていることを指摘する』というスレ立て主のネタから始まる。
この「歴史家」は中世のヨーロッパに無いはずのジャガイモ等の他大陸由来の野菜がある事の矛盾を突くという所謂「ジャガイモ警察」というキャラ付けになっている。
🧚🏻用法にご注意
「ナーロッパ」的とみなされる作品について、またこの手法をとることについての論点は、このスレッド内でほぼ出尽くしている。
初期の時点から「作品としての粗を誤魔化すため」「所詮は主人公の俺TUEEE展開のため」といった否定的な形容が出ている通り「ナーロッパ」という語自体は揶揄的なニュアンスを持つものである。
投稿者自身が自分でタグをつけたり、各作品でナーロッパという語を使っていたり自覚的にやっているのでない限り推奨されない。
「小説家になろう」や各種小説投稿サイト出身であるというだけで中世西洋風ファンタジー作品のファンアートにこのタグをつけることは、批判的、あるいは攻撃の意図があると取られかねないためである。
もっとも後述するようにファンタジー世界の中世欧州が中世らしくないのは昔から周知のことであり、今に始まったことではない。
しかし2010年代文芸(?)作品の粗製乱造とワンパターンな共通点、オリジナリティの無さが悪目立ちし、このような批判が起きるに至ったのである。
派生語として、日本以外の国で作成されたコンテンツにおけるファンタジー化された日本を指す「ナッポン」、中華風のファンタジー世界を題材にした作品を指す「チャイナロウ」「ナッチャイナ」という語もあるようである。
🧚🏻一般名詞化?
「中世ヨーロッパ風でありながら」「非中世性を持つ」「古典ファンタジー的な」世界観を表す一般名詞がこれまで無かったこともあり、ナーロッパという言葉が名詞として人口に膾炙しつつあることも否定できない。
また、中世欧州と似て非なる異世界であることを宣言する為に、製作者側があえてこの言葉を用いることもある。
🧚🏻ナーロッパの特徴
イメージソースとして認識されている年代は「中世」であるが、技術や制度などの発達具合といったディティール面では「近世」に近い。
というよりドラゴンクエストやファイナルファンタジーのようなゲームや、ロードス島戦記やスレイヤーズのような先行するファンタジー作品の影響が強い。
これらの作品に通底する「RPG」「ゲーム」的世界観が、個々の筆者の手で組み立て直されたもの、とも言える。
🧚🏻実際の中世とナーロッパ、そして中世風RPGの比較
🧚🏻食生活〜中世なのにジャガイモ?〜
ナーロッパではトマトとかジャガイモ、トウモロコシ美味しい西洋料理が気分を盛り上げてくれる・・・と言いたいところであるが、これらの食材は新大陸の産物である。
欧州にこれらが導入されて料理されるのはどう遡っても1492年、コロンブスの新大陸到達以降であり近世のことである。中世欧州の食材はだいぶ制限されており、野菜ではキャベツやニンジン、タマネギなどが用いられていた。
ここから「なろう系は中世欧州風のファンタジー世界というが、ジャガイモとか食っているからどうみても近世じゃねーか」というタイプの批評が生まれた。
これを俗に「じゃがいも警察」とも呼ぶ。
しかもそれは昔からの伝統の模倣であって、なろう系のオリジナル設定ですらないのである。翻って、フォーチュンクエストでは、とある港町の酒場でカニのマトマ(作中でのトマトのこと)煮が出て来るし、スレイヤーズでもベーコンポテトエッグや(通常トマトを使う)ミートソースが普通に作中で食べられている。
ファンタジーとはあくまでも中世欧州「風」の世界であって中世欧州そのままの再現ではない。
- これらのファンタジー作品では「ドラゴンや怪鳥によってジャガイモやトマトという種が海を越え運ばれ普及している事もありうるのでは」とファンによって考察されている。
- フォーチュンクエストには舞台となる大陸の地図が当初から出てくるが、中心的な都市は砂漠の中にあり、砂漠を出ると間もなく森林が広がる、という自由な世界になっており、物語開始時点からの象徴的な装備として「竹アーマー」が存在するなど、必ずしもヨーロッパを思わせるわけではない。また生命保険や資本主義、時速200キロで走るエレキテルパンサーというサイボーグ的な乗り物も第1巻から登場するなど、必ずしも中世を思わせるわけではない。
