「ぼくには歴史上の大事件に遭遇した群像をなるべく多角的に描きたいという志向があるようです。」
「歴史を見ていくと、悲劇的な人物のほうが、惜しまれて人々の記憶に残るようなこともあるんでしょうね。」
「『名将』と『ヒーロー』の条件が一致するようなところには悲劇性がででくるように思います。」
概要
代表作は『銀河英雄伝説』、『アルスラーン戦記』、『七都市物語』、『創竜伝』、『タイタニア』など。
作風
一言でいえば、雑食である。
上記の代表作をみれば察せられると思うが、執筆ジャンルは非常に多岐にわたる。
田中「ぼくは宿題をいくつも抱えていて、いろいろ書かねばならないんですが、素材は一生かかっても書けないほどありますので、その中から書けるものを選んで書いていくつもりです。」
多彩で魅力的なキャラクターを絡めつつ、戦乱を大局的に描いた作品が多い。
また長編として構想された作品が多いため、未完の作品も多い。
しかし『銀河英雄伝説』は全10巻の本編は5年で完結させている。(徳間新書版の初版=1982年〜1987年)。『銀河英雄伝説』は外伝も出ているが、全て本編の過去の物語であり、後日談を書くつもりはないと述べている。
『タイタニア』や上述の『アルスラーン戦記』と『創竜伝』などが長らく未完であった。
(これらの3作品の執筆開始と初刊刊行は全て1980年代である)
しかし『タイタニア』は2015年2月に、『創竜伝』は2020年12月に完結することとなった。
『アルスラーン戦記』も荒川弘によるコミカライズのスタートにより執筆が再開され、2017年に完結した(上述の関係で、最終巻の作者の言葉には「桃栗三年柿八年 アルスラーンは三十年」とある)。
また、『Klan』『灼熱の竜騎兵』『七都市物語』は、「シェアードワールド」と呼ばれる、複数の作者が世界の設定を共有し、それぞれが描くという手法によって書かれている。
一方で中国もの(『岳飛伝』の翻訳も含む)や、『薬師寺涼子の怪奇事件簿』など軽い、あるいはその時に作者が興味がある分野の作品は、コンスタントに執筆している。(なお、中国ものの場合、男装の麗人を出すことが多い)
が、年に1~2冊発行のペースは変わらず、2012年には薬師寺涼子の怪奇事件簿11巻、2013年にタイタニア4巻が発売されたのみ。
パソコンはおろかワープロすら使えない機械音痴であるため、未だに多くの著作を原稿用紙に手書きで書いている…遅筆の原因の半分はコレ。
これと同じ理由で、けっこう現代社会や歴史観へ独自の持論を持っているようだが、平成中盤~令和にかけて多くのクリエイターがブログやツイッターといったコンテンツを利用して自身の内面・思想を発信するという手段をとっているが田中の場合はこの手法をとらない。(とれない?)
代わりに、作者のリベラル傾向な思考は作中にもにじみ出いて、作中の人物の発言や記述に影響が出ている。
(例としては、薬師寺涼子の時の首相を指しての『ウルトラナショナリスト』発言など)
しかし、やりすぎて作品によっては某歴史作家もかくやとばかりに誇張表現や偏見、矛盾が散りばめられる場合があり、一定のアンチ層を生む原因となっている。
このため、田中の持つ思想が少々面倒くさい人々に嫌われる部類に属するのではないかという憶測が一人歩きしてしまい、近年では田中芳樹事務所の代表者がネット上で釈明する場面(→こちら)も見られた。
もっとも、創竜伝7巻から登場する「黄老将軍」こと「黄世建(ホアン・シェーチェン)」及びその実弟である「黄大人(ホアン・ターレン)」こと「黄泰明(ホアン・タイミン)」兄弟の描写(前者は中国で反体制活動家として投獄されており、後者は兄の救出を主人公達に依頼する)を見れば「面倒くさい人々の(『中国政府の意を迎えて日本を貶めている』と言う)憶測」が「憶測」でしかない事は明らかである。
和製スペースオペラの旗手として
1982~89年にかけて執筆された『銀河英雄伝説』(以下『銀英伝』)は大ヒットし、今なお発行部数を増やし続けている。
この『銀英伝』は、『宇宙戦艦ヤマト』や『ガンダム』シリーズと共に、『スターウォーズ』以上に人間ドラマの複雑な絡み合いと史実をベースにしたオマージュ・パロディを組み上げることで背景の奥行きや情緒の多様性を際立たせている和製スペースオペラの金字塔とされ、田中は一躍その名を広めることとなった。
