「私のような人間が権力を握って他人に対する生殺与奪をほしいままにする、これが民主共和政治の欠陥でなくてなんだと言うのです」
概略
CV:石塚運昇(OVA)、安斉一博(Die Neue These)
原作開始当初は41歳にして自由惑星同盟の国防委員長を務める政治家。最悪の民主政治の権化とされる人物である。巧みな弁舌とその容姿で国民の支持は高く、軍部や軍需産業とのパイプも太い。一方でヤンやビュコックなどからは口先だけの扇動政治家であると忌避されていた。時には自己犠牲を賛美し、時には軍の暴走を抑える、腹の内が読めない政治家として描かれている。
比喩表現としてのトリューニヒト
トリューニヒトの名前をWeb検索すると様々な実在する政治家の名前が検索候補に羅列される。欧州において嫌いな政治家をヒトラーに例えるかのように、銀英伝ファンの間において嫌いな政治家をトリューニヒトに例えられる事がある。
二次創作における扱い
創作物に珍しい純粋な政治家であり、作中のほとんどの人物が好意か悪意を激しく向けていた中、ヤンとラインハルトはトリューニヒトを厄介者として以上の認識を持っていなかった。そうした立ち位置のため、読者からは妙な人気があり、そのためか二次創作ではいい人化したりオリ主の後援者という立ち位置につかされることが多い。
コミック版を担当している道原かつみ氏の一番のお気に入りのキャラクターでもある。しかしキャラ紹介の一枚絵に薔薇を持たせているので、小さく「バラを持たせるな」と突っ込みの一文がある。
関係
憂国騎士団
帝国打倒を唱える過激な政治結社、憂国騎士団との太いパイプを持ち、裏では反対勢力を弾圧、殺害していると原作では噂されていた。一方、アニメ版では制裁を支持する様が描かれている。壊滅した第4、第6艦隊の慰霊式典にて婚約者を亡くしたジェシカ・エドワーズに扇動演説を邪魔されたことから、彼女に制裁を加えようとしたところをヤン・ウェンリーの差し金で失敗している。
地球教
地球を総本山とし、帝国同盟両国に浸透する宗教団体地球教からの人的、金銭的な援助を受け行動していた。しかし地球教が皇帝・ラインハルト暗殺をたくらんだ際には、トリューニヒトがその情報をいち早く憲兵総監・ケスラー上級大将に伝え地球教の殲滅に寄与した。
トリューニヒト派閥
金や権力欲・出世欲に目がくらんだ政治家や軍人の手綱を握り、自陣営の駒として利用していた。トリューニヒト自身が賄賂の内容や愛人の有無まで細かく把握している。救国軍事会議のクーデター鎮圧後は、軍に対する民衆の信頼を取り戻すという名目で軍の上層部をほぼトリューニヒト派で染め上げた。非公式査問会の責任を負わせヤンに査問会のことを口外しないよう土下座させたネグロポンティに次のポストを与えたり、トリューニヒトの政務を代行することになったアイランズに悪名を残さぬよう説得されたりと、派閥との信頼関係は厚い。
実績
帝国領侵攻決議
ヤン・ウェンリー率いる第13艦隊がイゼルローン要塞を陥落させた直後、同盟では帝国領に侵攻すべきという声が高まり、それを受けた議会は選挙対策の一環として帝国領侵攻を計画した。しかし、トリューニヒトはそれまで積極的主戦論を唱えていたが、この作戦案に反対票を投じた。帝国領侵攻では、第10艦隊司令・ウランフ中将、第12艦隊司令・ボロディン中将(アニメではさらに第8艦隊司令・アップルトン中将らを含む各艦隊司令)をはじめとする2000万人にも及ぶ戦死・行方不明者を出す惨敗に終わるなど同盟軍は致命的打撃をこうむることとなった。結果的にはトリューニヒトの判断は正しく、帝国領侵攻は失敗に終わった。トリューニヒトはその先見性を評価されて暫定政権の首班を経て最高評議会議長に就任し、同盟の元首となった。
ヤン・ウェンリー査問会
ヤン・ウェンリーが「(クーデターを起こした救国軍事会議との一戦の前に)かかっているものは、たかだか国家の存亡だ。個人の自由と権利に比べればたいした価値のあるものじゃない」と発言した事を受け、ヤン・ウェンリー率いる第13艦隊の軍閥化を危惧した各分野の文民たちが、ヤン・ウェンリーを非公式の査問会にかけている。この際、査問会を取り仕切っていた国防委員長がトリューニヒトに伺いを立てていることから、トリューニヒトがこの査問会に主導的な立場で関与している事がが判明する。