- なお、田中芳樹の1980年代末の作品である「マヴァール年代記」では「ジャガイモのような寒冷地でも一定以上の収穫量が有り主食となり得る食用植物が無いと『寒冷地にある帝国』という設定が成り立たない」という理由で、わざとジャガイモを出している。
🧚🏻複数の神々とその宗教組織〜唯一神教による他宗教の駆逐〜
ナーロッパでは一神教が絶対の理といわけでもなく、複数の神々が存在する多神教の世界観も頻出する。
神々は実在し、主神が存在したとしても絶対神ではない場合も多く、主神と同様に奇跡を起こせる複数の神々が存在している。聖職者はそれぞれ通常これらの神々から一柱を選んで信仰する。
しかし現実の中世ヨーロッパは、キリスト教が圧倒的優位に立つ一神教の世界である。ヨーロッパ在来の多神教は残っていても席巻され、駆逐されていく過程にある。
神々は力を持たず人々を正さず、聖書学等により聖書の絶対性が解体され、真正性や正統性を疑われていく遙か前の時代であり、キリスト教はまさにシビアな、自然法則に等しい現実として人々に認識されている。
なおこれも源流となる先行作品と共通する。
RPGそのものの祖である最初のTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』は複数の神々が存在する世界である。
多くの神がいるという構図はフォーセリアのような和製TRPG世界観にも継承されている。これに限らず20世紀にアメリカ等で書かれた異世界ファンタジー(エターナルチャンピオンなど)も神が存在する場合、多くは多神教的である(『ナルニア国物語』のような一神教的な異世界系作品も存在する)。
そうした神々が人間の手で倒される存在というのもロマンシングサガ等の先行作品に例がある。
また「ナーロッパ」と呼ばれる作品ではしばしばキリスト教風の教会組織・宗教組織が整備され、キリスト教風の「聖職者」が存在している。
多神教が多いことも含めると、キリスト教をモデルにしたような教会組織が多神教の神々それぞれに存在しているケースも珍しくない。
源流となったコンシューマ系RPGやネットゲームの職業では「僧侶(そうりょ)」「クレリック」「プリースト」「アコライト」が存在しており、現実のキリスト教には一部教派にしかいない女性司祭が存在している。
これらをひっくるめてキリスト教の宗教組織がファンタジー職業的に再解釈されたものが継承されている。
更に、実際のキリスト教世界では結婚(婚姻)が重視され、特にカトリック教会では「婚姻の秘跡」と呼ばれる神に対する誓約が伴うために、長い間離婚は原則禁止もしくは厳しく制限されてきた歴史的経緯があり(現在でも離婚に厳しい制限を設けている国もある)、また同様の観点から王侯貴族でも側室を持つことが許されず、愛人の子が相続権を持つこともない(ヘンリー8世のように王妃を無実の罪で追放や処刑をして再婚した国王もいる)。
しかし、「ナーロッパ」と呼ばれる作品では日本を含めた前近代のアジアの後宮で見られるような正妃の他に側妃が登場したり、正妃や正妻の子と側妃や愛人の子が継承権を巡って争ったりする場面がしばしば見られる。
また、洋の東西を問わず中世においては「神やあの世(天国など)が主で、人間やこの世は従」というような近代における「人間中心主義」の意味でのヒューマニズムとは逆の考えが主流だったが(例えば日本で言うなら「お天道様が見ている」は比喩や方便ではなく文字通りの意味に解釈されていた)、当然ながら、現代人(それも主に現代の日本人)が読む事を前提にしている「ナーロッパ」と呼ばれる作品では、神々は登場したとしても、作品内での神々と人間の関係や、神々の描かれ方は、「人間中心主義」の意味でのヒューマニズムの洗礼を受けた現代人にも理解・納得が出来るものになっている事が多い。
(さもなくば、神または神々は、僧侶系の職業の者が使う魔法の単なる「力の源(パワー・ソース)」に過ぎない扱いとなる)
🧚🏻ギルド〜ファンタジーにおける互助組合〜
ギルドは現実世界の歴史にも存在する。商人が結成して相互扶助や都市の自治を司った商人ギルドや手工業者が同じ職種の親方どうしで結成した同職ギルドなどである。ただし、冒険者ギルドなどはもちろん歴史上には存在しない。ナーロッパと呼ばれる作品に登場するギルドはファンタジー系のRPGから連なるものである。先述の冒険者ギルドが代表的で、他にも魔術師ギルドなどの「職業・ジョブ名+ギルド」が存在する。仕事を斡旋する斡旋所、職業紹介所、互助会としての性格を持つ。