ちなみにこの銀英伝はアジア圏でも相当に有名であり、中国でも1990年代後半から(海賊版が)出回った結果、2006年当時には「ハリー・ポッターの登場以前、中国で最も強い影響を与えたファンタジー小説」であり、「中国の宇宙ファンタジー小説で『銀英伝』の影響を受けていないものはない」と中国共産党機関紙の『人民日報』が認めたほどである。
その後、幾多の名作を世に送り出した田中であったが、1988年(昭和63年)刊行の同じスペースオペラの『タイタニア』が完結までのべ27年間(2015年/平成27年)まで掛かっているなど、短編・単巻ものはともかく、長編ものの多くは十数年単位で執筆を中断しているため、長らく有名な長編完結作品が『銀英伝』と『マヴァール年代記』等だけという状況であった。そのため、世間では田中芳樹=『銀英伝』というイメージが強いせいもあってか、他作品の印象は少し薄めではある。
その分、塩漬け期間が長かった作品の続刊が告知されると、HUNTER×HUNTERやベルセルクほどではないがファン界隈は活気づいたりする。
男女の主人公の違い
男性を主人公にする場合は、体制に不満を抱きつつも、熱意を秘めながら強かに変革を希求しているか、あるいは諧謔と皮肉でもって臨機応変に対応しているという、リベラルな思想をもつ人物像となる場合が多い。
そういった男性には、ほとんどの場合で秘書タイプのヒロインが寄り添うか、あるいは独り身で終盤まで到達することもある。
女性を主人公とする場合は、自らの意思を強く持ち、 主体的 に行動することで対となる年上の男性を振り回す場合が多い。また、権力や困難に対しても臆することなく向かっていく。
このようにリベラルな男性と強い女性で棲み分けがされているかといえば、そうでもない。
中華ものでは上記のとうり男装の麗人を登場させることも多く、一方で荒川弘版アルスラーン王太子のビジュアルがなぜか男の娘寄りであったりしている。
ついでに、『夏の魔術』の立花来夢などをみると、どうやらショタでもロリでもいk…おや、誰か来たようだ
中華ものの大家として
個人の趣向として、中華王朝の偉人を発掘し、あるいはそれについて書かれた書物を翻訳して書籍化していることでも有名。
歴史群像№33(1998年刊)でのインタビューによると、きっかけは子供のころに三国志や水滸伝にはまっている最中に陳舜臣の「賀望東事件簿」にのめり込んだからとしている。
一押しは岳飛で、日本では無名であった彼の「布教」にも一役買っていた。
『風よ、万里を翔けよ』の主人公を中国でも無名であった沈光を起用したところ、現地で翻訳された際に「日本人の作家によって発掘された」と表記され、「やったぜ!」と喜ぶ一方で、「非常に不遜」と自重しながらも、「もう『三国志』なんて書く気がしない」とコメントしている。
本人いわく、
「孔明なんて一地方政権の宰相レベルがせいぜいなんです…信者の方々にはそれが分からんのです(意訳)」
※こんなこと言ってはいるが、『銀英伝』のバックボーンには『三国志』が用いられているというのは比較的に有名な話しではある。
この他にも、『キングダム』がブームになる以前から李牧に注目していたりした。
その他
リベラル傾向な主人公を阻む悪役として、貴族・政治家が腐ったような人物やポピュリズムの悪夢の権化といった存在を多く登場させる。
その結果、ヨブ・トリューニヒトという小泉純一郎やトランプ大統領が霞むレベルのナニカを生み出してしまった。
また、以前より「日本人のヒーロー基準みたいなものが、ぼくにはちょっとわかりずらいところがある」といった発言があり、日本の価値観や情緒の一部がしっくりきていない節がみられた。
この影響からか、田中作品の多くは海外もしくは宇宙、あるいはファンタジー世界を舞台にしている。中世の中華世界を多く題材にしている一方で、同時期の日本を題材にした作品は一切無い。
※例外は原案として携わった『黄土の夢』くらいで、内容は「清」の侵略によって滅亡の危機に瀕した「明」を救援するべく水戸光圀率いる江戸幕府のサムライたちが海を越えて大陸に攻め込むというトンデモストーリーとなっている。
日本を舞台とする場合は現代が多くを占めるが、主人公らが相対する敵は妖怪や怪異であるとする伝奇のスタイルをとる。