シェーンコップが何度も焚きつけていたように、ヤン・ウェンリーは同盟における独裁的な権力を手に入れる機会が何度もあったが、その機会はシビリアンコントロールに重きを置くヤン・ウェンリーの思惑によって防止されていた。そのことを査問会は最後まで信じえなかった。
後のジョアン・レベロもまたヤンの真意を洞察できず、後に高等弁務官・レンネンカンプ上級大将のヤン謀殺の陰謀に加担し、ヤン一党の逃亡を許し、帝国軍の再侵攻を招いている。
幼帝亡命受入
帝国貴族に誘拐された帝国皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世が、銀河帝国正統政府を名乗り同盟への亡命を希望した際、トリューニヒトは人道的理由から亡命を受け入れる旨の演説を行った。当時の世論は、この決定に賛成する者も、反対する者も、説得に時間をかけようとせず、相手の愚かさを愚弄すしようとしかしなかったという。受け入れに際し、憲法の制定、議会の設立など、帝国の民主化を条件とし、これを承諾させている。
バーミリオン会戦の降伏
帝国軍がヤンの守るイゼルローン回廊を避けフェザーン回廊を通過した際には、トリューニヒトは民衆の批判の声が高まると雲隠れした。ヤンがバーミリオン会戦において戦術的な勝利をおさめ、帝国軍最高司令官・ラインハルト元帥の旗艦ブリュンヒルデを射程に収めたとき、トリューニヒトは最高評議会議長の権限によって停戦命令を出す。同盟首都ハイネセンへ訪れた帝国軍ミッターマイヤー・ロイエンタール両艦隊による首都への攻撃が実施されたためである。
同盟の首脳陣は、首都ハイネセンへの無差別攻撃を甘受しラインハルトを殺害するよう主張し、ビュコックなどは実力行使にて止めようとしたが、それがかえってトリューニヒトにカウンタークーデターの大義名分を与え、武装した地球教徒の乱入を許した。
戦闘の結果を知らされた同盟の人々はトリューニヒトの判断を批判したが、ヤン・ウェンリー自身は後に正しい選択だったと漏らしている。またハイネセンに家族を残してきた兵士たちも内心トリューニヒトの判断を支持していた。
バーラトの和約後
帝国軍がハイネセンに侵攻した際、艦隊を指揮するミッターマイヤー上級大将がヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢の提案によって行った勧告により、トリューニヒトは帝国軍の虜囚となる事を赦免された。バーラトの和約以降は身の安全をはかり、家族をともなって帝国に移住する。自由惑星同盟滅亡後には銀河帝国皇帝・ラインハルト・フォン・ローエングラムの元で仕官を希望。これに対しラインハルトは、新たに設けられた旧同盟領の高等参事官職を与えた。ラインハルト自身は「トリューニヒトに対して恨み骨髄の同盟市民達の只中に入っていくような職を受任するはずがない、もし断れば仕官の道は永久に断ってやろう」という腹づもりであったが、トリューニヒトはこの人事を受け入れ、ロイエンタールの下へ配属される事になる。
この人事は当時の軍務尚書・オーベルシュタイン元帥が対立関係にあったロイエンタールを貶めるために推薦したのではとの噂が帝国の政官界、軍部に流れたが、実際にはオーベルシュタインはこの人事に関知しておらず、皇帝・ラインハルトがトリューニヒトに嫌がらせをしていたのが真相であり、トリューニヒトがこの人事を受け入れたことを知ったラインハルトは渋い顔をしている。
ロイエンタールの反乱
新領土総督・ロイエンタール元帥が公邸に対し反乱を企てるが、ミッターマイヤー艦隊との会戦に敗退、反乱に失敗している。
反乱に失敗したロイエンタールは敗北後にトリューニヒトとの会談を行った。この際の問答によりロイエンタールはトリューニヒトを「エゴイストの怪物」であると考えトリューニヒトを殺害した。
「この男が同盟を滅ぼしたのは、この男が同盟に生まれたからにすぎない。もし帝国に生まれていれば、別のやり方で帝国を骨の髄までしゃぶりつくして帝国を滅ぼしたであろう」とロイエンタールが考えていた旨が書かれている。