冒険者ギルドに相当する組織の恐らく一番古いものはフォーチュンクエストの冒険者支援グループであろう。これはCRPGをパロディ化して小説にするガジェットとして導入された。モンスターの脅威に晒された街や村々が資金を出し合い、冒険者の資格を認定してその仕事を援助する組織である。冒険者に様々な人々から持ち込まれた仕事を提供するという意味では、TRPGソードワールド1.0の「冒険者の店」が原型の一つであろうか。酒場や宿屋を兼業しており、マスターは信用第一の仲介役として顧客と冒険者双方の利益を守る。さらに各町の冒険者の店どうしでネットワークを形成して互いの信用を維持していた。またソードワールドでは魔術師ギルドや盗賊ギルドは既に存在し、前者は知識の交流や身分の保護、後者は仕事と情報の斡旋や裏切者の始末等を行っていた。
🧚🏻日本風の国や文化の存在〜先輩の痕跡か、異文化の代表例か〜
ナーロッパには作品世界内にしばしば都合よく「日本風」な国や文化があるのも特徴。作品主人公より先に異世界に来ていたと思われる現代人が、開発に挑んだであろう日本文化の痕跡や成果を見つける展開は、ナーロッパ作品のお約束としてよく見る描写である。
実際に欧州に日本についての知識が伝わったのは一般に13世紀末、イタリアで公表されたマルコ・ポーロの旅行記『東方見聞録』に登場するジパングとされ、伝聞のみに依拠したその内容も当時の日本とはかけ離れていた。
中世ヨーロッパの大部分の期間には、日本については存在しないか、空想上の存在といって良い。
これもファンタジーで伝統的に存在する方法である。既に「中世西洋風ファンタジー」の源流の一つであるゲーム『ウィザードリィ』にもニンジャや侍が登場している。和製RPG『ドラゴンクエストⅢ』にはジパングという日本がモデルの国が登場するが、国家元首の名前はヒミコ(卑弥呼は3世紀の人物)と時代がずれている。
「ジパング」的な「東方の国」、「ジョブ」や「クラス」としての「サムライ」「ニンジャ」が「中世西洋風邪異世界ファンタジーの日本っぽい国」、FFシリーズの「源氏シリーズ」のような「中世西洋ベースの世界観にアクセントとして登場する和風要素」がイメージの中核とみることができる。すなわちあくまでも日本「風」の国としての登場である。
🧚🏻政治・社会体制〜権力と所属〜
実際の中世ヨーロッパでは「ある領主や貴族が仕えている王侯は誰なのか?」が非常に判りにくく、例えば、複数の王侯を「主君」としている領主・貴族はザラに居た。ある意味で、どの土地がどの国の領地なのかが不明確な場合が多い。
しかも、領主・貴族同士の結婚では領地の一部を「結納品」にする場合も有り、現実の現代日本で喩えるなら「地方自治体の境界が時々変る」「自分の住んでいる市町村(もしくは、その一部)が、ある日、突然、今までとは別の県に所属するようになる」ような事も有った。
一方でナーロッパ世界の多くは読者である現代人、特に現代の日本人に判り易いようにか「戦争や国境争いなどが起きている地域を除いて、国境は一意に決る」「余程の異常ケースやエルフ・ドワーフなどの異種族以外は、あるキャラの国籍は一意に決る」のが普通である。
また、政治体制は中央集権的で、官僚機構も整備され、社交界などの実際のヨーロッパでは絶対王政期以降に発生した文化が存在する場合も多い。
🧚🏻風俗・服装など〜美しさの基準は時代それぞれ〜
実際の中世〜絶対王政期のヨーロッパでは、男性、特に上流階級の男性が、現代人の感覚からすると「女性用」にしか思えないような派手な色使いの服や、半ズボン・短かめのスカート・タイツなどの体の線、特に足の線が出るような服装を着る事も有ったし、現代では女性用の靴であるハイヒールを履く事も有った。
要は現代の日本人の多くが「欧米起源の女性向けの服装」と考えるであろう服装の更に先祖は「かつてのヨーロッパにおける男女を問わず労働、特に肉体労働をする必要がない階級の人々向けの服」なのである。