そのため、ミステリー調の『薬師寺涼子の怪奇事件簿』では、解説が「荒唐無稽な展開と設定が特徴」で「普通の人間が普通の犯行を行うことはまずない」と大分ぶっとんだものとなっていて、
『創竜伝』にいたっては、現代の政治問題や国際状況に踏み込む展開が多いこともあってか往々にして本編を差し置いての社会風刺…というか罵倒に走るという‘暴走’が定例行事となっている。
どちらも、調教された読者からすれば「それを含めて田中作品」となるようだが。
人物
好きな言葉は「締め切り伸びた」で、嫌いな食べ物はナスとキノコ。
『七都市物語』読本(田中の知り合いである梶尾真治著「アンナプルナ平原壊滅戦 」)ではナス嫌いがネタにされていた。
ちなみに本人曰く「嫌いじゃなくて食べられない」。
また、「突発性締切健忘症」と作品あとがきで自称したこともある。
『銀河英雄伝説』のコミカライズを手がけた道原かつみ曰く「ヤン・ウェンリーが実在したらこんな人(田中本人)なんだろう」とのことである。
そのため道原は田中をモデルにヤンをデザインしようとしたが、美形キャラ好きの田中に却下されたそうである。
皆殺しの田中
「皆殺しの田中」という物騒な異名を持つことでも有名で、これは物語が佳境に差し掛かると、人気キャラであろうが主要キャラであろうが、容赦なくバンバン死んでいくことからそう呼ばれるようになった。
ちなみに、殆どが進行上の必然性をもっての冷静な皆殺し行為であり「皆殺しの富野」のそれとはちょっと趣きが異なる。
なお、田中芳樹本人は
「よい人間や尊敬できる人間が理不尽な死を強いられる、それが戦争が悪とされる最大の理由であり、だからこそ登場人物が死んでいく作品を書く」
と言うような意味合いのことを後書きで述べている。
田中先生をリスペクトしたキャラクター
- 司城一臣 (画像左側)
川原泉の代表作『笑う大天使』の主人公司城史緒の実兄。旧伯爵家の跡取りであり小説家だが、小説のジャンルはアクションからミステリー、SFと幅広く、明言こそされていないものの田中芳樹のオマージュであると考えるられる。
著者の川原は『銀河英雄伝説』のファンであり、実際に徳間文庫版第7巻「怒涛編」の解説を執筆しているなど関わりがある。
柚子「知ってる!読んだことがある!軽~いタッチの推理小説が面白くて…」
和音「割と有名な作家だぞっ。冒険物とかアクション物、スパイ小説…」
史緒「私も以前読んだ記憶がある…。…SFだったけど…。」
以上のやり取りから、主人公3人からの評価は節操のない物書きとされる。
確実に、田中芳樹ファン・読者のあるあるネタのもじりである。
二次創作のガイドライン
2015年時点での二次版権は有限会社らいとすたっふにて管理されている。
公式サイトには「二次利用のルール」という二次創作についてのガイドライン項目が2004年から存在し「営利目的の二次創作は禁止」する旨の明確な記述がある。
また非営利目的であっても、「露骨な性描写や同性愛表現」は禁止となっていたが、
2015年4月30日付けで、上述のガイドラインが改訂のうえ施行されることとなり、禁止対象の「露骨な性描写や同性愛表現」という文面が「過激な性描写(異性間、同性間を問わず)」に修正されるなどした。
非営利目的であってもpixivにエロイラストを投稿するのもアウト。
…ということになるが、逆に言えば「過激な性描写」が含まれず、また上記ガイドラインに反しないものであれば、自由に二次創作を行って良いこととなった。
とはいえ銀英伝の同人誌は今も多数のサークルが発行しており、pixivでもガイドライン改訂前から腐向け投稿が無くなったことはない。
これは権利者から「見逃して(見ぬ振り・知らぬ振りして)もらっている」というだけであって、本来は違反行為であるという事は認識しておく必要がある。
例外
荒川弘のコミカライズを元にした日5アニメ版の「アルスラーン戦記」は「講談社が著作権を管理する荒川弘原作作品」という扱いであり、原作小説とは無関係という位置づけになるため、上述の二次創作ガイドラインは適用されない。
「荒川版アルスラーン戦記」の二次活動については、講談社のガイドラインに従うこと。
関連タグ
佐藤大輔:スケールの大きな歴史ものを得意とし、遅筆・中断癖を持つという共通性を持ちながら、思想面では対極に位置するクリエイター。
- らいとすたっふ関係者