一方、トリューニヒト自身は最後までロイエンタールの感情の爆発を洞察できず、彼の理性を信じていた旨が記されている。ロイエンタールの「皇帝は衰弱し、国政は軍務尚書のオーベルシュタインと内国安全保障局長のラングに壟断されている」という宣戦布告に同調する形で、トリューニヒトは「才能はあっても、人間として完成にほど遠い、未熟なあの坊や」と皇帝批判を行った。
ロイエンタールの反乱の真意はラインハルトとの過去の約束を果たす忠義の表れであり、ゆえにその皇帝批判がロイエンタールの激発を招いた。結局トリューニヒトは、ロイエンタールの"大義名分にも法にも縛られない私的感情の奔流"を洞察しえなかったがために殺害された。
のちに軍務尚書・オーベルシュタイン元帥もトリューニヒトと同様のラインハルト批判を行っている。ロイエンタールとの私的な確執により軍をみだりに動かし、感情論からヤンとの対決に固執するラインハルトについて「私的な感情で兵を損ねた」と非難したことから、ビッテンフェルト上級大将らと対立し内乱寸前の状態にまでなっている。
真意
死後にその計画の一端が明らかになる。トリューニヒトは帝国に憲法を作り、議会を開設させることにより帝国の民主化を完成させることを画策していた。帝国領侵攻決議やバーミリオン会戦での降伏勧告、幼帝亡命受入など、一見すると一貫性のない判断が、帝国の民主化という目的に合致して行われたものだと判明する。実際に帝国の政官財界を中心に民主化の種を撒いていた。
同様の計画を思案していたユリアン・ミンツは、トリューニヒトが自身の利益のために帝国の民主化をたくらんだものだと想像したが、トリューニヒトの思惑は歴史の闇の中である。
人物
本作の読者及び視聴者、そして作中人物の中にも、「無能で弁舌だけが取り柄の扇動政治家」と評する人は少なくない。一方で、政策を実現するための視野と政治的手腕にはずば抜けたものがある。
なんとなれば、敗北した同盟の元首でありながら物語終盤まで生き延びている。本編中、彼を「保身の天才」と評したシーンもある。
共感性の不足
彼は査問会とロイエンタールの反乱という大きな失敗を二度ほど犯しているが、そのいずれもが他者の人格に対する共感を欠いたことが間接的な原因となっており、政局や戦局を見誤ったことが原因の失脚はない。
新領土総督・ロイエンタール元帥の反乱の際、ワルター・フォン・シェーンコップはエルネスト・メックリンガー上級大将との通信によって帝国軍を「センチメンタリストの集まり」と評しているが、トリューニヒトはこれを洞察しえなかった。作中、トリューニヒトは道半ばにして斃れたが、それはロイエンタールによる私刑によるものであった。
周囲からの評価
作中の人物からは、ことごとく悪徳政治業者として扱われ「エゴイストの怪物」、「怪物じみた男」、「悪質な癌細胞」、「次々と宿主を枯れ死させる宿り木」、「人の言葉をしゃべるネズミ」などといった最低の評価を受けている。
トリューニヒトと対立したアレクサンドル・ビュコックはトリューニヒトの行動の責任を国家や有権者に求めている。
「専制政治が倒れるのは君主と重臣の罪だが、民主政治が倒れるのは全市民の責任だ。あなたを合法的に権力の座から追う機会は何度もあったのに、自らその権利と責任を放棄し、無能で腐敗した政治家に自分たち自身を売り渡したのだ」 - アレクサンドル・ビュコック
トリューニヒトから政権を引き継いだジョアン・レベロは軍部や知識層などとの連携を欠いたために、軍や政治家、民衆を結束させてきたトリューニヒトの能力を再評価した。トリューニヒトはヤン・ウェンリーを不穏分子として危険視していたが、同時に彼を文民統制下に置いている。対照的にジョアン・レベロは追い詰められた際に、ヤン・ウェンリーを排除しようとして決別する原因を作ってしまった。
当のヤン・ウェンリーは、人物としてのトリューニヒトを誰よりも嫌悪し、アニメ版ではトリューニヒトが参加する式典をボイコットした事すらあるが、民主国家の首班としてのトリューニヒトに対してはこう言及している。
「私は最悪の民主政治でも最良の専制政治にまさると思っている。だからヨブ・トリューニヒト氏のためにラインハルト・フォン・ローエングラム公と戦うのさ」 - ヤン・ウェンリー
作者によると、この作品には「主観的な正義」の人しか出てこない。