見方を変えれば、現代の服装には他の時代と比べて「仕事着または労働者階級の為の服に起源を持つ背広を男性がフォーマルな場で着用する」「背広の中でも、暗く地味な色合いのもの(言わば『より仕事着っぽい』)が、より『フォーマルさ』が高いと見做される」「長ズボン(パンツルック)が女性がフォーマルな場で着ても良いものとなるまでの歴史と、近代初期・産業革命期には男性の仕事だった職業に女性が就くようになるという意味での『女性の社会進出』の歴史はリンクしている」などの特徴が有り、服装、特に正装・フォーマルな場での衣装についての価値観が、中世〜絶対王政期のヨーロッパと現代では、ほぼ逆転しているとも言える。(中世〜絶対王政期のヨーロッパ=フォーマルな場での衣装は「働かなくても良い階級」の人々の服装や、それを真似たもの。現代=フォーマルな場での服装は「会社に着ていく」ような服装から派生したもの)
当然ながら、現代人、特に現代の日本人に向けた創作物である以上は、それらの点に関しても、あくまで「中世ヨーロッパ風」であって、中世〜絶対王政期のヨーロッパに実在したが、現代人、特に現代の日本人の感覚からすると理解困難な服装(例えばもっこりを強調した男性用のズボンや鎧)は登場しないか、登場しても「その服を着用している人物は何らかの異常者と思え」的な記号として使われる。
例えば、男性用の服であれば基本的に、下半身は長ズボン(当然、通常は、もっこり強調無し)で、柄や色合いなども現代日本の多くの読者・視聴者が「男性用の服の柄・色合い」として認識するであろう範囲のもの。
「美人の基準」も中世と現代ではかけ離れているが、ナーロッパでは美醜感覚の乖離をネタにしたコメディや美醜逆転世界でもない限りは、現代における流行の絵柄の美人絵になることが多い。そうじゃない作品って誰得?
また、ナーロッパの都市部の環境も現実の中世ヨーロッパの都市、どころか近代初期のヨーロッパの都市に比べて遥かに清潔なものとして描写される。
もしくは、排泄物や生ゴミを道路に捨てるような民度の低い輩は余程異常な場所以外では存在しないし、ハイヒールの起源は道路が汚物だらけだったので、それを避ける為なんて事は無いのが、わざわざ説明するまでもない「当り前」となっている。
ある意味で、ナーロッパの社会は「銃や火薬が存在しない絶対王政期のヨーロッパ」「中世ヨーロッパ風に見えるが、社会システムは同じ時期のヨーロッパより一足先に「中世」が終った地域であるイスラム圏や中国に近い」「中世ヨーロッパ風の文明レベル・文化に、日本の江戸時代の幕藩体制を思わせる政治・社会体制」とも言える。
🧚🏻ナーロッパの利点
テンプレート、共通認識を用いる故に、読者に対する説明の簡略化が可能。共有している道具立てを用いる事で「作者が伝えたいこと」をそのまま理解してもらいやすい、という利点がある。
一方で創作初心者が設定を自作すると、加減がわからずギチギチにしてしまい、かえって物語の生成の邪魔になったり、テンポを損ねることが稀によくある。
では史実をモデルにそこから設定をリアルを組み立てようとすると、今度は「考証はやり出すとキリがない」という問題が生じる(そもそも時代劇でも方言はあまり使われないし、歴史上の人物を諱で呼んでいる)。さらに合戦など歴史の一部分であっても、それをモチーフに小説を書こうとすると参考文献数が余裕で二桁超えてしまう。場面を描こうとすれば当時の食事や服飾、規範、慣習のような日常についても資料が要る。研究者が用いる資料は一般人でも書店や図書館で取り寄せることは出来るが(ネット上で論文がpdf形式で公開されている事もある)、(「史料が残っていない」ケースも含めて)厳密に読み解くのはそれ自体が高度なスキルである。
しかも、オリジナル設定にせよ歴史系文化系の専門知識にせよ、読者が知らない設定語りは、読み手をついていかせるために相応の筆力が必要となる。
「ナーロッパ」的テンプレートはTRPGという、キャラの設定や舞台状況を設定した上で、その場で物語やキャラクターたちの挙動を生み出していくジャンルに源流に持つ故に、創作の叩き台としてとても便利な一種の発明品である。
例えば冒険者ギルドは「クエスト」「物語の一幕」「短編」の起点とできるシステムであり、主人公やその同行者と異なる属性や立場のキャラクターを即座に結びつける事ができる。
ゲームや漫画、アニメから摂取し体得した、職業(ジョブ・クラス)や種族の特徴を踏まえた上で、同じ舞台設定の上で異なる個性を持つキャラクターを動かし、物語を転がす練習台とすることもできる。